Phase.585 『カレー』
川エリアは、渓流がある森だった。丁度スタートエリアの北側に位置する場所で、そこを成田さんと松倉君が有刺鉄線を張って囲み、今では加えてバリケードも設置して俺達の拠点の一部としている場所だった。
ホーーッホーーッホーーー!
暗闇の中、梟っぽい何かの鳴き声が聞こえてくる。そして川が近いせいか、水が流れる音や虫の鳴き声やらも豊富に聞こえてくる場所だった。これを落ち着かないという人も当然いるとは思うけれど、俺にとってこの環境はなかなか居心地が良かった。
少し向こうに行けば、最上さんや団頃坂さんのテントがある。あの人達は、ここに辿り着いてからはこの川エリアをえらく気に入ってしまって、ほとんどをこのエリアで過ごしているみたいだった。その気持ちもここの良さも、今では俺も解る。
「よーーし、そろそろできたかな」
飯盒で米を炊いた。最初は下手くそだったけど、何度も炊いているうちに、徐々に上手く炊けるようになってきた。そしてカレー。こんな深夜から、野菜を刻んだり煮込んだりは結構大変そうだと思ったので、カレーはレトルトを使用。そう、水の張った鍋に入れて温めるだけだ。
「未玖、お皿をとってくれるか。それとスプーンも」
「はい」
そう言って何気に未玖の方を見た。するとその後ろで、何かが動いた気がした。俺は叫んだ。
「み、未玖!! 後ろに何かいる!! こっちに来い!!」
そう言って銃を抜くと、未玖に覆いかぶさるようにして守り、銃口を気配の方へと向けた。
「ゆ、ゆきひろさん」
「何かいる。動かない方がいい!!」
ザザ……ザッ……
近づいてきている。もし人間なら、俺の声を聞いて何か答えてくれているはず。それをしないという事は、魔物かもしれない。もしくは、最上さん達がしきりに見たと言っている、幽霊……
そうだ!! 幽霊かもしれない。この世界にはゾンビがいた。それにこの拠点から南西にいった箇所にある古戦場跡には、スケルトンも彷徨い歩いているという情報を聞いた。奴らはアンデッドだ。なら同じくファンタジーで登場するレイスやスペクターなどと呼ばれる幽霊も、この世界には存在するはず。
次の瞬間、暗闇から白いものが見えた。やはり幽霊。幽体に対して、銃が効果があるかは解らない。でも今持っている武器はこれか剣とか鉈しかないし、戦うしか生き残る術がないとすればこれで立ち向かうしかないのだ。
「くそっ!! 出て来い!! もっとこっちに来て姿を見せろ!!」
大きめの声を出しているのに、意外と現れない。これなら、未玖を先に逃がす事も可能なのではと考え始めた。そうこうしていると、その白い何かは俺達の前に完全にその姿を現した。俺と未玖は、そいつの正体を知って言葉を失った。
メエ?
「お、お前だったのか、メリー! すげー焦ったぞ!」
大谷君が助けて俺達の仲間になった、友好的な魔物。ストレイシープのメリーだった。彼らは二足歩行で歩き、人間のように道具を扱えた。ゴブリンやコボルトなどもいるファンタジー世界なので、別に羊がそんな事ができるからと言ってもなんら不思議な事ではなかった。
何か、危険が迫っていた訳じゃなかった。俺と未玖は、再びカレーの準備を進める。その間、メリーも焚火の前にちょこんと座るとじっと俺達が晩御飯の準備をしている様子を見つめていた。
「ゆ、ゆきひろさん」
「ああ、解っている。メリー」
メ?
「俺達はこれからやっと晩御飯なんだ」
メエ。
「はあーー、仕方がない。メリー、お前も一緒に喰うか?」
メエ!
メリーは、その場で立ち上がると飛び跳ねて喜んだ。可愛いし、頭もいい魔物。言葉は流石に通じないと思ったが、今はこうして何かを伝えながらジェスチャーを織り交ぜると、結構言っている事が伝わる。特にメリーは他のストレイシープと比べても、ダントツに頭が良くて直ぐに俺達が伝えたい事を理解してくれていた。
「ど、どうしよう……ゆきひろさん……お米、メリーの分も急いで炊きますか?」
「いや、それだと更に遅くなってしまうしな。俺の分を分けるからいいや」
「それならわたしの分も……」
「あはは、大丈夫だ。実は他にも食べ物はあるし、その気になったらなんでもあるから。色々な事態になってもいいように、食糧は沢山買い込んであるしな。問題ないよ」
本当の事だった。来たるべき日に備えて、十分な食料をこの世界へ持ち込んでいた。それもかなりの量。パブリックエリアには、未玖達に任せている店で出す料理などの材料なんかも必要になるし、大量買いはどちらにしても必須だったのだ。
お皿もスプーンもマグカップも3人分。俺と未玖とメリーは、仲良く焚火を囲んでカレーを頂く。
「それじゃ、頂きまーす!」
「い、頂きます」
メメメエ、メエー!
果たして羊は、カレーなんてものを食べるのだろうか。気になっていたら、メリーは驚く程美味しそうに食べていた。それを見た未玖は、笑っている。メリーは白いから、口の周りに少しついた茶色いカレーのあとが残って目立つ。それを見て笑っているのだろう。
でもやっぱり、この世界での食事は最高だ。美味い。何もかもが美味く感じる。普段からアウトドアに行くタイプでなかったし、住んでいる所も東京都だ。緑も少なく、アスファルトとコンクリートの世界で生活していたからこそ、特にそう感じているのかもしれない。
普段から、キャンプやアウトドアやらをする者は、こういう味を知っているから趣味にしているのかもしれない。この贅沢な時間を楽しんでしまったら、もうもとの世界……特にもとの世界には戻りたくないって思ってしまうな。




