Phase.574 『オークの食糧』
「ぎいやああああああ!!」
悲鳴。洞窟内に誰かの泣き叫ぶ声が聞こえた。明らかに人間の声。貝谷か辺染か赤井か。よっぽどの苦痛を与えられているのか、凄まじい悲鳴で誰か解らない。もしかしたら、俺達の知らない別の誰かという可能性もあった。実際、このオークの巣にはあちこちに人骨と思われるそれが、所々に捨てられていた。
「長瀬」
「ああ、言ってみよう。助けるつもりがある事は変わりはないし、声がするという事はそこで誰かが生きているという事だ」
「それもそうだが、そこには一緒にオークがいるという事にもなるぞ。まあ、そしたら……また1匹なら後ろから近づいてこのハンマーで一撃だけどな」
「俺も一応武器は手に入れたからな。2対1なら、勝てるだろう」
熊切は、俺の言葉を聞くと両足に目を向けてきた。
「大丈夫だ。熊切に頼る事になるが、これでもこの包丁を振り回したり、刺したりはできる。思い切りやれば、絶対できる。誓ってもいい。既に牢を出ようとした時に、オークの腹に尖った骨を突き立てて戦えると立証済みだしな」
「そうか」
熊切は、クスリと笑い返事をした。そして俺に仲間を助ける意思が変わらずあるのかを確認すると、俺を背負って洞窟内を裸足でペタペタと駆けた。
地面は決して平ではなく、デコボコして歩くだけでも痛そうで、熊切は明らかに我慢をしているようだった。確かに足の裏が痛いと言っても移動しない訳にはいかないし、どうにもならない。それなら前に進むしかないのだ。熊切は今、何をなすべきことなのか全部解っているようだった。
「所々に松明がかけられているお陰で、壁にぶつからくて済むし、曲がり角があれば解る。これはありがたいな」
「ああ」
「ぎいやああああああ!!」
また悲鳴がした。今度は近い場所。俺は指をさした。
「熊切、あっちだ。あっちから声がした。
「よし解った」
洞窟。幅が狭く通路のようになっている箇所。あの肥満体のような身体をしているオークが、ここを通るとしたらギリギリだろう。そういう場所に入りこんだ。すると早くも部屋らしき場所を見つける。俺達は近づくもの中には入らずに、まずは覗き見た。
ブヒイイイイ!!
「ぎゃあああああああ!!」
そこにはなんと、貝谷、辺染、赤井が揃っていた。それに別の誰か……知らない男が2人いた。そのうちの1人と赤井は、部屋の隅で無造作にうつ伏せに倒れてピクリとも動かない。よく見ると、男の方は右手と右足が欠損している。ここまで血生臭さが臭ってきそうな程、辺りが血まみれになっている。
「ぎゃあああ!! たすけ!! たすけてぐれえええ!!」
ブヒャアア!!
ブヒブヒ!!
3匹もオークがいた。そのうち1匹は子供のオーク。そいつだけが俺よりも小さく、丁度腰位の背丈しかない大きさだった。
3匹のオークはもう一人、誰かは知らないが男を囲んで何かしている。
「どうだ? 見えるか長瀬」
「わからん。もう少し……見えた! 男が見えた!」
オークに囲まれて何かされている男。その場に座らされ、生きてはいるものの血だらけになっていた。目前には、地面に深く打ち付けられた鉄の杭があり、男の両腕はそこに縄で縛られていて自由に身動きはできない。そして思わず声が出そうになってしまったが、男の両手の指は親指と人差し指を残して他はもう無かった。切り取られていたのだ。
「お、おいあれ!!」
「あのオーク共が、やりやがったんだな」
「なんて酷い事をしやがるんだ」
「刺身……俺達が活け造りにされた魚を食べて、新鮮だ。なんて美味いんだ! って言うだろ。奴らにしてみれば、案外それと同じ感覚なのかもしれない。魚だって、キュウキュウって声をあげて鳴いたりするんだぜ」
「だからと言って、俺は人間だ。同じ人間が残酷な目にあっていたら、恐怖を感じるし助けなければならないって思う」
「そうだな。俺だって人間だ。それに魚じゃない」
熊切の言葉を聞いてぞっとした。活け造り。指から食べられている男を、ぐるっと囲んでいるオーク共。そのうちの1匹、子供のオークがバッと立ち上がり急にこちらを振り返った。すると口に男のものだと思われる指を咥えていた。一瞬金縛りのように動けなくなったが、背負われていた俺は熊切が身を隠すと同時に俺も身を隠すことができた。
「見たか」
「ああ、見た。あの子供のオーク、人間の指をおしゃぶりにしていた」
「ぞっとするな。まあでもこれで、オークでも子供だからって躊躇う事もなくなった。思い切りいける」
「でも考えて確実にいかないと、俺はこの通りだし……相手は3匹だ。こんな足でも子供位は相手にできるかもしれないが、大人2匹はどうやっても無理だろ」
「泣き言を言っている間にも、状況はどんどんやばくなる。貝谷達を助けられなくなるぞ」
それは嫌だ。辺染は勝手な事ばかりする。でもここまで一緒に行動をしてきた仲間ではある。そして貝谷と赤井は、それ以上の仲間と言ってもいい存在だ。こんな所で彼らを失えない。恐らく、転移サービスの休止は始まってしまっている。つまり俺達は、それが終わるまで……いや、スマホがないんだから、どちらにしてももう日本には、帰れない。
この右も左も解らない異世界で生きていくなら、せめてこのメンバーで誰も失わずに力を合わせていくしかない。
「おい、長瀬。奴ら……」
熊切は、そう言って身を乗り出した。奴らを見ると、そのうちの1匹がデカい牛刀のような剣を抜いて、振った。男の腕を縛っていた縄を切ったようだった。まさか、助けてやるのか? そんな訳はない。奴らは男から1本ずつ指を奪い、喰らっているのだ。
オークは、その怪力で無理やり男を立たせると、その首筋に牛刀を当てた。




