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いつも公園のいつものベンチに座っていると、約束通りレイモンドがやってきた。
「やぁ、フェリシティ嬢」
「こんにちは、レイモンド様」
レイモンドは綺麗に包装された箱を持っていた。
小さなその箱は、フェリシティと約束したレイモンドの家の料理長が作った焼き菓子だ。
フェリシティも小さな箱を持っていた。
こちらは、フェリシティが作ったクッキーだ。
近くの雑貨屋に行って綺麗な箱とリボンを選び、フェリシティが自分でクッキーを詰めた。
「レイモンド様のお口に合うか分かりませんが、心を込めて作らせていただきました」
「はは、うれしいな。私も生まれて初めてお菓子を詰める箱を選んだよ」
「レイモンド様が選んでくれたのですか?」
「あぁ、仕事を早く終わらせて、この手の店に行ってみたんだが、さすがに女性が多かったな」
レイモンドが持ってきた箱は、白色の箱に緑色の蔦やカラフルな花が描かれていた。
正直に言うと、レイモンドの持ち物としてこれほどかけ離れている物はない気がする。
「あの、大丈夫でしたか?」
「他の客の視線は少々痛かったが、私があまりにも真剣に選んでいたものだから、従業員の方から話しかけてくれたよ。おかげでこんなに可愛らしい箱を見つけられたのだから、悪い経験ではなかったよ」
今までの人生で一度もこんなにカラフルな箱を購入したことなどであろうレイモンドが、真剣に選んでいたのだ。
フェリシティは、そんなレイモンドに声をかけた店員さんの勇気を賞賛したくなった。
そして同時に嬉しくなった。
婚約者であるローガンに、こんなことはされたことはない。
フェリシティへの贈り物は、いつも友人と選んだ、そう言っていた。
今なら分かる。
その友人が誰なのか。
そう思ったら、ポロリと涙がこぼれた。
「え?フェリシティ嬢?どうかしたのか?」
おろおろとしたレイモンドがフェリシティに慌ててハンカチを渡すと、フェリシティはそのハンカチで涙を拭いた。
……ハンカチからは、爽やかな香水の匂いが仄かにした。
その香りが、フェリシティを心を落ち着けてくれた。
「……申し訳ございません。みっともないところをお目にかけました」
「そんなことはないよ。まぁ、正直に言うと、今まで見てきた女性の涙というものが、所謂『淑女の涙』ばかりだったから、久しぶりに純粋な涙を見た気分だよ」
「まぁ」
ちょっとだけ泣きながら、フェリシティはくすくすと笑った。
『淑女の涙』そう呼ばれる涙は、ぶっちゃけ嘘泣きだ。
誰が言い出したのか知らないが、か弱いフリをする人間が流す涙のみ、そう呼ばれている。
見分けはつくのだろうか?とも思っていたことがフェリシティにもあったが、実際にとある夜会で見た『淑女の涙』は間違いなく嘘泣きだった。というか、アレに引っかかっていた男性貴族に引いた。周りの紳士淑女も引いていた。気が付いていないのは、当人たちだけだった。
後で聞いた話によると、フェリシティが見たのはその夜会だけだったが、他の夜会でも色々とやらかしていたらしい。
他の誰にも迷惑をかけていないのなら、好きなようにお芝居をしていればいいと思ったが、その時は巻き込まれた人間がけっこう大物だったらしく、しばらくの間、社交界がざわついていた。
「『淑女の涙』は分かりやすいと思うのですが、どうしてあの涙に引っかかる方が出てくるのでしょう?」
「さぁ?自称『か弱い淑女』が好きな男性は多いみたいだな。自分が守ってあげるんだ、という気分にさせてもらえるからだろうかねぇ?」
レイモンドがうんざりしたような顔をしたので、どこかで『淑女の涙』関連の騒動に巻き込まれたことがあるのかもしれない。
「レイモンド様は、『か弱い淑女』はお嫌いですか?」
