お嬢様、夏に賭ける(3)
もう一度言いますが、『二人きりで遭難』とは恋愛ものにおいて鉄板の展開であり、大概は結ばれるはずのヒロインとヒーローが巻き込まれます。
徐々に低下する気温……迫り来る獣への恐怖……先が見えない不安……。
これらを共に乗り越え、結ばれる二人……。
そんな大チャンスをふいにするなんて、正気の沙汰ではございません。
さすがこの私、有栖川 美麗の第一印象を鼻毛にした作者なだけありますわ。
全く、何が悲しくてライバルと手と手を取り合い、山中をさ迷わなくてはならないのか。
けれど今は、お互い他に頼りになる人間はいないので、仕方がないのです。
「さ、さすがにここは、ま、真っ暗やなぁ……こっちでええんやろうか……」
(実は暗いとこ、そんな得意ちゃうねん……怖いわ……)
ふん、軟弱な!!!
私は資産家の娘として産まれた為、幼い頃より不慮の事態に陥った時を想定し、あらゆる訓練を受けたものです。
心身を鍛える格闘技を始め、無人島にてサバイバルの知識を身に付けたり、動物並みに五感を極める修行をしたり。
おかげで細身ではありますが、立派な筋肉がついてますし、ちょっとやそっとじゃへこたれないくらい逞しいのです。
病弱なのにいつもニコニコ笑っている、料理が得意で家庭的な瀬戸にはないものばかりですわ!
見なさい、この剛腕を。
本気を出せば、か弱い貴女なんて一捻りで倒してしまえるんですから!!!
オーホッホ……ん?あら……字面だけ見たら、あちらの方が断然男受けが良さそうですわね……。
対して私は、ますます悪役令嬢、というよりもはや悪役レスラー……??
いけない、いけない。
いつもの心優しい、誰からも愛される自分に戻って、美麗☆
などと考えを巡らせる内に、瀬戸の顔色が悪くなっていることに気付きました。
(足、ひねったんかな……痛くなってきた……はぁ~もう、うちって何で、こんな弱いねん……)
クッ……!!!
何なんですの、このまたしても瀬戸に美味しいパターンは!?
普通ヒロインの私が怪我するもんでしょう!?
そんでヒーローにお姫様抱っこかおんぶしてもらって、互いの高鳴る鼓動を聴いちゃったりして、はい、ラブ成立ー!!!でしょう!?
なのに……。
「……瀬戸さん、足を怪我してますの?」
「えっ、……まぁ、うん……」
「……おぶりますわ」
「へっ、いいよいいよ。私、結構おも」
「私の力を舐めないで下さいませ。貴女など片手で持ち上げられますわ。ほら、早く!」
「ほ、ほな……ありがと……」
何で絶対的ヒロインの私が、ライバルをおぶらなきゃいけないんですのーーー!!!
などと内心文句を言いながらも、どうしても見捨てられない私。
きっと前世はキリストかブッタだったのでしょう。
いつしか教えを説き、聖典や経典が出来るに違いありません。
背中に瀬戸の巨乳を感じつつ、えっちらほっちら前に進みました。
こういう場合、無闇に動き回らない方がいいと言いますが、前述したとおり、私はかなり五感が発達しております。
人のいる気配を探り、そちらの方へ向かっているのです。
しばし沈黙が訪れ、けれど瀬戸の心の声が流れてきました。
(有栖川さんは素敵な人や。こんな人に迫られたら、健太郎だって、……やっぱり、訊いておこう)
ドキッ。
とする間もなく、実際に瀬戸は口を開きました。
「な、なぁ。有栖川さんは……健太郎のこと、どう思ってる……?」
「えー……そうです、わね……」
先ほどは宣戦布告しようと息巻いていましたが、改めて問われると迷ってしまいます。
好き。
と言葉にしてしまえば、急に自分の感情と向き合わねばならない気がしたのです。
黙っていると、瀬戸は勝手に独白を始めました。
「うちは好きやねん。ずっと前から」
はっきりと。
躊躇いなく言われ、一瞬足が止まりました。
それでも動揺を悟られないよう、直ぐに歩き出します。
彼女もまた、自分の言動に戸惑いながらも、
「け、健太郎な!ブスッとしてるけど、結構優しいねん。誰にでも平等やし」
知っております。
美の化身である私の第一印象が、鼻毛ですもの。
……けれど心の声でも、彼が他人を故意に悪く言うところを、聞いたことがございません。
優しい人、だと思います。
「周りを見ていないようで見ていて……いつも助けてくれるん」
無論分かっておりますわ。
体育祭の時、いち早く瀬戸の異変に気付いた。
更には、私の行動もちゃんと見ていてくれた。
恋愛に関しては超絶鈍感ですけれども、飄々(ひょうひょう)としているようで、きちんと気配りが出来る方です。
ですから、私は。
私はー。
「じゃあライバルですわね、私達」
「へっ」
「今は不利ですけれど、絶対負けませんわよ!」
ひたすら前方を見据え、正々堂々と宣言すると。
瀬戸の意気揚々(いきようよう)とした声が聞こえてきました。
「うちだって負けへんで!幼馴染みで、有利やからな~悠莉だけに♪」
(胸のサイズだって、こっちの方が勝ってるし!)
「……正直な方。私の方が美しいですし勉強も出来ますしお金もありますし、有利ですわよ?」
「そ、そんなん、愛があれば、外見やお金は関係ないわ!」
(痛いとこ突くな……さすが秀才のお嬢様や)
「それを言えば、愛に時間は関係ありませんわ。幼馴染みだからといって、油断したらいけませんわよ?」
「ぐぬぬ……!」
(ぐぬぬ……!)
何だかおかしくなってきました。
思わずクスクスと含み笑いをしたら、瀬戸もまた勢いよく吹き出して、
「なぁ。美麗って呼んでもええ?」
(実はずっと名前で呼びたかったん……でもライバルだし、断られるかな……?)
「結構ですわよ。私も悠莉と呼んでよろしいのなら」
「勿論!……ははっ。ライバルやのに、変な感じ」
(健太郎のことがなかったら、めっちゃええ友達になれそう。いつかそうなったら嬉しい)
「ふふ。これから覚悟なさって。容赦はしませんわ!」
「うちやって、全力でいくで!」
すっかり緊張が解れ、私達は呑気にも笑い合いました。
いつの間にか、うっすらと光が射し込んでいるのにも気付かずに。
そこへ、
「おーい!そこに誰かいる!?」
山田の怒号に近い呼び掛けが聞こえ、咄嗟に顔を上げました。
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