Phase.583 『専務と来るべき日に向けて』
俺と不死宮さんは、南エリアにいる豊橋専務と会って話をした。専務がいた場所は、彼がこの世界で住居として使用しているプレハブの中だった。
プレハブの前を通ると、外に室外機にしか見えないものが置いてあった。異世界に室外機って、なんともミスマッチな代物だな。そして豊橋専務に会って、話をする為に彼の住処に招き入れられる。すると思わず目がいくのは、壁面についているエアコンらしきもの。やはり、あれは室外機だったんだ。
前に来た時にも見たけれど、ここにはそれだけでなく大きなソファーやテレビ、お洒落なテーブルにお酒を並べた棚、コーヒーマシンにパソコンまであった。専務と一緒にいる彼のクランメンバーが使っている別のプレハブも、同じように文明に溢れているのだろうか。
ファンタジー世界には、ファンタジー世界のちょっと中世時代に近いような感じあって素晴らしいと思うけれど、もとの世界じゃ当然のようにあるエアコンやテレビ、電子レンジにトースターなんかを見せられて、羨ましいとも思った。だけどうちにだって、カセットコンロとかそういうのはあるんだ。
「こちらの方は、確かー」
「不死宮鬼灯です。椎名さんのクランメンバーです」
「へえ、鬼灯さんね。よろしく、僕の事はもう知っていると思うけれど、豊橋昴と言います。椎名君や秋山君、北上さんに大井さんもそうだけど、彼等が普段勤めてくれている会社の専務でね……っていうか、この世界では椎名君と同じく『フラグオブホープ』というクランのメンバーで、そこのリーダーなんだけどね」
専務は俺と不死宮さんに、それぞれ珈琲を出してくれた。アイスコーヒーとホットコーヒー。
「それで、僕に何か話があるんだよね? まあないからと言って、ここへ来るなという訳でもないけどね。だってここは、椎名君達の拠点だし、僕らはこれから君達と一緒に協力していかなくちゃならない同士だからね。これから苦難が待ち構えていると思うと、普段から仲良くして手を取り合える関係を築いておくというのはとても重要な事だからね」
「はい、まあその……専務のおっしゃる通りですよ。でもちょっと、それ以外にも伝えておきたい事があって……」
「へえ。もしかして、それってこの南エリアのこと? もしくは、明日の来たるべき日についての話とか?」
「南エリアの事です。不死宮さん、君から話してもらえないかな」
「ええ、マンイーターの事ね」
俺は不死宮さんから、マンイーターの事を専務に話して欲しいと頼んだ。なぜならマンイーターを最初に発見したのは不死宮さんで、彼女はそれを採取して自分の研究所に置いていた。その事から、彼女がマンイーターを研究しようとしていた事も解る。それなら俺じゃなくて、不死宮さんから話してもらった方がよりいいと思ったのだ。
「人喰い植物だと? そんなものがいるのか⁉ って、この世界にはゴブリンやトロル、ワイバーンなどもいるんだからいても当然か。でもそんなものが南エリアにいるなんて、驚きを隠せないな」
「幸い、今のところは一件も被害はありません。でもこのエリアでは、巨大なセンチュウが地中にいたりもして――」
ロットネマトーダという、センチュウの魔物がいる事も伝えた。
「南エリアは、そういう訳でとても危険な場所なのかもしれません。調査もろくに済んでいないし、ここは以前にも増してジャングルのようになってしまいましたし」
「そんな魔物がいるとなると、確かに危険かもしれない」
「はい」
「それで、僕らにどうしろと? もしかして、ここから移動しろと行っているのかい?」
「移動しろという訳ではなく、した方がいいのではと思って。草原エリアや羊の住処エリアは、かなり広大です。ですから、今からでもそっちへ移動してもらった方が安全ですから」
「えっと、それは強制的にってことかな?」
「強制的とかじゃなくてですね、この場所は思った以上に危険かもしれないから……」
「でも別に、ここに住んではいけないという訳ではないんだよね」
「それは勿論ですよ。俺が言いたいのは、この場所はもしかしたら安全ではないかもしれないという事を言いたくて」
「それなら、別に問題はないよ。だってねえ、そもそもこの世界に安全な場所はないと思うよ。だから椎名君がいいって言ってくれるなら、僕らはプレハブを建てたこの南エリアにあるこの場所を自分達の拠点にしたいんだ」
専務は本気でそう言っているようだった。まあ俺達のルールでは、拠点内は自由に行動してもいいというのはある。南エリアは、危険かもしれないが既に俺達の拠点という事にはなっているし……
「危険って事を十分理解してくれていて、尚且つ専務が他の専務の仲間全員に、ちゃんとセンチュウとマンイーターの事を話しておいてくれるなら、俺はとやかくいうつもりはないですけど……」
「あっ、そう! それじゃあ、ちゃんとそうすると約束しよう。もちろん、椎名君に今の事を言われなかったとしても、この南エリアにいてもいいという事のなら、僕は仲間全員にマンイーター等がこのエリアに生息しているという話と、危険性について説明しておくつもりだったけどね」
「それなら安心しました。それと、もう一つ」
「ん? 何かな」
「専務も、明日から始める転移サービスの休止期間中、こちらの世界に残るんですね?」
「当たり前だよ。こんな経験、なかなか味わえない。僕は逆にこれはチャンスだと思っているからね。過去にもあった転移サービス休止の期間。その間に、この異世界でいったい何が起こったのか。それを僕は見極めるつもりだ」
「それでしたら、明日の午前10時に草原エリアに来てください。俺達もそこで全員集まります」
「なるほど、全員で来たるべき日を迎えるつもりだね。それならあれだ。今の期間内は、僕も椎名君の仲間に入ってるって事だし、僕らクランも全員参加させてもらうよ」
「ありがとうございます」
これには、点呼みたいな意味もあった。
もちろん、これからやってくる見えない何かに立ち向かう為の、気合を入れる意味もある。
だけど最初にまず、全員の顔を確認しておくこと。それは絶対、リーダーとして大切な事に違いなかった。全員無事で、この来たるべき日を乗り切ってみせる。




