Phase.558 『羽ばたき』
ピチョン……ピチョン……
雨漏り? いや、洞窟内なのだから、雨漏りというのは流石に可笑しいか。何処かで水の落ちる音が聞こえる。だが洞窟内は、闇に包まれていてそれが何処に落ちているのかなど解らない。自分の周りを懐中電灯で一周照らしてみたが、それでも解らなかった。
「俺と籾井が先に行く。お前らは少し離れてついてこい」
「解った」
赤井はそう言って、相棒と共に先を歩いた。俺と熊切と貝谷は固まって歩き、その後ろから辺染とゴッスンがついてきた。森の中でも、同じ順番に歩いていた気がするが、自然と同じになるという事はこれが一番適しているという事なのだろう。
先頭を行く赤井と籾井は、少し歩いては止まって暫くじっとする。それからまた歩き出すというのを繰り返していた。洞窟内は、思ったよりも広さがあったが、既に自分がどのあたりをどう歩いているのか解らない。赤井達は、一応それを把握する為に度々立ち止まって確認しているのだろうと思った。
あと、考えられるのは、安全確認。ここがゴブリンの巣というのなら、歩いていていきなりゴブリンに襲われるなんて事も、普通にありえる。
貝谷が呟くように言った。
「結構、深い洞窟だな」
「ああ、深い。しかも今から引き返すとしても、俺達が入ってきた入口にまた辿り着けるか不安だ」
「確かにな。もし、俺一人だったら、絶対こんな洞窟に入ろうともしなかっただろうし……不安にはなるよ」
前を行く赤井と籾井がまた足を止めた。そしてこちらに振り返り、懐中電灯を振った。予め決めていた合図があって、少し待てというサイン。俺達が理解したと解ると、赤井と籾井はその場で何か会話して辺りに光を当て始めた。
「何か見つけたか?」
「見つけたとすれば、ゴブリンのいる痕跡か何かだろうな」
貝谷と赤井達が立ち止まっている理由について考えていると、後方で辺染が騒いでいる声が聞こえた。
「お、おい! アレみろよお! 何か動いているように見えたぞ! ゴッスン、撮ったか?」
「いんや、ちょっと待って! 撮ろうとしているけど、何処か解らん。それに暗すぎて……」
「おいおいおい、あそこだよ。あそこ。よく見ろ、なんか動いたんだ!! 追って追って!」
何かが動いた。まさか⁉
嫌な予感がした。辺染が動いたものを見たと言ったが、それはゴブリンじゃないのか⁉ なら直ぐに先頭にいる赤井と籾井に伝えないといけないんじゃ……
キキーーーー!!!!
「ぎゃああああああ!!」
「ひええええええええ!!」
バサバサバサバサバサ!!
洞窟内に辺染とゴッスンの悲鳴が鳴り響いた。2人が目にした暗闇で動いていた何かは、けたたましく羽ばたいて襲い掛かってきた。
「なんだ!! どうした!!」
「魔物か!!」
先に行っている赤井と籾井にも、その騒ぎは聞こえていた。急いでこちらに駆けてくるが、間に合わないかもしれない。俺と熊切と貝谷は、武器を手に辺染とゴッスンを助けるべく彼らの方へ向かい武器を振った。
「うおおおおお!!」
「な、なんだ!! 何かが飛んでいるぞ!!」
「ひいいい、助けてくれえええ!!」
キキーーーーーッ!!
ドカッ!!
辺染とゴッスンの位置は、懐中電灯の光で解っている。それ以外の闇に向かって、金属バットをブンブンと振る。すると何かに直撃した。とても重い手ごたえと、それが地面に転がった音。
バサバサバサバサ!!
キキーーーーー!!
「ぎゃあ!! 耳を齧られた!!」
辺染の悲鳴。熊切と貝谷が助けに行く。赤井と籾井が、助けに戻ってきてくれた所で、俺は「集まって戦うんだ!」と叫んだ。全員背中を向け合って固まり、懐中電灯で辺りを照らしながらも武器をブンブンと振る。すると照らし出した箇所を何かデカいものが飛んで行った。そいつは間違いなく、羽があって……羽ばたいていた。
力の限り、武器を振って得体の知れない何かを追い払っていると、やがてそいつらは何処かへ行ってしまった。
「い、いったいなんだったんだ……魔物か?」
俺の呟きを聞いて、赤井がこちらに近付いてくる。そして懐中電灯で、目の前を場所を照らした。するとそこには、俺達ががむしゃらに振った武器に直撃して落ちた魔物が転がっていた。赤井はそいつを、持っていた戦斧でつつく。動く気配はない。
「どうやら、死んでるな」
「い、いったいなんだそいつ。人の頭位の大きさがあるが……赤井は知っているのか?」
「ああ、知っているぜ」
赤井はそう言って、転がっているそいつの近くに行き、摘まみ上げると俺達に見せた。
かなり大きな蝙蝠だった。胴体だけでも、人の頭位の大きさがある蝙蝠。そして異常に牙が発達しているように見える。
「ジャイアントバットだ。こいつらは、獲物の血をすすり、齧りもする。そんでこの牙だ。喰らいつかれたら、ただじゃすまねえぞ」
「血を吸うのか……まるで、ドラキュラだな」
「いや、実際もとの世界にも血を吸う蝙蝠はいるぜ。こいつが恐ろしいのは、このデカさを維持する為のエネルギーが必要だからか、血の他に肉も喰らうって事だ。襲われたら悲惨な事になるし、既にそうなりかけた奴もいるようだがな」
赤井は辺染に目を向ける。辺染の右耳は真っ赤に染まっていて、血が服にも付着していた。ジャイアントバットに齧られたのだ。
「いってーー。クソ、俺の耳を食おうとしやがった!! 冗談じゃねーぞ、マジで!!」
「だ、大丈夫かー?」
「触るな、ゴッスン!! チョーーいてーんだよ!!」
騒ぐ辺染を見かねた籾井は、自分のザックから消毒薬とガーゼ、包帯を取り出した。そして辺染の傍に行くと、「静かにしねーと、手当てしてやんねーぞ!」と言って応急処置をし始めた。
それを見た俺は思った。やはりレベル5になった時点で一旦もとの世界へ戻り、明日からの事に向けて準備万端にするしかない。この世界に挑むなら、それからだ。




