Phase.562 『毛の塊』
ゴブリンの巣と思われる洞窟に入り、先へ進んだ所で岩壁に阻まれる。行き止まりと思ったが、壁を登った先に更に奥にいけるルートを見つけた。
俺達は、波多野の仇討ちと……明日までに転移アプリに表記されているレベルを5にする為、先へ進む決意を固めた。
「ロープはどうする?」
「このままでいい。どうせ、戻る時にまた使う事になるからな。感じからして、このまま奥へ進んだ先から、再び表に出られるような気はしねーし」
赤井の言うロープをこのままにしておくという話には、同意した。だが例え勘だとしても、この進んだ先から別の出口がないとどうして言えるのか、根拠があるのか気になった。
「赤井」
「ああ?」
「感じからして表に出られないってどういう意味だ? 経験からそう思ったって事なのか?」
「まあ、経験からって言えばそういう事になるけどな。だが、そう思った理由もちゃんとあるんだぜ」
「理由?」
「波多野がこういうのに、うるさくてな。そんで俺も気にるすようになっちまったんだが、ほら! 風が動いてねえだろ?」
赤井はそう言って自分の人差し指を舐めると、指を立てて翳した。なるほど、こっちの先に出口があれば空気の流動を感じるという訳か。
「まあ、でもそう言っていて、出口があったぜって事もあるんだけどな。でも多少なりと、予想はできるだろ」
「そうだな。状況を考えて進むのは、大切な事だな。特にこの世界では」
俺が納得したのを見て、赤井は先頭にいる籾井の隣に戻った。先へ進み始めたので、俺達も後を続く。ここは岩壁を登った先にあるルートなので、いきなり下へ落ちる場所があるかもしれない。そう思って、入念に足元を照らしながらも前へ進んだ。
「おいおい、あれ! あれなんだ?」
辺染の声。少し怯えているように聞こえた。俺達は足を止めて、辺染がなんだと言った辺りを照らす。大きな毛むくじゃらの塊がある。
「お、おい、赤井!」
「なんだ、ありゃ……籾井!」
「お、おう! 調べてみるか!」
赤井と籾井が、毛むくじゃらの塊に近付いていく。嫌な予感が身体中を駆け巡る。心理的には、パトカーのサイレンのような警告みたいな音が、ずっと頭の中に鳴り響いていた。
「やめよう」と声をかけようとした時には、もう毛むくじゃらの前に赤井と籾井は移動していた。手に持っている武器を、棒代わりにして毛むくじゃらに近づける。熊切が呟いた。
「おい、あれ放っておいた方がいいんじゃないか? 不気味すぎるぞ」
「そうだな。確かにそうだ。おい!! 赤井、籾井! それに触れるな!! 無視して先に進もう!!」
「いや、これが何か調べてから先へ進むべきだろ! って、おい、それやっぱ動いているぞ!!」
「ああーーん!! 動いてるって……」
チュチュチュチュチュ……キキ……キキキ!! キシャアアアアアアア!!
大きな毛むくじゃらの塊は、何か気持ちの悪い声を出していきなり爆発した。無数の大きな破片が、赤井と籾井に飛び散る。
「うがあああああ!!!!」
「な、なんじゃこりゃああああ!!!!」
赤井と籾井の悲鳴に混じって、貝谷、辺染、ゴッスンの悲鳴も聞こえる。毛の生えた気持ちの悪い大きな破片は、こっちにも無数に飛んできたのだった。
「うおらあああ!!」
キキキ!! ギシャアア!!
混乱の中、熊切が薪割り用の斧を大きく振り上げて足元に振り下ろした。すると地面に鮮血が飛び散った。叫ぶ熊切。
「鼠だ!! でかい鼠の魔物だ!! あそこに何かゴブリンの捨てた死骸か何かあって、それを喰う為に固まっていたんだ!!」
鼠だと⁉ 懐中電灯で確認しようとした刹那、それは足元に何匹も走って来た。上手く照らし出せない。右脹脛に激痛が走る。
「ぐああああ!! いってえええ!!」
キキキキキ!!
たまらず剣を抜いて振った。脹脛に齧りついていた何かは、サッと逃げた。慌てて懐中電灯を当てる。するとそこには、無数の大きな鼠がいてこちらを見ていた。口の中には、まるで鮫のようなギザギザの牙が見える。
「うおおおおおお!!!!!」
「ぐわあああああ!!!!!」
赤井と籾井の悲鳴。2人を見ると、完全に鼠に埋もれてしまっていた。大量の鼠に齧られて悲鳴をあげている。
「や、やべえぞ!! 逃げよう!! 今すぐ逃げよう!! 撮影するなら、絶好の機会だが……いやああ!! それどころじゃねええっよおおお!!」
「そうだ、俺はこんな気持ちの悪い鼠に喰われて死ぬなんて、ごめんだ!! 絶対嫌だ!!」
辺染とゴッスンは、そう言ってこの場から逃げようとする。来た道を戻ろうとした所で、無数の鼠に囲まれて退路を断たれた。
右脹脛の痛み。恐怖で足が震えた。だが気づいた時には、叫んでいた。もちろん悲鳴じゃない。泣き叫んでもいない。こうしなければ、ここで生きながらに喰われる。そう思ったからだ。
「貝谷さん!! 辺染とゴッスンを助けてやってくれ!! 熊切は一緒に来てくれ!! 赤井と籾井を助けるぞ!!」
『おお!!』
俺と貝谷は、赤井から譲り受けた仲間の形見の剣を抜く。そして一直線に赤井と籾井の方へ駆け、2人に纏わりついている鼠を叩くようにして、剣と金属バットを振った。熊切も赤井と籾井を斬りつけないように、十分に気をつけて斧を振っている。
「うおおおおお!!」
「だああああああ!!」
生まれて初めて剣を振っている。もっと正確に言うなら、金属バットとの二刀流。もうどうにでもなれだ!!
ブンブン!! ドカ!! ギャアアアア!! キシャアアアア!!
次から次へと飛び掛かってくる大きな鼠。右脹脛だけでなく、身体のあちこちを齧られていた。だが俺達は、抗う事を諦めたらここで死ぬと思って痛みにも堪えて、暴れるだけ暴れた。
気が付けば、辺りには沢山の鼠の死骸が散乱していた。




