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Phase.538 『頭上の悪魔 その1』



 珈琲を飲んで、菓子パンを食べた。それでとりあえず、動ける。


 昨夜、ゴブリンの夜襲をうけた泉のあるあの場所。そこを出発して、再び歩き始めた。どう行動するのかは、全て波多野に任せている。彼は、目的地については特に決めてはいないみたいだが、目的自体は俺達全員のレベル上げだと理解してくれている。


 それには、魔物退治が一番の近道らしい。その証拠に昨晩の騒動で、俺達はレベルが2まであがっていた。この調子なら、タイムリミットの明日までに全員のレベルを5にできるだろう。可能性がしっかりと見えてきた。


 しかし再び倒せる魔物を探して歩き始めたはいいが、相変わらず草木に囲まれている。深い森。例えるなら樹海みたいな場所。そして少し薄まってきてはいるけれど、まだ辺りは霧に包まれている。視界は悪く、またそれが不安さを掻き立てられた。


 先頭を波多野達が歩いていて、その後に俺と熊切と貝谷が歩き、一番後ろを辺染達がついてきていた。熊谷は、黙って歩いているが薪割り用の斧を手にしたまま、キョロキョロと辺りを十分に警戒している。斧には、昨晩現れたゴブリンの血がまだ付着していた。俺は隣を歩く貝谷に話しかけた。


「本人に直接聞けって感じなのは解っているんだけどな」

「ああ」

「俺達、何処に向かっているんだ? 出発してから森の中を結構な距離、歩いているだろ? これ戻る時、どうするんだと思ってな。いや、もう戻りたいとか言っている訳じゃないんだからな。決心だって終えているし……俺は明日からの転移休止期間、こっちの異世界に残るつもりだ。だから、その前に一回自宅に帰って色々としておきたいんだ。準備もあるしな」


 食糧に水。武器がバットだけってのも心もとない。言っている事は全て本心だった。


「そうか、長瀬さんは聞いてなかったか」

「聞いてないな」

「俺は波多野さんから聞いていて……だから皆にもう話しているのかと思ったんだが、まあアレか。俺に話せば、俺から皆に話すと思ったのかもしれないな」

「そうなのか? それで」

「とりあえず、今はレベル上げに最適な魔物を探して歩いているみたいだ」

「それは知っている」

「あと俺達が使ったあの女神像には、戻らないみたいだ」

「それだと、こういう事か。波多野さんも、転移休止期間は、こっちの世界に残るつもりだから暫くもとの世界には戻らないし……」


 一度も戻らないのは、正直言って困る。俺が慌てているのが伝わって、貝谷はまあまあと俺を宥めて言った。


「いや、そうじゃなくて」

「でもあの女神像には、もう戻る予定はないんだろ?」

「当面はな。でも違うんだ」

「どう違う?」

「女神像は、1つじゃないんだよ」

「女神像が1つじゃない?」

「そう。波多野さん達は、俺達が転移してきた女神像とは別の場所にある女神像を知っているんだ。位置も解っているらしいが、距離があるらしい」


 ようやくどういう事か解って、安堵する。


「そういう事か。あの女神像から、別の女神像まで移動する。その道すがら、魔物と遭遇するだろうからそれを倒してレベル上げをする」

「異世界での冒険もできて、至れり尽くせりなツアーだな」


 直ぐ隣で話を聞いていた熊切が笑って言った。でもその通りだと思った。なるほど、波多野達は既に自分達のクランを名乗っているが、それだけもうこの世界に対して馴染んでいるという事なのか。


 キイキイキイキイキイ!!


「な、なんだ⁉」

「鳥か?」


 森の中で何かの鳴き声がした。熊切の言ったように、この世界に生息している鳥だと俺も思った。だが先頭を行く波多野達がこちらを振り返る。そして赤井がこっちに向かって叫んだ。


「おい、お前らあああ!! その場で止まれ!! そして屈むんだ!!」

「か、屈む? なぜだ?」

「いいから、つべこべ言ってねーで、さっさと屈んで身を低くしろ!! でなければ、後悔したい奴はそのまま突っ立っていればいい!!」


 赤井の言葉で、何か良からぬものが迫っているのだと俺達は気づく。言われた通り、身を低くする。後方から悲鳴。


「うわあああああ!!」

「おい、なんだ!!」

「マッチャン!! マッチャンがあああ!!」


 辺染達だった。鳥のような声が聞こえると、赤井は俺達に向かって身を低くしろと言った。しかもそれは、かなり急かしたような声。それでも辺染達は、ちゃんと聞いていたはずなのにそうしなかった。その結果がこれだ。辺染の仲間のマッチャンって奴が、宙に浮いていた。


「うわあああああ、た、助けて!! 助けてくれええええ!!」

「おい、マジか!! だから言ったんだ!! この野郎が、ちょっとそこで耐えてろ!!」


 先頭にいた赤井と籾井と荻野が、辺染達のいる後方へと走る。俺達はどうしていいのか解らない。


 どうしてそんな事になっているのか、森の中で宙に浮いているマッチャンに目を向ける。じっと注意深く見ると、なぜ彼が宙に浮いているのか理由が解った。


 なんと、木の上には大きな猿がいた。いや、ゴリラかもしれないが、俺の第一印象は猿だった。とても凶悪というか邪悪な顔をした猿。なにせ鬼のように牙が生えている。そしてゴリラ並みにデカい身体をしたそいつは、マッチャンの背負うザックに手をかけてそれを奪おうと、引っ張りあげたのだ。だからザックを背負っていたマッチャンは、荷物ごと上に持っていかれた。


 ギイイイイイイイ!!!!


 猿と目が合うと、そいつは金切声をあげて俺達を威圧した。とんでもなく怒っているのは解る。そしてゴリラ並みの腕力でマッチャンごと持ち上げて、今いる木を更に上に登っていく。つまり彼を連れ去ったのだ。


「マッチャンーーーー!!!!」


 仲間を猿に連れ去られてしまい、大声で叫ぶ辺染とゴッスン!! いきなり驚くべき光景に遭遇してしまい、呆然とする熊切。貝谷も同じようになっている。その中でなぜか動く事の出来た俺は、木の上の方へどんどん連れ去られていくマッチャンに対して叫び続けた。


「ザックを捨てろおおお!! ザックを諦めて猿にやるんだあああ!!!! おおおおおい!! 聞こえてるかあああ!! 言う通りにしろおおおおお!!」


 猿の狙いは、背負っているザック。確かにあれには食糧なども入っている。それに目をつけられたのかもしれない。赤井達が猿のいる木の真下に来た時には、もうマッチャンの姿は木の上の向こうにあり、無数の木の葉と霧で覆い隠されて、はっきりと見えなくなってしまっていた。


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