「作られた『か弱い淑女』はごめんだな。それに現実的な話をしてしまうと、私はそれなりに仕事が忙しくてね、『か弱い淑女』にかまっていられない、という部分もある」
「それは確かにそうですね」
聞いた話によると、『か弱い淑女』はそれを免罪符のように、いつでもどこでもお気に入りの男性を呼び出すのだとか。忙しい人間にとっては、いい迷惑だろう。
「本物ならまだしも、偽物に付き合う気はない」
きっぱりとそう言えるレイモンドが、フェリシティはちょっとだけ羨ましくなった。
……私も、ローガンにきっぱり言えるようになれるのだろうか……、いいえ、ならなくちゃいけないのよね。
そうでないと、いつまで経ってもローガンはブリジット・サンザスから離れない気がする。
彼女は場合によっては『淑女の涙』を使い、『か弱い淑女』として自分を狙った相手によく見せる方法を熟知している。それくらいの情報はフェリシティでも手に入れることが出来るのに、どうしてローガンは彼女を信じられるのだろう。
「レイモンド様に憧れます」
「おおぅ。こんなおじさんに憧れてくれてありがとう」
ちょっとはにかんだその顔も、可愛らしいと感じてしまった。自称おじさんなだけで、レイモンドは間違いなくモテる紳士なのだろう。
フェリシティがふふふと笑った瞬間に、持っていた小袋が滑り落ちて、またも中身が地面に落ちてしまった。
「あっ!もう、最近、この袋を落としてばかりなんです」
急いで散らばった中身を集めるとレイモンドも手伝ってくれた。
「お金も入ってたんだ」
「はい。ちょっとした物を購入したり、カフェに行くのに必要ですから」
そんなに高い位置から落としたわけではないので、すぐにコインは集まった。フェリシティが小袋の中にコインを戻していると、レイモンドが手にしたコインを真剣な目で見ていた。
「あの?レイモンド様?」
「……フェリシティ嬢、すまないが、このコインをどこで手に入れた?」
「え?」
レイモンドから渡されたのはあまり見覚えのないコイン。
……違う、これは……。
「あの、これはよく分からないのです。この間、家で同じように落とした時にはもう入っていて、あまり見覚えのないコインだと、うちの者とも話をしたんです」
「……最近、この袋をよく落とす、と言っていたね。その前にどこかで落とさなかったか?」
「えーっと、えーっと……、あ、その前にも我が家で落としたことがあります。その時は、婚約者が拾ってくれました」
「婚約者が?」
「はい。……そういえば、この間、婚約者に見覚えのない物を拾わなかったか?と聞かれましたが……あれ?このコインのことだったのでしょうか?」
ローガンが拾った時にでも紛れ込んだのだろうか?
それなら、すぐにローガンに返さないと。
「いや、ちょっと待ってくれ、フェリシティ嬢。あまり詳しいことは言えないが、これはちょっと問題がありそうなコインなんだ。しばらく、私が預かってもいいかな?もちろん、君や君の家に迷惑がかかるようなことにはならないようにするから」
「は、はい。それはかまいませんが……」
どのみち、フェリシティの物ではないし、ローガンの物だと決まったわけでもない。
身分が上の方そうなレイモンドがそう言うのならば、フェリシティが拒否する理由はない。
「その婚約者にもこのコインのことは言わない方がいいな。もし、君がこのコインを他の人間に渡したと知ったら、どういう行動に出るのか見当も付かない。しばらくこのコインのことは、君と私の秘密にしてほしい」
「分かりました。ですが、レイモンド様に危険はございませんか?」
「私は大丈夫だよ。こういうのの扱いにはそれなりに慣れているから」
扱いが慣れているのは、こういうコインについてなのか、こういうコインで何かを企むような者たちなのか、フェリシティには分からなかった。ただ、このコインが普通のコインではない、ということだけは理解出来たのだった。




