Phase.564 『2本目のロープ』
俺と熊切で赤井を支えた。貝谷は、先に行ってライトで足元を照らしてくれたり、異常がないか警戒してくれている。歩く度に、赤井は痛みで呻き声をあげ、そしてよく解らない事を呟いていた。
「うう……鼠に喰われるなんて冗談じゃねえぞ。くっそ、まんまとやられちまった」
「ああ、でも命があるだけマシだ。痛いだろうが、我慢してくれ。洞窟の外へ出たら、傷の手当てをするからな」
「手当て? ああ、酷い傷だもんな。今までに何度も危ない場面はあったが、ここまでの大怪我はなかったぜ。まあ、いい。怪我の治療は荻野に任せろ。あいつが一番得意だ」
「お、荻野?」
「そうだ、荻野だ。それとあの鼠、絶対し返ししてやる。波多野は何処だ。あいつが俺達のリーダーだからな。あいつが作戦を立てる、糞鼠をぶっ殺す作戦をな……ぐはは、全部ぶっ殺してやるぜ。俺をこんなにしやがって……そうだ、そういや、籾井は? あいつ、何処にいる?」
熊切と顔を見合わせる。何も言わない。今それを言っていいのかどうかも解らない。
赤井は、あのバカでかい鼠に襲われた。しかも大量にだ。それで身体のあちこちを齧られ、出血もした。傷の痛みも相当なものだろう。それで幻覚を見ている……というか、きっと意識が混濁して何が現実なのか解らなくなっているのだろう。
「お、おい。籾井は何処に行ったんだよ。答えろ、長瀬。それでなぜ俺は、お前らに引きずられているんだ?」
「……自分で言っただろ? 鼠だ。大量の鼠が何かの死骸に取り付いて、山になっていた。それをあんたと籾井が、なんだろうかと近づいて調べた。それでこうなった」
俺と熊切に引きずられながらも、赤井は後ろに目をやった。闇が広がっている。辺染とゴッスンが残っているはずだが、暫くは2人のライトの灯りが見えた。でももう見えない。
「波多野と荻野も死んだんだ……」
「そうだ、2人とも魔物に殺された。悲しいけど、それが現実だ」
「……そうか。俺の仲間は全部、死んじまったのか……」
「全部じゃない。俺達がいるだろ? まだ諦めるな」
思わず言った言葉。赤井は驚いた顔をした。だが笑って頷いたので、俺はもう一言。励ますつもりで言ったのは確かだが、それ以外にもここから無事脱出する為には必要な事だと思った。
「自分以外の仲間が死んで、つらいのは解る。だがあんたの仲間は、まだここにいる。俺達だ。その事であれこれ話してもいいが、今はここから一旦脱出してその怪我の手当てをする事が先決だというのは、間違いないはずだ。どうだ?」
「ああ、仕方ねえか。そうだな。さっきも波多野や荻野の幻覚が見えた。今は大丈夫だが、とりあえず長瀬。あんたの言っている事が正しいってのは解る。癪だが、従うか。って言っても、俺は今1人じゃ自由に動き回る事もできねーけどな」
「それでもあんたに協力してくれる意思がないと、助けられない。ここは、ゴブリンの巣なんだろ? 外に出るまでに遭遇したら、ヤバい事になる」
「その時は今……熊切が持ってくれている俺の戦斧。それと俺を置いて行ってくれ。奴らには喰われるだろうか、多少は時間稼ぎはしてやる。仲間の仇討ちもあるしな、フヘヘ」
「馬鹿言うな。おら、崖についたぞ。しっかりしろ」
崖。洞窟に入り、赤井と籾井が襲われた場所、あそこに向かうまでに登った岩壁。2人が最初によじ登った時に、俺達の為にロープを下まで垂らしてくれた。登山用ロープ。それがそのままになっている。帰りの事を考えて、意図的にそうしたのだ。
「よし、それじゃどうするか……」
「俺を置いていけ」
「だからできるか、そんな事。くそっ、なんかいい手はないか」
全身をやられてしまっている赤井は、自分でロープを握って下へ降りる事はできない。つまり下へ行くには、何か方法を考えて俺達が降ろしてやらなくてはならないのだ。どうすればいい。考えろ。
「……もう無理だ。俺はここに捨てていけ。お前らは、逃げろ」
「だから諦めるなよ。まだそこまでじゃないだろ」
赤井は、諦めかけている。っというか、意識が朦朧として心にもない事を口走っているのだろう。それは俺だけでなく、熊切や貝谷も理解していた。置いていけなんて、本心で言ってないと。
もしも赤井が冷静さを取り戻しているっていうのなら、ここまで一緒に行動をしてきた者として言えるのは、赤井という男は本来なら何がなんとしても生き延びてやるって言うような男で間違いがないはずだ。
くそ、何かないか。何か……
「ちょっといいか?」
熊切だった。赤井に言っている。
「あん?」
「赤井、あんたのザック、見てもいいか?」
「なんで? 俺から奪うつもりか?」
「それなら簡単だ。そんな会話をしたいんじゃない。あんた、予備のロープとかまだ持ってないか?」
「…………」
はっとする。そうだ!! ロープがあともう一本あれば、それを赤井に巻き付けて、ゆっくりと安定させて下まで降ろす事ができる。もちろん一本でもできるが、万一の事を考えるとそれを使って赤井を下へ降ろしてもいいのかどうか判断に悩んでしまって決断できずにいた。でも二本あるなら――
周囲を照らす。ロープを巻き付けているのは、岩の柱。まず、びくともしない。同じようにここにロープを巻き付ければいい。
「赤井! どうなんだ?」
「ああ、ある。予備のロープはあるな」
「ザックから、出してもいいか? あんたを助ける為だ」
「ああ、いいぞ。何処へでもそれを持っていけ。俺はもう駄目だ」
「……」
熊切は、赤井の背負っているザックを調べた。中には頑丈な登山用ロープがもう一本入っていた。それを手に取り、柱状になっている岩に巻き付けて崖の下へと落とす。これでいい。
後は、赤井にこの二本のロープを巻き付けて、ゆっくりと安定させて真下に降ろせばいい。できる、できるはずだ。しかもここには、俺と熊切と貝谷。3人いれば十分、やってのけられるはずだ。




