Phase.571 『オークの巣』
窪みは、窪みでしかなかった。丁度光の届かない場所で、小さくなって隠れていれば目立たない。だがオークは手に松明を持って、探している。ここまで来られたら、きっと見つかってしまう。
「熊切」
「解っている。このまま見つかれば、俺もお前も終わりだ。せめて持ってきた斧があれば、あれで背後から首を狙って思い切り振り下ろしてやるんだが……そうすれば、1匹は仕留められるかもしれん」
「仕留められたとしても、その後にわんさと襲って来るオークに俺達は嬲り殺しにされるぞ」
「解ってる、冗談だ」
「こ、こんな時にのんびりと冗談などいうな」
熊切が冗談なんていうイメージがなかったので、本当は逆に考えていた。熊切もかなり追い詰められているのだろうと。
どんどん近づいてくるオーク共の足音。熊切の顔つきが変わった。しゃがみこんで俺を負ぶった。
「行くぞ!!」
「本当に行けるのか?」
「お前位なら軽いもんだ。それより、行くからな!! 覚悟できているな!!」
「できている」
「よし!!」
熊切は俺を負ぶったまま姿勢をできる限り低くして、隠れていた窪みから飛び出した。そのまま壁に張り付くようにして小走りに駆ける。もちろん、オークの足音がする方とは反対方向にだ。
「長瀬、指示してくれ。どうすればいい? 何処に向かえばいいんだ? 皆を助けて逃げるんだろ?」
「勿論そうだ。だが何処へ行けばいいのか見当もつかない。このまま脱出っていうのであれば、なんとなく出口に向かってって言う事もできるが……」
洞窟内。オークから逃げるように、移動しながら会話を続ける。
「じゃあ、虱潰しに探すしかないのか? それは流石に無謀だ。オーク1匹ですら、勝てるか解らないのに」
「それはこの身をもってして既に体験済みだ。ゴブリンはなんとかなりそうな相手だが、オークはヤバい。RPGじゃ、少し冒険を進めれば登場する雑魚敵なのにな。実際に戦うとなると、かなり強い。まるで怪物だ」
どうすればいい。何処に向かって行けばいい。
「熊切」
「なんだ? 何処に行けばいいか、指示できるか?」
「それは……解らない。だが一つ聞きたい」
「なんだ?」
「お前、何処に閉じ込められていた? 牢だったか?」
「ああ、牢だった。格子があったが木製だったからな。何度も思い切り殴って蹴って、破壊して出てやった」
「本当か⁉」
「嘘を言ってなんになる。奴らは俺達が同じに見えているのかもしれんが、俺のこの自慢の筋肉は伊達じゃねーって事だ」
目を向けると、熊切の拳や肘は擦りむけ、足も傷だらけだった。格子相手に相当暴れたのだろう。
「それでお前が入っていた牢だが、さっきいた窪みがあった場所から近いか?」
「そうだな……近いと言えば近いかな。こうして洞窟内でお前を見つけることできた訳だしな。後は仲間と服だな。全裸でこのまま洞窟から飛び出して、森を駆け抜けるっていうのもかなり厳しいものがあるからな」
「確かにそうだ」
熊切のお陰で少し笑えて、突っ張っていた緊張の糸も少しほぐれる。どうやっても皆を助けて、生き延びようという意思が強く湧いてくる。
…………
ペタペタと走る音。俺を負ぶって裸足で駆けていた熊切の足がその場で立ち止まった。
「どうした?」
「何か今、聞こえなかったか?」
「オークか?」
「いや、人の声みたいな……」
…………
熊切りの突然の言葉に耳を傾ける。貝谷、赤井、辺染、ゴッスン……後の2人はもうこの異世界から脱出しているかもしれないが……俺達以外の誰かの呻き声。
「熊切!」
「行ってみよう」
「悪いな。お前ひとりに走らせて」
「いいさ。その代わり、俺がピンチの時は全力で助けてくれよ」
「ああ、こんな足だけどな」
「心配するな。怪我は酷いが、きっと良くなる」
「だといいが……おい、向こうからまたさっきの呻き声のようなものが聞こえてこなかったか?」
目をやると、所々の壁に松明がかけられていて、オレンジ色に照らされた道が目に入った。まるでこの先で、化物が自分のもとへやってくる冒険者を待っているような道。まさにダンジョン。
「長瀬、オークは見当たらないが……」
さっき俺が閉じ込められていた牢からは、少し離れた場所に来たつもりだった。今あそこは、俺がやった火事でオークが集まっているだろう。しかも脱走者2人だ。それでこちらが手薄になっているのかもしれない。捜索するなら、ここからがいい。
「向こうに窪みのようなものがいくつか見える。もしかしたら、牢……部屋になっているのかもしれない。行って調べてみよう」
「よし解った」
何か見落とさないように、しっかりと辺りを見る。そして仲間の声を拾えるように、耳も澄まして集中した。更に臭い。オークはかなり臭かった。あの臭いが強い場所には、奴がいる。五感を研ぎ澄ませ、俺達は無数の松明で照らされオレンジ色になった洞窟内を前進した。
やはり窪みに見えたいくつかの箇所には部屋があった。真っすぐに続くこの道、部屋は1つ2つでは無いようだ。オークの暮らしている部屋なのか? 一番手前の部屋まで来たので、まず壁に張り付いた。中にオークがいたら、大変な事になる。
ゆっくりと通路側から部屋を覗きみる。部屋と言ってもここは洞窟内で、空洞だった場所をオーク共が巣に使っている。
グツグツグツグツ……
?
いったい何の音だ?
何かを煮て、湯立っている音? ゆっくり慎重に、中を見た。物凄い悪臭に襲われる。沢山の刃物に、大きな台にまた刃物。そして肉と辺りに飛び散っている肉片と鮮血。
ここはオーク共の調理場だった。




