⑪
コインをレイモンドに渡した日の夜、フェリシティは眠れずにいた。
フェリシティにはあのコインが何か分からない。けれど、レイモンドは一目で何か分かったようだった。
『このコインについては私が全て引き受けるよ。フェリシティ嬢は何も持っていなかったし、何も見なかった。いいね?』
『レイモンド様が危なくはないのですか?』
『大丈夫だよ。これでも一応、剣の扱いは慣れているんだ』
そう言って微笑むレイモンドは、無理を言っているようには見えなかった。
さすがに騎士ではないだろうけれど、剣は貴族の嗜みだからレイモンドも修めているのだろう。
フェリシティの父親だって、たまに庭で剣を振っている。
「……でも、もし、レイモンド様に何かあったら……」
コインを渡したことで、レイモンド様が何かしらの危険に巻き込まれてしまったとしたら……。
眠れずに、そんなことばかり考えてしまう。
「いえ、レイモンド様はきっと大丈夫……」
大人できっとそれなりの地位にある方。
フェリシティでは無理なことも、きっとレイモンドなら大丈夫。
フェリシティはそう信じて無理矢理目を瞑った。
とはいえ、夜中に何度か目が覚めたフェリシティは、翌朝は目の下に隈が出来ていた。
「お嬢様、あまり眠れなかったのですか?」
「……やっぱり分かる?」
「はい」
朝、侍女が来る頃には、すでにフェリシティは起きていた。
何度も眠ろうとしたのだが、結局眠ることが出来なかったので、諦めて身支度をしたのだ。
「目の下の隈がひどいですね。少しお化粧で隠しましょう」
「えぇ、お願いね」
幸い、今日は出かける予定はない。
一日、家でゆっくりしていよう。
そう思っていたのに、朝食後しばらくしてから、ローガンが屋敷にやって来た。
先日、変な啖呵を切って帰って行ったくせに、どうしてすぐにこうして来るのだろう。
ローガンの思考回路が読めない。
「急にすまないね、フェリ」
「いいえ。どうかなさいましたか?」
「先日は悪かった。俺も少し感情的になってしまったんだ」
「そうですか……ですが、同じ忠告をさせてくださいませ。ブリジット嬢とのお付き合いは、どのような形であれ避けるべきだと思います」
「誤解だ、フェリ。本当に彼女とは友人なだけだよ。フェリ、俺の交友関係に口を挟まないでくれ」
何度言ってもブリジット・サンザス嬢のことを友人だと言い張るローガンに、フェリシティは内心でレイモンドと比べていた。
レイモンドなら、きっとそんな言い方はしない。
フェリシティがブリジット嬢のことを忠告したのなら、きっと自分でも調べてくれる。
そして、完璧とも言える報告書を出してきそうだ。
レイモンドなら、絶対にローガンのように、あからさまに怪しい言い訳はしない。
けれど、ローガンが今この場でそう言い張るのなら、これ以上ブリジット・サンザス嬢の名前を出すのは控えた方がよさそうだ。
いくら自分の家とはいえ、フェリシティはあくまでもか弱い女性。多少、剣の心得があるローガンに勝てるはずもない。
「……分かりました。ですが、ローガン様、私がこうして忠告したことは、覚えておいてくださいませ」
「……あぁ、分かった。ところでフェリ、もう一度聞くが、何か変わった物は落ちていなかったか?」
ローガンの問いに、フェリシティの心臓がバクバクと音を立てた。
フェリシティはローガンに気付かれないように、小さく息を吐いた。
『落ち着いて、フェリシティ。レイモンド様に言われた通り、私は何も知らない。何も拾っていない。ローガン様の落とし物など、知らない』
心の中で何度かその言葉を自分自身に言い聞かせて、フェリシティはいつも通りの顔を作った。
「いいえ、ローガン様。何も落ちていませんでした」
「本当に?」
「まぁ、疑り深くでいらっしゃるのね。そもそもローガン様は、何を探していらっしゃるんですか?」
フェリシティの言葉に、ローガンはしばらく考え込んだ後に口を開いた。
「少し赤っぽい銀色のコインだ」
ローガンの言葉に、フェリシティはコインの出所を確信したのだった。




