Phase.588 『間も無く』
――――8時、草原エリア。
いよいよこの『異世界』と、俺達が住んでいたもとの世界は互いに行き来ができなくなる。完全に遮断される。
考えてみれば、未玖や小貫さん、最上さんにアイちゃん……【喪失者】の皆は、いつもこんな不安を胸にしていたのかと思った。でもこれから起こる転移サービスの休止は、その感じとはまた何か違うと俺は思っていた。
まずそう思った理由は、完全に遮断されるという事だった。【喪失者】の皆は、もとの世界へは戻れない。だがこの世界は、もとの世界と繋がりをもっている。自分はもとの世界へ戻る事はできないが、こちらの世界とあちらの世界は繋がっていたのだ。つまり外からの干渉がいつもあった。
でもこれから転移サービスの休止が始れば、その外からの干渉も全くなくなるだろうという事だった。
更に過去あった事例から見ても、この転移サービスの休止期間中にこちらの世界で何かが起こる可能性がある。何かというのは、まだ何かは解らない。でも過去にこの世界に残った者達が、今は消息不明だという事を聞いて、俺はきっとただ事ではない事が起こると予測している。
そんな世界に、仲間を置き去りにはできない。危機は仲間と共に皆で、乗り切るんだ。そう何度も自分に言い聞かせてきた。そして間もなく、この世界ともとの世界は暫くの間、完全に行き来ができなくなる。思い残すことはないか? 何かまだ、やり残している事はないか? 常にずっとそういう事を頭の中で考えている。
10時になれば、いよいよ転移サービス休止が始る。その時間になったら、点呼的な意味も含めてクランメンバー全員に、この草原エリアに集まってもらう事になっていた。
なんとなく落ち着かなくて、時間までまだ2時間もあるのに、俺はもう草原エリアに来てしまっていた。周囲を見ると、他にも人が集まっている。その中から、早速俺の方へ手を振りながら走ってくる男がいた。翔太だ。
「おおーーーい、ユキーーー!!」
「おお、こっちだ!」
翔太はこっちまで駆けてくると、ニカリと笑って乱れた呼吸を整えた。草原エリアはかなり広大で、例えば端から端まで全力でなんて、とても走りきれない。翔太は俺の方まで来ると、周囲を見回して指をさした。
「ほら、ユキ―、見てみろ。皆、集まってきてんぞ」
「そりゃ集まるだろ。全員、こっちに残るって決めたんだから」
「なんだよ。これからこの異世界で、一大イベントが行われようとしているのに、やけに冷めてんなー」
「これでも一応リーダーなんでな。誰かさんと同じく興奮して、はしゃぎまくっていてもいかんだろ。リーダー位は、冷静でいないと」
「常に冷静でいようとしても、いつか疲れるぞー。ユキーはアレだなー。もっと肩の力を抜く事を憶えんといかんなー」
「はいはい。そうさせてもらうよ」
「おや、ユキー!! 美幸ちゃんと海ちゃんも来たぞ!! ってなんだ⁉ あのいつもでかい弓、2人とも更にもう1つ持ってきてんぞ。もしかして、スペアか⁉ なんかものものしいな」
「そうだな。おおーーーい、北上さん、大井さん!!」
「ちっすーー、ユキ君、秋山君!!」
「おはよう、2人とも」
来たるべき日がついにやってきてしまったというのに、北上さんも大井さんもいつもの調子。でもあえてそうしているのかもしれないと思った。それが彼女達の冷静でいる方法。北上さんは、いつもと変わらない笑顔を見せる。
「あははーー、いよいよ始まるねー。始まっちゃうねー。ううーー、なんだか緊張するーーう」
「大丈夫だ。美幸ちゃんも海ちゃんも、この俺がぜってーー守ってやっからよ。大船に乗ったつもりで安心していなさい」
「大船? 泥船だろ?」
「なんだと、ユキー!! いくらユキーでも言っていい事と……」
「それに2人を守ってやるーーって偉そうなことを言っても、きっと守られるのは俺とお前の2人だと思うぞ。だって北上さんや大井さんの方が、俺や翔太よりも圧倒的に戦闘力が高いからな。大層な事を言うと、恥をかくぞー」
「ううっ! くっそー、言い返せない!」
「ちょっとユキ君! それなんかちょっとやだなー。そのいい方じゃ、まるで私と海が野蛮人とか戦闘狂みたいじゃない」
「いや、そういうつもりじゃ……」
「そうだー、そうだー!! ユキーよ、美幸ちゃんと海ちゃんに謝れ!! 2人は野蛮人でもバーサーカーでもないぞ、どう見ても天使だろーがよ!!」
「フフフ、秋山君って本当に口が上手ね」
「いや、ぼくちん本当の事しか申しませんから」
これから大変な事が起こるかもしれないのに、俺達4人は大笑いしていた。こんなんでいいのかって疑問も、一瞬頭に浮かんだけれど……これでいいのだと思った。どんな時だってこうやって笑い合える、心強い仲間がいるから俺はきっとこの来たるべき日も乗り越えられると思ったんだ。
「椎名君」
「あっ、長野さん」
シブい声に振り向くと、長野さんだった。その後ろには、長野さんと鈴森が連れてきてくれたナナキさんとねねさんもいた。
「皆、集まってきているぞ。そしてこれからいよいよ、儂らはこの異世界の未知なる部分と対決する事になる」
「はは、言わば俺達と異世界のタイマン勝負だな」
タ、タイマン勝負って……久しぶりに聞いた翔太のタイマンってセリフに、おかしくてニヤついてしまう。こいつ、人を笑かそうとしているのか、それとも無自覚で言っているのか解らない。
「もう時間までは間もなくじゃ。儂らはこのままこの草原エリアに集まっとればいいんじゃな」
「はい。とりあえず、クランメンバー全員が揃ったら、一度全員の顔を確認しておこうと思います。仲間と言っても、まだお互いにそれ程会話もしていない人達もいるでしょうし、これからやってくるだろう困難を乗り越える為には、仲間同士結束を固めておくことは必須だと思います」
「うむ、その通りじゃな」
「とりあえず、翔太と北上さんと大井さんは、皆がここに揃っているか見てきて欲しい。それで全員集まっていたら、もう集会というか……始めてしまおう」
『おおーーー!!』
翔太、北上さん、大井さんの3人に言ったつもりだったが、長野さんの後ろで話を聞いていたねねさんも、拳を突きあげて返事をしてくれていた。彼女も今は、俺達の仲間だ。




