Phase.570 『仲間』
身体に火傷を負った。だが背に腹は代えられなかったのだ。燃やした格子に体当たりを加えて、やっと破壊する事ができた。もちろん足首を痛めているので、跪いてそこから崩れるようにして格子を破った。
「あつ!! あつあつ!! くそ!! ちくしょーめが!! くそくそくそーー!!」
俺は昔から、それ程頭に血が昇るタイプではないと自分の事を分析していた。だが炎にまみれれば、話は別だ。火傷を負い、痛みを感じれば誰だって汚いセリフの一つや二つは吐く。でもそれで気を保てるなら、構わない。
火は次第に強くなり、格子を燃やし尽くし始めた。俺の身体は、牢から外へ出ている。逃げるなら今だ。っと言っても、先に身を隠す方が先決だろう。格子は焼け落ち、黒い煙を吐いてそれが洞窟内に充満している。これに気づいたオークから、順にここへやってくるだろう。そうなれば、とてもこの足で走っては逃げられないし、まともに戦う事だってできないだろう。五体満足でも、正面から勝負すればあっさりとやられてしまう程、オークは桁外れの力を持っている。
「急いで隠れないと」
探すよりも先に身体を動かす。キョロキョロしている間にも見つかれば、殺される。運が良くて、牢に逆戻りだろう。身体をズルズルと引きずって、洞窟の中を慌てて移動する。すると、窪みを見つけた。
なぜこんな所にこんなスペースがあるんだなんて、考えもしなかった。ここはオークの巣だ。だが明らかに自然に出来上がった洞窟を利用して巣にしている感じだった。ならこういう窪みなどは、たまたまあっただけのこと。
ブオ! ブオ!
奴らの声と足音が近づいてくる。1匹や2匹じゃない。大勢だ。1匹でも勝てやしないのに、大勢なんてどうにもならない。見つかれば一巻の終わりだろう。
しかし、やはり洞窟内で煙があがれば、忽ち直ぐに気づかれる。急いでこの身を隠さないと!! 痛みを我慢して、限界以上の力を振り絞る。それでなんとか窪みに入り、身を丸まらせて堪えた。
ブヒ! ブヒ!
牢の辺りにオークがやってきたのが解った。きっと俺を探している。できるだけ息を殺して、気配を消した。ここで見つかったら終わりだ。眼を閉じて、どうか見つからないようにと何度も念じる。
その時、誰かが俺の方に触れた。終わった。絶望に呑まれる。身体が恐怖にやられないように、できるだけ最悪の展開を想像せずに、ここから脱出する事だけに集中していた。だが俺に誰かが触れた瞬間、もうどうにもならないと絶望した。
俺の中で何か保っていたものが弾けて、叫びそうになった。「うわああああああ!!!!」って声を張り上げてしまいそうになったが、俺に触れた何者かはそのまま両手で俺の口を塞いだ。そのまま羽交い絞めにされるような恰好になり、藻掻いて必死になって後ろを見る。
それは、髭面の大男だった。
「よう、長瀬。大丈夫か」
「……!!」
「絶対に騒いだり、叫んだりするなよ」
後ろにいたのは、なんてことはない!! なんと熊切だった!!
俺はありえない程の安堵による、脱力感を味わった。泣きそうな顔になりつつも、熊切に向かって何度も頷いてみせる。だが俺はこんなに嬉しい顔をしているのに、熊切は依然と緊張感のある顔。俺の顔を見た後は、オーク共がいる牢の方をチラチラと見ている。
「おい、動けるか?」
「なんとか這いずってならいける」
「這いずる?」
言って少し後悔した。熊切は俺が立てないと知ると、ここへ俺を置いていくかもしれないと思ったからだった。お荷物になる。そうなれば、逃げるのもより困難になってしまうからだ。しかし追い詰められて必死だったからとは言え、そんな事を少しでも思ったこと自体が後悔する事なのだと気づかされてしまった。
熊切は俺の足の方へ目をやる。足首。
「お前、足をやられたのか」
「ああ、抵抗して潰された。その代わり、拾った骨で腹を突き刺してやった」
「腹をか……やるな」
「でもこれじゃ、とてもここからは逃げ出せそうにない。それでも生きるのを諦めたくない。だから這ってでも行ける所まで行ってやると思っているんだが……はは、かなり痛みもあるんだ」
「そうか、なら早くここを出よう」
「だから俺は……」
「俺がいつも休日に、ジムに通っている話をしただろ。月会費が高くてもうやめたがな」
「ジムのトレーナーに可愛い子がいたって話していたな。その子目当てで、通ってたんだろ?」
「それはたてまえだ。本当はこういう事態に遭遇してもいいように、真面目にウェイトトレーニングをしこたまやっていたんだよ。それに山歩きとかもな」
「こういう事態か……お前も異世界があるって信じてずっと……」
「いや、『異世界』の噂を耳にしてそれで思い切って調査し始めて、お前のような同士に知り合ったりな……でも正直言えば半信半疑だよ。だから俺がいうこういう事態っていうのは、震災や戦争、災害などに対してだ。いついかなる時にも、対処できるように少しでも生き抜く力を身に着けていた方がいいだろう。備えていたんだよ」
熊切はそう言いながら、俺の肩に手を回した。
「いてて」
「肩を貸せばと思ったが、歩く事もつらいか。どうやら背負うしかないな」
「せ、背負う!?」
「走るどころか、まともに歩けもしない。ならそうするしかないだろ。安心しろ、俺が負ぶってやる。裸の男同士で密着するのは気色悪いが、緊急事態だ。仕方がないと互いに割り切ろう」
「割り切るも何も、本当に背負ってくれるのか?」
「それはそうだろ。仲間だ」
そうだ、仲間だ。
それを聞いて俺は、ようやく本来の自分を取り戻せてきた気がした。できる事なら貝谷達も助けたい。だが俺はこの通りだし……いや、俺は貝谷や皆の事も助けたいがどうすればいいかと熊切に聞いた。
熊切が何か言おうとした所で、向こうからオーク共の足音が近づいてきた。




