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異世界に必要なのは行政でした ~元・役場の離島移住促進担当、勇者も魔王も受け入れます。チートなし異世界内政/開拓スローライフ〜  作者: nanananaca


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15/15

【記録 No.015】灯台の町

白い霧を切り裂いて船が進む。


最初に見えたのは、灯台だった。

海面から突き出した白い塔。その頂上だけが、濃い霧の向こうから僅かに姿を覗かせている。

しかし、近づくにつれて拓海は違和感を覚えた。


灯台がある。その周囲に町がある。

だが、それらはまるで「時間の途中で置き忘れられた」ような姿をしていた。


崩れ落ちた石造りの家、半分沈みかけた船着き場、風に揺れる文字の消えかけた看板。


それなのに、建物の中には食器が残されている。

店先には商品が並んでいる。椅子には、誰かが今まで座っていたような跡すら残っている。


「……変ですね」

拓海は小さく呟いた。


「滅びた町ではなさそうですが、人の気配が感じられません」


ペルが振り返る。


「普通、長期間放棄された場所なら、まず生活の痕跡から失われます。しかしここは違う。人だけが抜け落ちて、場所だけが残っている」


まるで町そのものが、住民を待ち続けているようだった。





船着き場へ近づいた時、

拓海はすぐに船を止めるようペルへ伝えた。


「少し待ってください、接岸許可の確認をします」


ペルが首を傾げる。

「誰もいないのに?」


「誰もいないことと、許可が不要であることは別です」


拓海は行政リンクを起動し、

港湾情報へ接続する。


+

【接岸申請】

対象地域:灯台町港

申請者:灯り島行政相談所

目的:行政調査

+


しかし──。


+

【照会中】

港湾管理者:不明

所有権:不明

利用許可:確認不能

+


「やはり」


停止した画面を見つめ、

拓海はしばらく沈黙した。


「入れないの?」


ペルが心配そうに尋ねると、

拓海は首を振った。


「許可がないから入れない、ではありません」

「許可を出す主体そのものが存在しないようなのです」


拓海は慎重に申請内容を修正する。


+

【特例処理】

行政対象外地域における緊急調査活動

理由:受理済み行政依頼の履行

+


数秒後──。


+

【仮承認】

条件:調査終了後、報告義務あり

+


「……これで、入れそうです」


ペルは感心したように笑った。

「どこでも、手続きするんだね」


「必要な手続きをするのが行政ですから」





船を港へ寄せる。

だが、そこでまた異変が起きた。


波は穏やかなはずなのに、船が港へ近づく瞬間だけ、水面が大きく揺れる。まるで町そのものが、近づく者を確認しているようだった。


ペルは舵を握り直す。

「……潮の流れ、おかしい」


「この港、本当ならもう少し簡単につけられるはずなのに」


ペルは目を細める。

「海が、ぼくたちを試してるみたい」


それでも、ペルは潮の流れを読み、

僅かな隙間を縫うように船を進める。


やがて船は、誰も使う者のいない古い港へ静かに接岸した。


町へ降りる。足音だけが響く。人の気配はない。

しかし、完全な無人ではなかった。


ペルが立ち止まる。

「拓海……誰かがいる」


拓海は周囲を見る。

「姿はありませんが」


ペルは首を振ると、鼻をひくつかせる。

「近くじゃない。けどこの町、誰か待ってる」


二人は港周辺から調査を開始した。

行政リンクを起動する。


+

【地域情報】取得中

……

結果:該当なし

理由:行政対象外地域

+


行政対象外。

それは危険区域という意味ではない。

存在しているが、記録できない。


行政という仕組みが、この場所を世界の一部として認識できないということ。法律を適用するための前提情報そのものが、存在しない。拓海はバインダーを握り直した。


「……カイルさんと同じのようですね」





町を調査する中で、

二人は一冊の古い住民名簿を見つける。


その中に、『エリナ・ヴァレン』という名前があった。

拓海が行政リンクを向ける。


+

【人物情報】照合開始

該当者:あり

警告:対象情報に重大な欠損があります

存在状態:判定不能

+


「またですか……」


拓海は呟いた。カイルだけではない。エリナも。

そして、この町そのものも。すべてが同じ異常に巻き込まれている。


その時、ペルが小さく呼んだ。

「……こっち」


「何かありましたか?」


ペルは町の外れにある古い灯台跡の壁へ近づく。

「この下……空洞がある」


拓海が目を凝らす。

確かに、普通の人間では気づかないほど僅かな風の流れがある。


