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Phase.573 『生きる為の一撃』



 調理場で肉を刻んでいた小型のオーク。熊切は大きなハンマーを手に、そいつの背後に忍び寄って立つ。


(やめろ、熊切!! もし、それで仕留められなかったら、殺されるぞ)

 

 見つかれば、余計に自体は悪くなる。だから声には出せずに、心の中で叫んだ。駄目だ。もうどうにも止める事はできない。俺は両足共もやられているし、熊切なくしてはこの窮地を脱する術もなくなる。貝谷や赤井、辺染を助ける事だって叶わなくなる。


 陰から調理場の奥を覗き見る。ゴッスンの生首が目に入ると、それは急にこみ上げてきてどうしようもなくなった。


「う、うう、うおおおえええええ!!!!」


 嘔吐。慌てて呑み込もうとしたが、もうどうにもならなかった。この部屋の悪臭にも限界だったし、仲間の酷い変わり果てた姿を目の当たりにした上に、生首になってしまったゴッスンと目があったのだ。もうこれ以上、我慢も限界を通り越していた。


 俺は吐いた瞬間、まずいと思って熊切の方を向く。すると小型のオークは振り替えってこちらを見ていた。見つかった!! そう思った刹那、熊切が小型のオークへ向かって容赦なくハンマーを振り下ろす。


「フン!!」


 ブヒイイイ!!


 バギャ!!


 ピギイイイイイ!!


 狙いは顔面。振り向かなければ脳天に振り下ろされていたハンマーが、こちらを向いた事により顔面に振り下ろされた。耳にしたくない、気持ちの悪い打撃音。オークは反撃しようと、肉を刻んでいたデカい包丁を手にそれを熊切に振ろうとしたが、よろよろとして仰向けに倒れた。


「うおおおおおお!! だりゃあああああ!!」


 オークが倒れた瞬間、熊切は一切の躊躇も見せずにオークの頭に向かって何度もハンマーを振り下ろした。これは流石に、高い耐久力を誇るオークと言えどたまらないはず。


 オークは動かなくなり、息絶えた。それを確認すると、熊切は包丁を奪ってこちらに戻って来た。


「ふう、なんとかやれた」

「なんとかやれなかったら、大変だった」

「やれたからいいだろう。人間もそうだが、豚も眉間は急所だろ。だからそこばかり叩いてやった。この方法なら、通常サイズの奴も倒せるかもしれんな。まあどちらにしても、これでこの巣の中にいる敵が1匹減ったって訳だ」


 確かにそうだが、こちらの仲間も減った。ゴッスンは殺されていた。せめて一瞬で殺されていればいいが……ここにある、ゴッスンの生首を見る限りはこれ以上ない位に苦悶に歪んだ顔をしている。


「長瀬。冷たい言い方だが、埋葬してやる事もできんし、手を合わせて祈っている暇もない。生きている仲間がいれば助けて、さっさとここから脱出するぞ」

「解った。だがスマホも見つけないと……もとの世界へは戻れない」

「そこの木箱。ゴッスンのカメラとか、色々なものが入っている。この世界のものもあるし、カメラのような俺達の世界から持ってきたもの、言わばこっちの世界からしたら異世界人のものが山になっている。そんな箱がいくつかあるから、見てみるか。運がよけ良ければ、スマホがあるかもしれん」

「ああ、そうだな。じゃあ悪いがそこまで負ぶっていってくれ。探すだけなら、今の俺でも役に立てるからな」


 俺達は、この調理場にある木箱を全て調べた。明らかにもとの世界の物。つまり日本国内にあっただろう物をいくつも見つけた。


 ここは調理場。オークが獲物を捕らえてここへ連れてくると、殺して肉にする場所。その際に出たゴミは、この木箱に捨てているのかもしれない。もしくは、一応使えるかもってとっているのかも。


 どちらにしても、波多野や他の殺された皆の他にも、何人もの……いや、何十人もの日本人がこの異世界へと転移してきて、オークなどに殺されているのだなと解った。


 夢にまで見た、ファンタジー世界。確かにこの世界は緑が豊富で美しく、魔物までもが生息しているゲームのような場所だ。だが、ゲームとは違う夢のような現実世界。ここでは簡単に人が死ぬ。そう、プレイヤー達がだ。


「長瀬、スマホはあったか?」

「ないな。駄目だ。スマホ自体はいくつかあったが、俺のじゃないし……どれも壊れている。ほら、どうだこれ?」

「俺のでもないな。壊れているなら、もはや必要もない。置いていこう。さあ、長瀬これを持ってろ」


 熊切はそう言って、オークを殺して手に入れたデカい包丁を俺に手渡した。そして俺をまた背負うと、オークを仕留めたハンマーを手に持ち調理場を出た。


 しかしあのハンマー、何キロあるんだ? かなり重そうだが、きっと俺が使うとなると振りかぶった時に腰をやってしまいそうだ。


「さてと……俺達を探しているオークの気配はない。また何処かに単独でいる奴がいるかもしれんがな。警戒しつつ、引き続き仲間を探すぞ」

「熊切、お前は大丈夫なのか?」

「何が?」

「いや……色々と」

「長瀬位なら、何時間でも背負っていられる自身はあるぞ。怪我や疲労なんぞも、今は感じている暇もないだろう。倒れるなら、後で存分に倒れるから心配するな。それよりも考えてくれ。他の皆が、何処にいるのかをな」


 何処にいると言われても、いったい何処にいるのか見当もつかないが……それでも考えるならば……


「やはり牢だろう」

「牢?」

「調理場にゴッスンはいたが、既に殺されていた。生きているとすれば、牢だ。俺も熊切もそこに跳び込められていただろう。だからその辺りを探してみよう」

「解った。方向的にはあっちか。俺達を探しているオークと鉢合わせしないように、気をつけながら戻ってみるか」


 俺はまた熊切に背負ってもらい、自分達が捕らえられていた牢があった方へと戻った。


 それにしても、武器は手に入れたが服と靴が欲しいな。もとの世界で暮らしていた時は当たり前だったが、こんな目に遭ってやっと服や靴がどれだけ自分の身を守ってくれているのか、そのありがたさに痛感する。


 いや、でもそれ以上に遥かに感謝をしなければならない存在があった。それはなんだ? 考えるまでもない。そう、今、俺を負ぶってくれているこの男以外、考えられなかった。


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