Phase.569 『牢』
また意識を失った……というか、暫く眠っていたらしい。
目が覚めると、俺は身体をゆっくりと起こした。軋みを感じるような、痛み。顔を歪めながらも、ぐっと歯を食いしばって手を伸ばした。とてもじゃないが、壁にかかっている松明に手は届かない。直立した状態からジャンプすれば、届くだろう。だが俺の両足は、オークに潰されていてまともに歩けるとは思えなかった。
それにこの異世界で足が使えないとなると、生きてはいけないだろう。自分で食べ物を手に入れるなんてとても難しくなるだろうし……いや、餓死する前に魔物の餌になって死ぬのがオチだろう。こんな状態でゴブリンや、あの狒々になんて襲われたら絶望しかない。
「くそ……」
少し身体を動かしただけで、また気を失いそうになるほどの痛みを両方の足首に感じた。また、もとに戻るのか。歩く事はできるのかと、不安になってくる。吐きそうになるほどの不安。だが今は、それを考えてはいけない。余計な事は頭から追い出せ。今、一番優先して考える事は、どうやってここから外へ逃げだすかだ。
もとの世界へ戻る事は既に諦めた。スマホが取り返せたとしても、あれからかなりの時間が経ってしまっている。もはやレベル5までレベリングするとか言っている時は、とっくに過ぎてしまった。俺達は、この異世界に取り残されてしまったのだ。スマホを無事に取り返せたとしても、転移アプリ休止の期間はスタートしているだろうし、それが復旧するまでは、この世界で暫くは生き延びなければならない。
「うううう……」
うううう……う?
俺達……?
今、俺は俺達って考えた。
そうだ!! 意識がなくなったり、吐きそうな程の痛みに耐えていたり、絶望しかないこの状況。あまりにも望みが見つからなくて、それが出てこなかった。
そうだ!!
熊切、貝谷、赤井……皆、無事だろうか。辺染とゴッスンは、無事にもとの世界へと戻ったのだろうか。
熊切達は、間違いなく俺と共にこのオークの巣にいるはずだ。なにせ俺の見ている前で、熊切達の方が先に襲われていた位だからな。
熊切は、屈強な男だ。あいつなら、自分でなんとかしてここを脱出するかもしれない。その時は、きっと俺を助けにきてくれるだろう……いや、最悪の場合だってある。オークに逆らって、もしも俺以上の罰を与えられていたとしたら……
俺は足を潰された。だが熊切は、切断されていたとしたら……
「くそ!! やっぱり、俺が助けに行くしかない。そうだ、熊切だってそう思っているに違いない。それなら、お互いそう思って行動した方が助かる確率は上がるはずだ」
ゴロンと仰向けに転がる。天井は岩。壁にかかる松明。首を捻ると、あのオークが入って来た格子が見えた。
「くくくく……」
急に笑いが出た。この絶望的状況下で、いよいよ俺の頭もおかしくなってきたのかもしれないと思った。だが違う。俺が笑ったのは、あの恐怖の塊のようなオークにやり返したのを思い出したからだ。
あの豚野郎の腹に、尖った骨を突き刺してやった。全く効いている素振りはなかったが、出血はしていた。当然だ。尖った骨が刺さったんだからな。僅かでもやり返せたなら、してやったりだ。
格子を見つめた所から、また辺りをキョロキョロと見回す。やっぱりだ、やっぱりあった。拳大位の大きさの石が落ちている。ちゃんと意識して探せば、そういうのがいくつもあった。
「なるほどな。オークめ。服を着たり、武器を扱う知識はあるが、こういう所にはぜんぜん意識を向けないんだな。尖った骨だってそうだ。牢にあれば、閉じ込めた相手に武器にされる場合だってあるだろうに、全く気にしていない様子だ。でも、そのお陰で俺は助かるかもしれない」
ズリズリズリ……
足首を庇いながら、うつ伏せになるとズリズリと地面を這って、落ちている石の方へと近づいていく。手を伸ばす。石。
「よし、手に入った。いいぞ」
仰向けになり、上半身を起こした。そして壁にかかっている松明に狙いをつけると、石を投げた。投げた拍子に足首に痛みを感じて、息が漏れる。
ゴッ! カツンカツンカツン。
「くっそ! 外れた!! もう一回だ!!」
また同じように這いずって、石を探して手に入れる。同じように投げた。すると松明に命中した。
「やった!! 当たった……けど」
投げた石は松明に命中した。しかし落ちない。
「も、もう一回だ!!」
移動をする時、投げるたびに痛みを感じるがかまってはいられなかった。松明の火が消えたり、オークがまた様子を見にやってきたりする前に、やってしまわなくてはならなかったからだ。
何も考えず、あの松明を落下させる事だけ考えて、根気よく投げ続けるしかない。
ゴツ!! ボトッ!!
「や、やった!!」
やっと当たった。角度が良かったに違いない。それはそうと急がないと。
俺はまた地面を這いずった。そして松明を手に取る。
「やった! ようやくここから出る事ができるアイテムを手に入れたぞ。後は、格子に移動するだけだ」
痛みに耐える。耐えて、手には松明を持ったまま格子の前まで這いずって移動した。せめて服はあればいいが、裸なので身体中が土塗れになっていた。
俺は格子の前で膝をつくと、松明を傾けて格子を焙った。格子の材質は、木。なんという木かは種類も名前も解らないが、相当硬い材質のようだ。だが木であるならば、焙れば燃やせるはず。
松明にかかった火は結構強く、それを格子に押し当てているとやがて黒い煙を出してメラメラと燃え始めた。ここから出られるという喜びと共に、俺はある事を見落としていた事に気づいた。
格子が木なら、燃やせば破壊できる。牢には松明もあったし……それで浮かれていたのだ。燃やせば当然、煙が出る。ここは洞窟で、ここは奴らの巣だ。まずい!! このままでは、臭いと煙に気づいたオークがここへ押し寄せてくるぞ!!