ペルは壁に手を当てた。

「ここ、隠してる」


ゆっくりと押すと、

長い年月閉ざされていた石壁が、低い音を立てて動き始めた。


その奥から、冷たい地下の空気が流れ出す。

暗闇の向こうで、何かが待っているようだった。


「……地下通路ですね」


拓海が呟くと、

ペルは静かに頷いた。


「たぶん……ここから先に、まだ残ってる」


灯台の町に残された、最後の記録。

二人は、その入口を見つめた。





「……こっち」


ペルに手招きされ、

二人は灯台の最下層、湿った冷気が淀む地下室へと降りた。


明かりが乏しい石壁の前に立つと、ペルはためらうことなく、壁の継ぎ目にある微細な隙間へ指先を滑らせる。目に見える異常は何もない。


しかし、空気の僅かな歪みと魔力の澱みを感覚で捉えたペルは、吸い寄せられるように隠し扉のロックを解除した。


重い石の鳴動と共に壁が割れ、その奥に広がっていたのは、閉ざされた暗闇の中で不気味に息づく巨大な壁画だった。


「……これは」


拓海は携帯灯の光をかざし、思わず息を呑んだ。

石壁一面を覆い尽くすそれは、単なる絵画ではない。


中央に描かれているのは、幾重もの不吉な円環が複雑に重なり合う巨大な魔法陣。その外周を呪詛のようになぞる見慣れない古代文字群は、見る者の目を眩ませるような悍ましさを放っている。


さらに、その最外周を囲むように、灯台町の地図を思わせる緻密な線が何重にも、呪縛のように土地を締め付けていた。


そして、その禍々しい術式の傍らに描かれていたのは──若き日のカイルと、その腕に大人しく抱かれる、幼いエリナの姿だった。


拓海はバインダーを構え、震える声を行政リンクへと送る。


「フェルガさん、リリアさん聞こえますか。壁一面に巨大な幾何学模様……があります。円が何重にも重なり、外側には古代文字らしき文字列。そのさらに外周を囲むように、町全体を描いた地図のような線が執拗に周回しています」


ザザ……と、行政案件通信のノイズだけが響く長い沈黙。

やがて通信の向こうから、フェルガが低く、恐れを孕んだ息を吸う音が届いた。


『……拓海。その文字は、同じ文様が一定の間隔で繰り返されているか?』


「はい。八方向、まるで方位磁針の指針ごとに、全く同じ紋様が刻まれています」


『……まさか、中央の円環と最外周の地図は、細い線で繋がっているのではあるまいな?』


拓海は光を動かし、壁画の細部を見上げた。

粘つくような執念で引かれた線が、中央から外へと伸びている。


「ええ。中央の陣から、町全体を囲む線へ向かって、血管のように無数の線が伸びています」


通信の向こうで、フェルガの、地鳴りのような重々しい声が告げた。


『間違いない……封印術式だ』


『それも、ただの対象を閉じ込めるような生易しい術ではない。町という空間、そこに存在する人、流れる時間──そのすべてを世界の因果から完全に切り離し、外界との繋がりを『無』に帰す、禁忌の術式だ』


「町を……世界から、消した……?」


通信の向こうで待機していたリリアが、

恐怖に怯えた声を漏らす。


拓海は壁画に描かれた、

カイルとエリナの姿から目を離せなかった。


国でも個人でもない、町という「行政単位そのもの」を世界から抹消する術式など、机上の法論理すら超越している。


その時、拓海の手元で行政リンクが、まるで悲鳴を上げるように激しく脈動した。激しい電子バグのノイズを突き破り、液晶の奥から、冷徹な赤文字が侵食するように浮かび上がる。


一時的な秘匿記録の復元が、今、始まった。


+

【過去記録復元】

対象:カイル

事件名:灯台町消失事件

関係者:カイル

処理結果:判定不能

備考:対象者の行動が事件発生時刻と一致

+


カイルはこの事件の原因なのか、

巻き込まれたのか、それとも──。





遠ざかる霧の向こうを見つめていたペルが、

ぽつりと呟いた。


「……なんか、変」


ペルは霧の向こうをじっと見つめる。


「あの町……誰もいなかった」

「けど……誰かが……まだいる気が……する」


拓海はその言葉に、

胸の奥がざわつくのを禁じ得なかった。


その時──。

渦巻く海霧の向こう、消滅したはずの灯台の町が、一瞬だけ陽炎のように巨大な影を浮かび上がらせた。


その中心に立つ灯台の頂上。

霧の隙間から覗くその場所に──確かに、誰かが立っていた。


風に乗って、古い、しかし確かな女性の声が、拓海とペルの耳へと届く。


『──遅かったね』


その声を聞いた瞬間。

遥か遠く、灯り島の港に縛られた海賊船の船室で、一人の男が弾かれたように顔を上げた。


何十年も忘れたことのない声。

聞き間違えるはずがない。


『……そんな……』

カイルの手から、古びた写真が滑り落ちる。


『エリナ……』

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