第12話「決別と再会」
一夜が明け、洗われたような青空が広がっていた。
暖炉の火は消えていたが、昨夜の温もりがまだ静かに残っている。
腕の中で目を覚ました。
「……起きたか」
低く心地よい声が耳元で響く。
気恥ずかしさに顔を赤らめながら胸に顔を埋めた。
「……はい。アシュレイ様」
「……もう、閣下とは呼ばないのだな。……いい響きだ」
髪を優しく撫でられ、額に唇を落とされた。
だが、その穏やかな時間は騎士の来訪によって破られた。
王宮からの緊急の伝令だ。
「……閣下! 大臣の残党が、王都の広場に火を放ちました! 民衆がパニックに陥っております!」
表情が一瞬で騎士団長のそれへと戻った。
蒼氷色の瞳に鋭い光が宿る。
「……分かった。すぐに向かう」
立ち上がり、軍服のボタンを留め始めた。
背中を見つめながら拳を握りしめた。
「……私も、行きます」
「ダメだ。まだ、王都は危険すぎる」
「……アシュレイ様。私の菓子は、ただの食べ物ではありません。……人々の心を癒やし、勇気を与える力があることを、昨日、確信しました」
前に立ち、その瞳を真っ直ぐに見据えた。
「閣下が戦うなら、私も私の戦場で戦いたいんです。……お願いです。私を、信じてください」
数秒間見つめられた。
やがて小さいため息をつき、肩を力強く掴まれる。
「……負けたよ。お前の、その真っ直ぐな瞳には、最初から敵わなかった」
マントを肩にかけられた。
それは守護下に置くという無言の誓い。
◆ ◆ ◆
燃え盛る王都の広場。
黒煙が立ち込め、叫び声が熱風とともに渦巻いている。
残党たちが狂ったように剣を振り回し、略奪を繰り返していた。
「……ひどい」
馬車から降り立ち、息を呑んだ。
放つ味は焼け焦げた鉄と絶望の泥の味。
アシュレイは抜剣すると同時に部下たちに指示を飛ばした。
「騎士団、展開せよ! 民の避難を最優先! 抵抗する者は、容赦なく斬り伏せろ!」
先陣を切り、敵の群れへと飛び込んでいく。
広場の端にある救護所に駆け込んだ。
負傷した人々や恐怖に震える子供たちが溢れていた。
「……皆さんに、これを!」
積み込んできた大量の特別なクッキーを取り出した。
持てるすべての魔力を込めて焼き上げたもの。
口に含んだ瞬間、瞳に光が戻り始めた。
「……甘い。……なんだか、身体が軽くなった気がするわ」
「お母さん、怖くないよ。……これ、とっても美味しいね」
心の毒が浄化されていく。
絶望の泥の味が、穏やかな小麦の味へと塗り替えられていくのが分かった。
その時、中心で巨大な魔力の爆発が起きた。
腹心である魔術師が禁忌の魔法を発動させたのだ。
「……アシュレイ様!」
爆風を突っ切り走った。
強力な魔法を盾で凌いでいたが、魔力の過剰消費で限界に達しようとしていた。
「……ルシエル……! 来るな……!」
「いいえ! ……受け取ってください!」
最後の一粒である精霊の雫と呼ばれる金色の菓子を投げた。
口に含んだ瞬間、全身から目も眩むような蒼い光が溢れ出した。
「…………おおおおおっ!」
咆哮とともに巨大な魔力の剣が虚空を切り裂き、魔法を霧散させた。
暗雲が晴れ、一筋の陽光が差し込む。
静寂。
アシュレイはゆっくりと剣を引き、ルシエルを振り返った。
その瞳にはもはや飢えも孤独もない。
「……ルシエル。……勝ったぞ」
アシュレイは崩れ落ちるように腕の中へと倒れ込んだ。
ルシエルは彼をしっかりと抱きしめ、鼻の奥がツンとするような誇り高き約束の味を全身で噛み締めた。




