Phase.539 『頭上の悪魔 その2』
灰色の大猿。そいつがマッチャンの背負っていたザックに目を付けて、それを奪う為にマッチャンごと木の上に連れ去ってしまった。俺達は武器を手に木の上を見上げる。追いかける。
「マッチャンーーーー!!!!」
「おおおーーーい、マッチャン!! 返事しろ!! 無事なのかーーー!!!!」
辺染とゴッスンが、大声で木の上に向かって呼びかける。しかし聞こえるのは、ギイイイっという耳障りのする猿の鳴き声だけ。
どうする。マッチャンは、辺染のツレだ。俺は、マッチャンの好きな食べ物すら知らない仲だ。でも一緒に行動をしているという事は、仲間なのだ。仲間というのは、お互いに助け合うものだ。そういうつもりでいないと、一緒に行動する事自体の形を成さない。それは、解りきっている。
だがどうする? 木を登って助けに行くか? いや、あんな大猿に木の上で太刀打ちできるのか? そもそも俺にこんな木をスルスルと登っていく体力や運動神経は備わっていない。くそーー!!
戸惑っていると赤井、籾井、荻野に続いて波多野もここにやってきた。手には、なんとボウガンを持っている。しかも見るからに殺傷能力の高そうなボウガンで、こういったものは今の日本では簡単に手に入れる事はできないはず。
「ちょっと、どいてもらえますか!!」
波多野はそう言うと、俺と貝谷を押しのけて木の上に向かってボウガンを構えた。マッチャンが連れ去られていった先の方――やはり、俺には何も見えない。そこにあの猿がいるのか、マッチャンもいるのかどうか全く解らない。
周囲の木々も含めてとても背が高く、無数の木の葉に加えて早朝から発生している霧がまだ晴れないのが、見失った大きな理由だった。そもそも、あんな高い位置に……どうすればいい!?
「お、おい!! マッチャンは、何処に行っちまったんだ!! おいーー!!」
「頼む、助けてやってくれよおおお!!」
「うるさい、ちょっと離れてろ!!」
波多野に縋りつく辺染とゴッスンを、赤井が邪魔をさせない為に突き飛ばした。
「ぐへ!!」
「痛い!!」
「邪魔をするんじゃねーよ!! そっち行って身を屈めてろ!! でないと、お前らも狒々に連れ去られるぞ!!」
狒々? 動物……の方じゃないよな。赤井の口から出たワードは、明らかに魔物としての名前だった。
狒々……狒々と言えば、確かそういう名の妖怪が日本にもいたような……もちろんここは、異世界で別物だとは理解しているが……
波多野はボウガンを手に、木の上にいるマッチャンと魔物を探している。赤井や籾井もそうだった。武器を手にしている所からみて、魔物が見えたら波多野がボウガンで射ぬいて、それで落ちてきたら赤井達が一斉に襲い掛かって仕留める手筈なのだろう。波多野はボウガンの引き金に指をかけたまま、視線は木の上に向けたまま仲間に聞いた。
「どうですか、見えますか?」
「…………ッチ」
「赤井さん、見えていますか?」
「解らん!! 解らんけど、あそこ……木の葉が揺れているな。あの辺りにいるんじゃねーか」
赤井はそう言って、遥か頭上の先にある木の上を差した。じっと見上げていると、確かにその辺りの葉というか、枝も揺れている。
「おい、どうにかしてくれよ!!」
「マッチャンが……このままじゃ、マッチャンが!!」
辺染とゴッスンは、そう言ってまた波多野達に縋った。
そう思いたくなくても、思ってしまう。最悪の可能性。あの大猿に襲われてから、少し時間が経っている。なのにあれから猿に攫われてしまったマッチャンの悲鳴は、ピタリと止んで聞こえてこない。普通なら……俺だったら、必死で藻掻いて悲鳴をあげる。助けてくれと熊切や波多野達に連呼する。なのに何もない。
「ちっ! こうなったら、仕方がない。ちょっと俺が登るから波多野は、援護してくれ」
「木を登るのは危険ですよ、籾井さん!」
「でもこのままじゃ……」
ザザザーー!!
刹那、頭上高くで凄い音がした。葉の擦れ合う音。しかもどんどんこっちへ近づいてくる。赤井が叫んだ。
「全員、よけろーーー!!!!」
バキバキバキ!!!! ドアアア!!
木の上から、大きな塊が落ちて来た。それが何か見てみると、マッチャンが背負っていたザックだった。しかも開けられていて、落ちた拍子に中のものが散乱した。
バキバキバキ!! ザザーーー!! バキイイ、ドサア!!
「危ない!! 全員ここからもっと離れて広がるんだ!! また何かが落ちて来るぞ!!」
また何かが落ちてきた。大きな石、もしくは岩だったりしたら、直撃すれば骨折じゃ済まない場合もある。俺達は、落下物に直撃しないように慌ててその場から離れて距離を取った。するとザックに続いて、大きなものが落ちてきた。それが地面に直撃すると、色々なものが無数に辺りに飛び散った。飛沫。何かの破片。鼻を突くような、生臭いような鉄に似たような臭い。
「ひ、ひいいいいい!!!!」
「う、うえええええ!!!!」
「う、嘘だろ⁉ そ、そんなまさか!!」
ゴッスンが悲鳴をあげ、辺染が嘔吐した。俺も吐きそうになったが、無防備になるのは危険と感じてなんとか我慢した。
もう一度、落ちてきたものを確認する。そこはまるで熟した大きなトマトが落ちてきたみたいに、赤に染まっていた。そしてその赤の真ん中には、マッチャンの見るも無残な変わり果てた姿があった。




