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Phase.540 『頭上の悪魔 その3』



 波多野達は、木の上に対して警戒を続けていた。その横で俺達は呆然としている。ショックで身体が小刻みに震えていた。


 目の前で人が死んだ。辺染がこの異世界で動画撮影をするのにつれてきた仲間、そいつが死んだ。仲の良さそうだったゴッスンは、見るも無残に変わり果てたマッチャンのもとに行くと嗚咽を漏らし、そこからいきなり嘔吐した。


 死骸、肉片に内蔵の臭い、それと血のニオイも混ざりあって、俺も吐きそうになっていた。熊切や貝谷も例外ではなく、波多野達だけは人が死んだ事にそれ程動揺を見せずに、それよりも木の上にいるマッチャンを殺した魔物に前意識を集中している。


 俺は、波多野の近くにそろりと近づくと彼に聞いた。


「なんだ、あれは?」

「狒々です」

「狒々……狒々とはなんだ?」

「端的に言えば、猿系の魔物ですよ。その見た目通り、大猿とも呼ばれていますが、ゴリラのように力は強く極めて攻撃的で、自分が勝てる相手でもさっき目にしたように、獲物を木の上に攫って行って自分の有利な場所でその獲物にとどめをさす。油断のならない相手です」

「牙があったようだが」

「ありますね。大きな牙を持っていて、彼は木の上に連れ去られた後、牙を突き立てられて出血多量で果てたのでしょう。その後は、いいように喰われた……」

「やめろおお!!」


 突然叫んだのは、波多野の言葉を聞いていたゴッスンだった。


「すいません、言い方が良くありませんでした。この通り謝罪します。でも僕も、気持ちに余裕がないという事は解っていてください」


 悲痛の表情のゴッスンに対し、波多野が言った。それもそうだった。これは現実であり、ゲームのようにはいかない。あんな大猿、実際に相手するとなるとどうしていいのか解らない。生き延びるなら、波多野に従うべきであるのは確かだ。


「どうすればいい? どう戦えばいいんだ? 言ってくれ。そうすれば俺達も戦う」


 一緒に戦うと言ったのに、なぜか困った顔をする波多野。足手まとい、そう思われたのだと決めつけたが、どうやら違った。


「戦うなんてとんでもない。ここから直ぐに逃げましょう」


 それを聞いて驚いたのは、俺だけじゃなかった。熊切と辺染が慌てて言った。


「おい、倒さないのか? 奴らは凶悪な魔物なんだろ? それに倒さないと、経験値が入らない。俺達は、レベル上げをする為に今、この異世界にいるんだよな?」

「そ、そうだ! それにマッチャンが殺されたんだぞ!! 仇を討つべきじゃないのか? マッチャンもこのまま放っておけねーしよー!!」

「皆さん、冷静になってください。仇を討つにしても、今ここでどうやってあの狒々を倒すのですか? 奴は木の上を自由に移動しますし、ここは相手のホームです。そう簡単には勝てませんよ。それに、レベル上げについてもそうです。勝てる相手をちゃんと選んで戦わないと、返り討ちにあっておしまいです。僕の言っている事を理解して頂けましたら、そのまま姿勢を低くしながら上を警戒してついて来てください。ここから逃げます」


 今度はゴッスンが戸惑った声をあげる。


「そ、そんな!! それじゃ、このまま……マッチャンはどうするんだ? 放っておくのか?」

「どうにもなりません。死んだら、もうもとの世界へは戻れませんよ。他の者が転移アプリを起動させても無理です。だからと言って、墓も作ってあげる暇もありません。そんな事をしていたら、また1人また1人と続いて殺されます」


 ギイイイイイオオオオオ!!!!


 なんとも言えない恐ろしい何かの鳴き声が、森の中に響き渡る。俺達は、目で確認できなくても何が鳴いているのか、はっきりと解っていた。狒々だ。急に襲って来たゴリラ並みの恐ろしい邪悪な大猿。


 このままここにいたら確実に、俺達も奴らの餌になる。波多野達は、ここから離れる為に行動を開始し始めた。その後ろに貝谷がつく。俺は熊切と視線を合わせると、互いに頷く。そしてゴッスンの背中を叩いた。


「おい、いくぞ!」

「あ、あんまりだ。こんなの……」

「それでも行くぞ。でないと、あんたも死ぬ事になるぞ」

「くそっ! 本当にこんなに危険な世界だったなんて……まさか、死ぬほど危険だったなんて」


 絞り出すように、そう吐き捨てるゴッスンの背中をさすってやる。すると辺染もゴッスンの肩を叩いた。


「いくぞ!! このままここにいたら、全員死ぬ!! 俺らには、まだ使命があるだろーが。それを忘れんなよ」

「使命? 使命ってなんだ?」

「そんなの決まってんじゃんよ! 忘れちまったのかよ、俺等は動画配信者だろ? この命の危険性のある、極めてデンジャーな世界を動画におさめるんだよ!」

「はあ? なに言ってんだよ。マッチャン、死んだんだぞ!!」

「俺だって見てたわ。それにショックもうけてるわ」

「じゃあ、なんでそんな事を言うんだよ!!」

「死にたくないからだよ!! ここから移動しないと、確実に死ぬぞ!! 絶対殺される。賭けてもいい。でもだからってお前を放っていったら、人としてアレだろ? だから親切心出して言ってんだよ。マッチャンだって、まさか死ぬことはねえとは思っていても、ちゃんとここが危険な世界だって理解していてここへ来たんだろーがよ。自己責任って言われただろうが」


 辺染。立派な事を言っているようで、何かずれている。こいつの事を実は俺は、信用していない。こいつは面白い動画が撮れて、自分のファンが出来ればそれでいいと思っている節がある。だが言っている事は、確かに一理はあると思った。俺も熊切も異世界に行くのは、自己責任と言われている。スマホのアプリを起動させれば、そこにある注意書きにもそんな事が書かれていた。


 つまり、これは全て自己責任。死ぬのが怖ければ、初めから異世界なんて来なければいいだけの話なのだ。全ては、自分が了承したこと。


 ……しかし、だからと言って俺は受け入れない。死にたくはない。俺はしっかりと、夢にまで見たこの異世界を冒険して、これまで味わった事もない冒険や経験をこれからたんまりとするんだ。俺は、その為にこの世界へやって来たのだ。




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