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Phase.578 『不死宮の活躍』(▼椎名 幸廣)



 ――――来たるべき日の前日。土曜日、20時半。


 ついにこの時がやってくる。


 俺はもとの世界でやっておくべき事を自分でリストアップし、考え付く限りをやった。住んでいるアパートの賃料や水道光熱費の支払い、スマホ代とか諸々。必要なものや食糧等も買い込み、その他の準備についてもこれ以上ない位に備えた。


 そして今はもう、『異世界(アストリア)』に戻ってきている。このまま明日の朝10時を、この世界で向かえる。そうすれば、未玖達と共に転移サービスの休止が終了するまで、ここで生活する事になる。


 その期間、こっちの世界で何が起こるのか。安全なのか、それとも何か危険な事が起きようとしているのか。色々情報を集められるだけ集めた。


 既にこの世界に残る事を決めていたから、もし情報を集める中でとても危険な事態が俺達を待ち受けているかもしれないという事を知ってしまったとしても、どうするか腹は決まっていた。やはり未玖達と共に、この世界に残るの一択しかなかった。だが少しでもどうなるか解れば、備える事はできる。


 俺の仲間、クランメンバーは全員、この世界で運命を共にする事を誓った。メンバーではないけど、豊橋専務もそうだ。


 まさか自分が就職していた会社の専務も転移者で、しかも俺達の拠点でこれから暫く一緒に協力して過ごす事になるなんて、夢にも思わなかった。でも運命というのか、それとも巡り合わせというのか、とても面白いと思う。


 俺は早速、もとの世界で調達してきたものを丸太小屋に運び込み、チェックをした。足りないものはないか。買い忘れなどはないか。米もそうだけど、カップ麺やレトルト食品、缶詰などの食糧は多めに買っておいた。きっと皆も同じ考えだろう。


 ガチャ、ギイイ。


 丸太小屋。出入口の扉が開く。俺がこの世界にやってきた時に、ウルフの群れに追われて死闘を繰り広げた扉。見るといつもあの時の事を、鮮明に思い出してしまう。


 群がってくるウルフに生きた心地はしなかったけれど、今にして思えばなんだか胸の奥が熱くなるような感じもする。あの時は、恐怖しかなかったように思えたが……今はそれ以外のものも多く感じている。闘志……


「椎名さん、ちょっといいかしら」

「あれ、不死宮さん。どうしたの?」

「実はちょっと大切なお話があって……」

「話? 別にいいけど……」


 不死宮さんは俺に、自分の小屋に来て欲しいと言ってきた。断る理由もない。この丸太小屋のあるスタートエリアにある、彼女の小屋に移動する。暫く見ていないうちに、不死宮さんの使っている小屋は大きく増築されていた。俺の使っている丸太小屋よりも大きく、立派に見える。


 まあでも、この小屋は不死宮さんがこの異世界で使用する住居兼、研究所。そして誰かが怪我をしたりしたら、治療をする場所にもなっている。それを考えると、施設がパワーアップしている事は単純にいい事に違いなかった。


 不死宮さんに案内されるがまま、彼女の小屋に入ると中も大きく変わっていた。作業台やテーブルに椅子。治療をする為のベッドや、机。棚に至るまで、かなりいいものが運び込まれていた。もとの世界で買って、ここに運んだのだろう。でも不死宮さんは華奢で、とても力が強いタイプには見えない。おそらくは、翔太とかトモマサとか他の誰かに頼んで、機材や家具などをここへ運び込んだのだろう。そもそも女神像までは、転移アプリで楽に持込められるのだ。


「それで不死宮さん。話というのは?」

「ええ。ちょっとこれを見て欲しいの」


 不死宮さんは、更に奥にある部屋に案内してくれた。そこは見るからに、研究部屋って感じの部屋だった。


 辺りには、何かびっしりと書き込まれたノートが積み上げられていて、設置されている台には沢山の草や液体の入った瓶が並べられている。そのうちの1本、蓋をしてある瓶を彼女は手に取ると俺に見せた。


「これは? 中に何か液体が入っているようだけど」


 不死宮さんは、笑みを浮かべた。え? まさか!!


 液体の入った瓶を手に取って、もっとよく調べようとした刹那、不死宮さんは驚く行動に出た。なんと作業台の上にあったナイフを手に取ると、それで自分の掌を傷つけたのだ。赤い線が浮き出てきて、そこから血が流れる。俺は慌てたが、不死宮さんは変わらず笑みを浮かべている。


 いきなりの自傷行為に、驚きを隠せなかったがその行動で、もしかしてと思っていた事は確信へと変わった。


 不死宮さんは、自分の掌を切ったナイフを、何事もなかったかのようにまた作業台の上に無造作に置くと、さっきの液体の入った瓶の蓋を開けて、中の液体をナイフで傷つけた自分の掌に負った傷にかけた。すると一瞬、液体に触れた傷口が光輝いたように見えた。みるみるうちに、傷は塞がり傷痕すら消えてしまった。


 俺はあまりの事に、大きな声をあげてしまった。


「こ、これはポーション!! 回復ポーションなのか⁉」

「ええ」


 なんでもない事のように、微笑んで答える不死宮さん。でもその表情の奥には、ついにやってみせたという気持ちが見え隠れしている。


「まさか、本当に回復ポーションを作りだせるなんて。でもどうやって……」


 不死宮さんは、山積みされたノートに目をやった。


「この異世界には様々な植物があるの。もちろんもとの世界には存在しないものよ。そしてそんな薬草は、驚く位に色々な種類があるの。もちろん、それぞれの成分や効能もそう。それを幾度となくすり潰して組み合わせたり、エキスを抽出して調合したりしてやっと完成させたのよ」

「す、凄いな。でもかなり大変な作業だったんじゃないか?」

「ええ。この世界の植物の知識なんてないし、それこそ気の遠くなる作業だったわ。でもやってみて成果がでれば面白いし、発見もあって退屈はしないわ。またこの世界の薬草は、それだけでそれこそ魔法とも思えるような効能のあるものもあったから、それをベースに調合を考えてみたり……大変だったけれど、楽しくなかったといえば嘘になるかな」

「いや、でも本当にこれは凄い。これがあれば、きっとこの世界で生きていくのに大きく役立つはずだよ」

「でもまだこれは、試作薬だから量産はできないわ。もしできるようになっても、機械で作る訳でもないし、一つ一つ手作りになるし……でもこうして使用する薬草の種類や効果、ポーションを作成する為の過程や調合の配分などもノートにとってまとめているから、手作業にはなるけれど誰でも作れるようにはなるはず。そうなれば、それなりの数も作れるはずよ」


 俺はこの世界でゴブリンに襲われて死にかけた事がある。あの時、丸太小屋で偶然にもこの世界の回復ポーションを見つけて助かる事ができた。


 でもあのポーションには、限りがある。その限りのあるポーション……新たに作れるのだとしたら、これ以上にない位に心強いものになるはずだ。俺は不死宮さんの手を握ると、彼女の功績というか……この活躍に心からお礼を言った。


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