Phase.580 『植物』
昔、子供の頃に両親と行った百貨店。その時の事を唐突に思い出してしまった。
百貨店の屋上には、決まってゲームコーナーがあった。俺はそこへ行きたくて、両親にせがんだ。すると両親は、俺をそこへ連れて行ってくれた。
でも、俺が最初にそこで目を輝かせてみたものは、実はゲームじゃなかった。屋上にあがると、まずあったのはゲームコーナーではなくて、園芸コーナーだったのだ。これに母親は嬉しそうな声をあげた。理由は単純。昔から花が好きだからだ。
母親は俺と父に、少しこのコーナーを見たいといった。父は当然のこと、俺も快く頷いた。この後にゲームコーナーに連れて行ってくれることは既に確定していたからだ。俺は、あまり駄々をこねて親を困らすタイプでもなかったし、楽しみの確約がとれているなら構わないと思った。楽しみを待つのも、また楽しみだ。
そう。適切な例えじゃないかもしれないけれど、大好きな海釣りに行ってメインになるのは、もちろん海の目前までやってきて釣り糸を垂らした所からだけど、そこに至るまでのプロセス……というか、魚の餌や釣り道具を買って準備する過程から、凄く楽しさを満喫できる。
百貨店の屋上で感じたものは、それに似たものだと思った。
その時の俺は、それから母と一緒に園芸コーナーに入った。正直俺は花はあまり詳しくないし、興味も無くてつまらなかった。すると後ろから、父の大きな驚く声が聞こえてきたんだ。
「幸廣!! 幸廣、ちょっと来てみろ!!」
「え? なに?」
「いいから、こっち来てみろって。面白いのがあるぞ!! ははは、なんだこりゃ」
「面白いもの?」
人生初の食虫植物との出会い。そこには、ハエトリソウ、ウツボカズラなど、今まで直に見た事はない未知なる植物が並んでいた。名前はなぜか知っている……知名度もそこそこあったような食虫植物。
食虫植物達は、本当に変わった形をどれもしていて個性的だった。そして一番驚いた事は、まず最初にハエトリソウに指先で触れた時だった。いきなり葉が合わさって、まるで口のように動いたのだ。
小学校の理科の授業。それで植物が光合成して酸素を作ってくれている事や、とても気づかない位のゆっくりとした速度で動いている事など知った。
だからあんなに素早く、動物のように植物が動くんだと知った時、今までにない衝撃が身体を突き抜けた事を今も忘れない。好奇心が爆発した瞬間でもあった。遠い、俺がまだ幼かった頃の記憶。あの懐かしい感覚を、不死宮さんのこの小屋で、今また鮮明に思い出す事になるとは思わなかった。
そしてあの時と同じように好奇心を爆発させながら、スマホのカメラをこの蔓をシュルシュルと動かす植物に向ける。アプリ【鑑定】を起動する。未知なる植物に再び興奮が湧き上がる。
画面を見てこの摩訶不思議な植物のまず名前から確認しようとしたら、そこへ不死宮さんが顔を近づけて一緒に画面を覗いてきた。とてもいい香りがするなと思い、いかんいかんと我を取り戻す。そして画面を見て、俺と不死宮さんは凍り付いた。
もちろん、目の前の植物の名前を見てである。同時に読み上げてしまう程だった。
『マンイーター』
…………
俺は、今も僅かにシュルシュルと蔓を動かしている植物から不死宮さんへ目を移し、どうしても聞きたい事を口にした。
「あの……不死宮さんって、薬草を探しているんだよね」
「ええ、薬草だけって訳ではないのだけれど、何か特別な効果がありそうな植物を中心に研究しているつもりよ」
「そうなんだ」
「そうよ」
「……えっと、ここにあるこの植物の名前なんだけど、マンイーターって……これってさ」
きっと画面をタッチ、スライドすれば名前の後に、簡単な説明文が記載されているはず。何が書かれているか、ある程度予想はついていたがそれをスっと見る勇気がでない。だからその前に、不死宮さんに確認してしまった。すると彼女は、ずばりその意味の由来を言う。
「直訳すると、人喰いって事かしら。つまりこの植物は……人を襲って食べる?」
そういう事だった。ここにきて、ようやく画面をスライドさせる事ができた。【鑑定】で得た説明文にも、好物は人間だが、馬や鳥、豚、牛、他の魔物なども食べると書かれていた。ゾっとした。
「こ、これ、南エリアで見つけたんだよな?」
「ええ、そうよ」
これは大変だ。こいつはまだ小さい。マンイーターっていう位だし、馬とか牛とかも喰えるならもっとデカくなるはずだ。でもこいつは小さいし、何処が口なのかも解らない。喰うっていう位だから、口は必ずあるはずだと、俺が幼い頃に見て興奮したハエトリソウの巨大バージョンをイメージした。
「これ、でもマズいな」
「南エリアは、あまり皆行っていなかったみたいだけれど、今は椎名さんの会社の人達がいるのよね」
「ああ、これはちょっと一回、調査しに行った方がいいな」
「でも、そうこうしているうちに転移も出来なくなってしまうわよ」
まいった。このタイミングで、こんなものを見つけてしまうなんて。
そう言えば、南エリアは巨大なセンチュウが地中にいたりもしたんだっけか。うーーん。
「そうだな。やっぱり心配になってきた。調査は時間がかかるだろうから、また後で計画を立ててやろう。でもこのマンイーターやセンチュウが潜んでいるかもって話は、今直ぐに豊橋専務達に話しておいた方がいいだろうな」
「ええ、私もそれがいいと思う。それじゃ、これから行きましょう」
「え? 不死宮さんも一緒にいいの?」
「ええ。もとの世界での用事は全て済ませてきたし、これで暫くはこっちの世界一本だから。これからは、こっちだけに集中できるわ」
「それなら良かった。早速、豊橋専務に会いに行こう」
俺と不死宮さんは、彼女の研究所を出るとそのまま南エリアの方へと向かった。




