お嬢様、全力疾走する
こうして迎えた、体育祭当日。
晴天にも恵まれ、滞りなく進行しておりました。
何せ穏やかな気質の方が多い我が校、さほど白熱することもなく、よってトラブルも滅多に起こりません。
そんな中でも私は、モデルも真っ青の美脚は勿論のこと、飛び抜けた運動神経でも注目の的でございました。
(うわ~顔だけじゃなく足も速い!)
(何だよ、あの子……もう芸能人じゃん)
(いいなぁ、私もあんな風になりたい♡)
ふふふ、聞かれました?
会場にいる全員がー親族も含めてーこちらを見て感嘆しております。
人間は美しい存在を目にすると、自然と癒され、心が落ち着くそうです。
私を創り上げて下さった神に、全人類が感謝すべきですわね……。
さぁ!この勢いに乗って、山田にも夢中になってもらいましょう!
いよいよ男女混合リレーの番が訪れ、出場者が各々準備を始めました。
私はトップ、次にモブ男子(失礼)、瀬戸さん、ラストが山田の順です。
無論私としては山田との愛のバトンタッチ♡を計画していたので、これには反旗を翻したかったのですが、スピードを考えるとどうしても妥当だったので、受け入れざるを得なかったのです。
ま、彼がゴールする時により早く迎え入れられるので、良しと致します。
「ごきげんよう、山田くん。リレー、頑張りましょうね♡」
ストレッチをしている山田に、アイドルも顔負けな程愛らしく、小首を傾げながら声をかけると、彼はしかし、「ああ、うん」とだけ頷いてー何たることでしょう、瀬戸さんの身を案じました。
「悠莉、本当に大丈夫か?今、気分はどう?」
(ったく、無茶な奴なんだから。目が離せないよな)
「だーいじょうぶやって!ほんま心配性やな、健太郎は」
(ふふ、そういうところも大好きやけど♡)
シーッッット!!!
sit!sit!sitー!!!
……申し訳ございません、令嬢らしからぬお下品な言動を……。
意味を解せぬ方は、自己責任の上ググって下さいまし。
で、でででも、わ、私だって体が病弱なら心配されたはずですわ!
実際は生まれてこの方、風邪すら引いたことのない健康優良児ですけれども。
クラスの殆どがインフルエンザにかかっても、人一倍元気でしたけれども。
嗚呼、貧血の一つでも起こらないかしら……。
いえ、今はそれより美脚をアピールする時です。
倒れている暇などございません。
『では、男女混合リレーを始めます。出場する人は、それぞれの位置に移動してください』
とのアナウンスが流れ、私はスタート地に向かいました。
山田との恋を成就させる為の競技ではありますが、決して手は抜きません。
勝負事は常に真剣に挑むよう、心掛けております。
そして……優勝した暁には皆で喜びを分かち合い、どさくさに紛れて……山田とハグしてみせますわ♡きゃー♡
殿方と触れ合うなんて、ハレンチ極まりないですけれども、貴方なら許しましょう。
感謝しなさいっ♡
『位置について、よ~い……スタート!』
ハッ!いけない!
妄想に耽っている内に、始まってしまいました。
幸い寸でのところで我に返ったので、出遅れずに済みましたが、瞬時に気持ちを切り替え、全力で駆け抜けます。
さすが選抜された方々だけあって、思いの外苦戦しましたものの、終盤は断トツでトップに躍り出ました。
待ち受けているモブ男子に、華麗にバトンを渡します。
「はい!お願いしますわ!」
「うん、任せて!」
(わ~有栖川さんとバトンタッチ、嬉しい♪)
モブ男子よ……こんな切羽詰まった時なのに、正直な人だこと。
いえ、私が美しすぎるがゆえですわね、ごめんあそばせ。
しかし彼はなかなかの健脚ぶりを見せつけ、トップを守って下さいました。
次は瀬戸さんーなのですが……。
ここで、思わぬ事態が起こりました。
意図せず、彼女の心の声が聞こえてきたのです。
(何や、ちょっと調子悪いかも……でも、リタイアなんか出来ひん……ま、大丈夫やろ……)
と。
嫌な予感が致します。
一見したらそこまで顔色は悪くないので、周りは誰も気付いていない様子。
直ぐに止めようかと思いましたが、何せ他人には聞こえていないのですから、躊躇してしまいます。
そうこうしている内に、瀬戸さんにバトンが渡りました。
初めは好調でしたが、次第に不穏な気配が漂います。
彼女の悲痛な心の声が、容赦なく流れてきまして。
(辛い……しんどい……もつかな、これ……でも……せっかくトップなのに……!)
もおおお!!!
こんなの、放っておける訳ございません!!!
例え頭のおかしな奴だと認識されようと、私が助けなければ。
心に決めた私は、瀬戸さんの元に向かおうとし、
「瀬戸さん、お待ちなさい!無理なさってはー」
いけません、と言おうとした所で。
言葉が出なくなりました。
何故ならー山田が私より先に、瀬戸さんの元へ駆け付け、いわゆるお姫様抱っこをしたからです。
会場が一瞬にして、シンと静まり返ります。
彼女は顔を真っ赤にして、勢いよく手足を振り回しました。
「ちょ、ちょちょ、何してんねん!リレーの途中やで!?」
(ひゃ、ひゃー!け、健太郎の顔、近っ!むり、無理無理っ!)
「お前、調子悪いだろ。医務室行くぞ」
(ほんっと、ちょっと油断したらこれなんだから。……でも気付けて良かった)
「で、でででも、歩ける、歩けるからっ」
(うちのこと、そんな見ててくれてるんや……手、あったかいなぁ……)
「こんくらい昔よくしてたし。いーから、大人しくしてろよ」
(大分重くなったけど。中身は変わってないな。昔から一生懸命で、見守ってやらなきゃ駄目で……)
……嫌。
嫌、嫌、嫌!!!
山田の瀬戸さんを案じる想いが、拒もうとしても脳裏に入り込んでしまいます。
こんなに超能力を辛く感じたのは、生まれて初めてでした。
まるで心臓を鷲掴みにされたように、苦しい。
もう何も聞きたくありません。
何も……。
私はフラフラと覚束ない足取りで、その場を離れました。
背後で山田を称える拍手が響き、更に胸の痛みが増したようでした。
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