⑨
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レイモンドは、帰りの馬車の中で預かったコインを出した。
フェリシティといる時は微塵も感じさせないような冷徹な目でじっくりコインを見つめると、そっとハンカチに包んだ。
「……贋金、だな」
それもこの国のではなく、隣国の。
フェリシティのように見たことのない人間なら分からないだろうが、生憎とレイモンドはこの手のコインを何度か見たことがあったので、すぐに気が付いた。
本物の隣国のコインは、もう少し銀色だ。
こちらは、少し赤っぽい色が混じっているので、何かしらの混ぜ物が入っている可能性が高い。
それに、男性の横顔も少々違う。
「……ふうん、なるほどね」
気に入らない。レイモンドの手の届く範囲にまで広がり始めた贋金をこのまま放っておけば、こっちの経済がズタスタになる。
仕事場が近付いてきたので、レイモンドは降ろしていた前髪を後ろに撫で付けた。
それだけで、優しいお兄さんから沈着冷静な出来る男が出来上がった。
馬車が止まり扉が開かれると、レイモンドは偽物のコインをポケットにしまってから外に出た。
外に出ると大勢の人間が行き来していて、レイモンドに気が付くと、ささっと横に避ける人間が多かった。
仕事場の王城は大きすぎて、馬車留めからそちらに行くのも一苦労だ。
もう少し何とかしてほしいところだ。
無言で歩くレイモンドを避ける人間が多いおかげで、仕事場まで行くのにいつも以上にスムーズに歩けた。
レイモンドは、どんなに急いでいても走ることはしない。
何故なら、それがここの規則だからだ。
仕事場である財務局に到着して扉を開けると、中で働いていた人間が一斉にレイモンドの方を見た。
「お帰りなさい、局長」
「あぁ、入って来たのは局長か」
「残念そうな声を出すな。ここに女性は来ないんだよ!」
「そんな、せめて……せめて潤いを!」
「女性がいたらいたで、緊張して何も出来ないくせに」
「そうなんだけどさー」
「……お前たち、まだ余裕がありそうだな」
レイモンドの冷たい声に、部下たちがひぇっと小さく叫んだ。
「喜べ、仕事だ」
奥にある局長用の机に向かいながら、近くの部下にフェリシティから預かったコインを渡した。
「何ですか?これ?」
「贋金だ」
「え!あ、本当だ。これ、隣国の贋金ですね」
「マジで?」
渡された者の傍に全員が集まって、贋金をじっくり見た。
「色が違う」
「薄い赤?何か混ぜてる?」
「こんな混ぜ物ならすぐにバレるだろ?」
「なら、こっちで使ってるんじゃないか?隣国の硬貨なんて、ほとんど見かけないし」
「でも、持ち込まれてるのは両替商だろ?さすがにバレるんじゃないか?」
「本物の中に交ぜていたら、分かりづらいんじゃないかな?本物八、偽物二、くらいでどうかな。古いコインだから消耗してるとでも言えば」
「それか、こっちで作って隣国に持って行ってるか、だな。大きな都市ならバレる可能性が高いけど、そこら辺の小さな街ならそこまで警戒しないだろ。普通に商品を購入する時に使えばいいだけだし。自分たちで贋金を作っているのなら、ある意味使いたい放題だしな」
贋金を見ながら、財務局の人間がわいわいと好き勝手にしゃべっていた。
「局長、これをどちらで?」
「知り合いのお嬢さんが持っていた」
『知り合いのお嬢さん』
その言葉に部下たちは一瞬固まり、次の瞬間、爆発した。
「馬鹿な!局長に知り合いのお嬢さんがいるだと?」
「そんな!局長が女性と話せたと?」
「嘘だ!そんなはずないだろう!だって、局長だぞ?」
「目が合っただけで淑女は泣く、とまで言われる局長だぞ!」
「色んな意味で怖いよー」
「局長、羨ましい。俺も女性と会いたい!」
「やっぱり顔か!あの氷のような目で見られても、顔がよければいいのか!」
「勇気ある女性だなー。そういう肝が据わっている人の方がいいのか……」
おかしな叫びばかりが聞こえたが、レイモンドはさっくり無視をすることに決めた。
どう言われようが、コイツらが仕事をきっちりするのなら別に問題ない。
が、自分はともかく、さすがに変な誤解を受けたままだとフェリシティが可哀想だ。
「私のことを好き勝手言うのはいいが、彼女のことは許さんぞ」
本気のレイモンドに、部下は怖さよりも好奇心の方が勝った。
「あの、どのようなお嬢さんなんですか?」
「ごく普通のお嬢さんだ。誤解がないように言っておくが、私とは何でもないぞ。少し前に公園で出会って話をする仲になっただけだ」
「何でもないって言われましても、局長と話をしようと試みるようなお嬢さんの度胸はすごくないですか?」
「馬鹿なことを言うな。私だってこれでも貴族だ。その気になれば、お嬢さんとの会話くらい出来る」
「いやいや、相手が怯みますって!」
「それに、相手のお嬢さんには婚約者がいるんだぞ」
「婚約者が?あぁ、それで公園でしか会ってないんですね」
公園は誰もが見ている公共の場と見なされている。
だから公園内だけは、婚約者でもない男女が二人で話していようが、そこにいる誰もが付き添い役と見なされるのだ。
それをいいことに親密な逢引きでもしようものなら、あっという間に噂話が広がる。
それがないということは、適正な距離を保って会話をしているということ。
節度を守っている限りは噂話にしない、という貴族的にも妙なルールがまかり通っているのだ。
「で、そのお嬢さんがこれを持っていた、と」
「そうだ。だが、彼女はこれが何であるか分かっていなかった。たまたまお金の入った袋を落としてぶちまけたんだ。それを拾った時に、私が気が付いた。彼女は妙なコインが交ざっていると思っていたらしいが、これが何か分からなくてそのまま入れっぱなしにしていたそうだ」
「ですよねー。よりにもよって財務局の局長の前でぶちまけたんですから」
「どこかで入り込んだのだろうな。ところで」
「はい?」
「調べてほしいことがある」
レイモンドの鋭い視線に、部下たちはごくりと生唾を飲んだのだった。




