お嬢様、看病する(3)
価値観の違いにより、盛大なミスを犯した私は、すっかり鈴香ちゃんにソッポを向かれてしまいました。
家にお邪魔してからもずっと、こちらを見ようとはせず、悠莉にばかりまとわりついています。
「ねえね、悠莉ちゃん、ゲームしようよ!友達から譲ってもらえたんだ~」
(悠莉ちゃんとゲームできるなんてラッキー!嬉しい!)
「うん、しよしよ。美麗、先に健太郎のとこ行っといて」
(ふふ、その間に鈴香ちゃんにもっと好かれよ。義理の妹やもんな……なーんてキャー♡♡♡)
何がキャー♡♡♡じゃ。
♡マーク三つ連打しとるんじゃ。
それはこっちの専売特許じゃーーー!!!
と叫べる訳もなく、私は黙って従う他ありませんでした。
いえ、弱気になっては駄目ですわ、美麗。
今までどれだけの男達を魅了してきたか、思い出すのです。
殆どの男が一目惚れし、胸元を強調すれば虜になり、宇宙一崇め奉られてきたではありませんか(当社比)。
山田はDNAの不具合により、この素晴らしさが理解出来ないだけなのです。
神様は彼に、人類史上最大の試練を与えたのです。
おお、何と不遇な男でしょう。
しかーし!!!
密室にて山田と二人きりなんて、私の良さを知らしめる、またとないチャンスでございます。
これを逃してはなりません。
私は山田の部屋をノックし、ですが返事がない為、恐る恐るドアを開けました。
「山田くん、お邪魔しますわよ……」
と中を覗いて、唖然と致しました。
まぁ、何と狭い空間!
歴史の教科書に載っている、江戸時代の平民の部屋みたいですわ!!!
今、確か時代は令和のはず……もはや世界遺産に認定されるのでは……申請しないといけませんわね……。
広さは我が家の御手洗いと同じくらいかしら。
その上ベッドがなく、床に薄っぺらい布団が敷いてあり、それに山田は横たわって眠っておりました。
背中を痛めてしまいそうで、より心配になります。
お見舞いに最高級のベッドを用意すべきでした。
あ、将来花嫁道具として持って来るのも有りですわ……勿論ダブルベッドで♡キャー♡♡♡
にしても、残念ながら山田は目覚める気配がなく、規則正しい寝息を立てております。
一瞬落胆したものの、心の声を気にせずに接するのは、なかなか新鮮なものだと考え直しました。
「……可愛い寝顔ですわね……」
私はそろりそろりと忍び足で山田に近付き、ここぞとばかりにじっと見つめました。
少し額に汗をかいていますが、思ったよりは顔色は悪くありません。
長い前髪の隙間から見え隠れするその寝顔は、赤ん坊のように無垢で、思わず胸が高鳴ります。
……ちょ、ちょちょ、ちょっとだけ……さわ、触っても……よろしいかしら……?
い、いえ、や、やややましい気持ちなど、一ミリもございませんわよ!?
た、ただ、前髪が汗でベッタリして、こ、このまま瞼を開けたら入りそうで危険ですし、そう、これは純なる看護ですわ!!!
ヘレン・ケラーもびっくりの世話好きな私は、放っておくことなど出来ないのです。
これは抗えぬ、自然の摂理なのです。
「ちょ、ちょっと……失礼致します……」
私はそっと、白魚を彷彿させる美しい指先で、山田の前髪を横分けにしました。
嗚呼、やっぱり……愛らしい寝顔でございます。
普段は表情が乏しい山田の、意外な一面を見れた気がして、密かに満悦致しました。
少女漫画ではこの勢いでせ、せせせ接吻をするパターンが多いのですが……。
さすがにうら若き乙女が、そんな卑怯な真似は出来ません。
でも……このまま寝顔を堪能するだけで終わるのは……。
ビンタで叩き起こして、無理矢理にでも会話しようかしら??
いえ、いけませんわ!焦って暴走しては!!!
そうです、今の内に下の名前で呼び捨てにする練習を致しましょう。
いずれ私達は結ばれる運命ですし、悠莉に先を越されてばかりはいられません。
さあ、彼の意識が戻る前に挑戦するのです。
「け、けけけけ……けけけけ……」
!!??おかしいですわ!!??
滑舌には絶対的な自信がありますのに、健太郎という実に単純な名称を口に出来ない……!!!
何故か唇が震えて、歯が小刻みに上下に揺れ、体が言うことを聞いてくれません。
ええい、でもこんなチャンス、もう二度となくてよ!
KE・N・TA・RO!と呼ぶのです、有栖川 美麗!!!
「け、けけけけ……健太郎ーっっっ!!!」
何てことでしょう、思いの外馬鹿でかい声が出ました……。
これでは親を起こしに来た、ヤンチャ盛りの幼児でございます。
案の定ゆっくりと、山田の瞼が開かれました。
……もしかして、聞こえていたかしら。
だとしたら、急に呼び捨てにされてドキッとしてそこから恋が芽生
「!!??ギャーーー!!??」
(ど、どど泥棒!!??強盗ーーー!!??)
山田よ、落ち着きなさい。
この自他共に認める宇宙一の美少女が、どうしたら泥棒や強盗に見えるのです。
貴方の視力は0.000001以下ですか?
分厚~~~い眼鏡をした方がよろしいんじゃなくて?
百歩譲っても、天国からの使いが来たと怯えるのが筋でしょう。
私はズッコケそうになりながらも平静を装い、ニッコリと笑みを湛えました。
「驚かせてごめんなさい。風邪と聞いて、お見舞いに参りましたの。プリントを持って来ましたわ」
「あ、有栖川さんか……そっか……ありがとう……」
(そうだよなーこんなボロ屋に強盗なんか入る訳ないよなー良かった良かった)
そこは『こんな美少女が強盗のはずがない』だろうがよ。
ちょっとHな深夜アニメみたいになっちゃっただろうがよ。
全く、相変わらずの鈍感ぶりに辟易致します。
ここは一つ、拗ねた振りをしてみましょう。
フッフッフ、この私が頬を膨らまし、目線を逸らしたその姿は、かのレオナルド・ダ・ヴィンチが描きたいと申し出る程の可愛さのはずなのです。
「山田くんってば……もうちょっと喜んでくれてもいいのに♡」
と甘ったるい声と共に実演するとー山田は。
じぃっとこちらを凝視してきました。
えっ……何何、何ですの!!??
もしや、効果グンバツ!!??
『十五歳の美少女が男を落とした、衝撃の方法!』などと、ブログの中央に誇大広告を打とうかしら(あれもうっかりタップしてしまいます)!!??
そうですわよね、さすがに超絶鈍感な奴でも、この鉄板の仕草には抑えていた欲望が沸き上が
(有栖川さん……鼻水出てる……風邪移しちゃったかな……?)
お前、そこしか見いへんのかい。
そろそろ別のところに目ぇ向けろや。
こんなべっぴんさん、人生で一度お目にかかれるかどうかやで。
他の輩やったら神に感謝するところや!!!
あら嫌だ。
悠莉の影響か、ついえげつない関西弁で突っ込んでしまいました。
悲しいかな、テンプレになりつつあるやり取りに慣れた私は、聖母の笑みを崩さぬまま、ハンカチでさりげなく鼻の下を拭ったのでした。
※訂正→前回条件の中に『五分』とありましたが、『十分』に変更しました。
五分では何も出来ないですよね……(笑)
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