お嬢様、恋に落ちる
あれは、高校に入学して直ぐの出来事。
可憐な桜が咲き誇り、我らの門出を祝ってくれていました。
クラス分けが発表され、教室に行けば当然、私は即一番の人気者に。
それもそうですわ。
こんな完璧な美少女、滅多にお目にかかれないですもの。
皆一様に、
(有栖川さんと一緒のクラスなんてラッキー!)
(見てるだけで、毎日楽しく過ごせそう。最高~)
(一般人にここまで可愛い子いるんだ……)
うっとりと、私に見惚れておりました。
そんな中、ただ一人だけ。
窓際でぼんやり外を眺めている男がいました。
みすぼらしい古びた学ランを着て、暫く髪の毛を切っていないのでしょう、顔が隠れるくらい前髪が長く、陰気臭い印象を受けます。
良家の子息・息女が集うこの高校の中では、大変異質な存在です。
一体何者なのか、遠くて心の声もなかなか聞こえず、怪訝な表情を浮かべていると、クラスメイト達が教えてくれました。
「ああ、彼は山田 健太郎くん。噂で聞いたけど、一般家庭の子らしいんだ。推薦で入ってきたらしい」
(一般家庭っつーか、貧乏人だよなーあの学ラン、古着だし。可哀想に)
「成績が優秀だから、特別に入れて貰えたみたい。凄いよね」
(でも私なら無理だわ。自分だけ貧乏だなんて惨めだもーん。勇気あるよね~)
なるほど。
今流行りの、陰キャって奴ですわね?
可哀想に……。
事情を察した私は、慈悲深く微笑みました。
周りの方々はその美しさに、骨抜きになっております。
笑みを絶やさぬまま、山田の元へと向かいました。
私は外見だけでなく、中身も聖母マリアの如く清く優しい淑女なのです。
例え哀れな貧乏人でも、他人と交流を持てない陰キャでも、この魅力で救わなければなりません。
「ごきげんよう、山田くん。あちらで皆様とお話しません?」
そう声を掛けたら、山田は驚いたように口を開けました。
仕方ないですわね。
こんなとびきりの美少女、且つ既にクラスの人気者である私が、突然自分に話し掛けてくるなんて。
青天の霹靂、天変地異、現実は小説より奇なり、が彼の身に一気に起こっているはず。
さあ、遠慮しなくてもよろしくてよ。
この奇跡的で幸せな事象を喜び、噛み締め、咽び泣いても
「あー……別にいいや。お構いなく」
(てか、この人……鼻毛出てんなー)
……。
……今、何と……??
……誘いを断っただけでなく……。
はな……はなはな……はなげ……HANAGE……!?
この美しい顔面に、鼻毛ですって!!??
私はそれが心の声であることも忘れ、咄嗟に顔を掌で覆い、黙ったまま教室を出ました。
クラスメイト達に(どうしたのかな)(気分が悪いのかしら)(山田くんに何か言われた?)と案じられ、しかし山田以外にはこの失態は気付かれていないのだと、安堵致しました。
ヨロヨロと覚束ない足取りで御手洗いにたどり着き、鏡を覗き込みますと。
ほんの少しだけ、本当に、本当に、ほんの僅かに飛び出ている鼻毛が、視界に飛び込んできました。
……嘘でしょう……?
これくらい私の美貌を前にしたら、エベレストに挑む前に登る高尾山くらい、どうでも良くなるはずですのに……!
他の方々は全く気付いていなかったですのに……!!
屈辱ですわーーー!!!
「……山田 健太郎……見てなさい……!」
私は恥辱に苛まれながらも、何とか鼻毛を処理し、鏡に映っている自身に向かって誓いました。
絶対、絶対に、山田を惚れさせてみせる!!!と。
生まれてこの方十五年、一人の殿方に執着するのは初めてでございます。
……世に言う、初恋……?
こんな奇妙な恋の始まり、あり得るのかしら??
いえ、そんなこと考えている場合ではありません。
とにもかくにも、彼を手懐けないと気が済まない。
私を見るだけで顔を真っ赤にさせ、鼻血を吹き出し、白目を剥き、
(有栖川さん……いや、美麗様……なんて美しい♡♡♡顔も性格も最高だ♡♡♡俺の天使……女神……もはや神……!!!)
と言わせてみせますわ!!!
こうして私の、初恋という名の戦争が始まったのです。
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