ネイトが選んだ道3
表情に緊張感を滲ませていたミラーナは呆気にとられ、ゴードンは「なんだって!?」と顔色を失う。
神官の男は手にしていた筒から合意書を二枚取り出した。
一枚目にはゴードンとミラーナのサインが書いてあり、二枚目のサイン欄に何も書かれていない。
「先日の合意書の内容に関して意見をいただきまして、慎重に協議を重ねた結果、認められないということになりました」
「……そ、そんな馬鹿な。不備など何もなかったぞ」
ゴードンはハッとし、ミラーナを睨みつけた。
「ミラーナ、お前、裏から手をまわしたな! どこの誰を懐柔したんだ! とことん汚いヤツめ!」
唾を飛ばしながら喚くゴードンへと、ネイトやミラーナ、そして侍女たちから嫌悪感たっぷりの視線が集まったところで、神官の手から一枚目の合意書が離れた。
合意書はゆったりとした動きで頭の上の高さまで浮上すると、一気に燃え上がる。
「反対したのは儂だ」
燃えている合意書の真下にエイモンが姿を現すと、神官とドレイクが敬意を示すようにそれぞれ頭を下げた。
ネイトとミラーナも突然の登場に驚き、侍女たちに至ってはざわめいている。
「ネイトはミラーナに託す。儂がそう決めた。異論はあるか?」
流れるように前へと出てきたエイモンに問いかけられ、ゴードンは小さく呻いて天を仰いだ。
(タリファウスト神殿の絶対的権力者は大神官ではなく精霊だっていう噂は本当だったみたいだな)
エイモンに対して頭を下げ続ける神官の姿に、ネイトは一度目の人生で耳にした話を思い出した。
タリファウスト神殿が神聖な場であり続けられるのは、精霊の力によるものが大きいと考えられてきた。
そして、精霊の中でもエイモンは偉大な存在として一目置かれている。
離婚の合意に待ったをかけられるほどの発言力を持っていたとしてもおかしくない。
さすがのゴードンもエイモンの立ち居振る舞いから高貴な精霊であると悟ったらしく、圧倒的な権力を前に反論できない。
それを了承とみなし、エイモンがにやりと笑った。
「ないな」
合意書はいまだに燃え続けていて、やがて、炎の中から文字のような線が飛び出してきた。
ネイトは目を凝らし、それがミラーナとゴードンの直筆のサインであることに気づく。
ふたりのサインは新たな合意書へと飛んでいき、空欄だったそこに収まった。
神官は確認し、小さく頷く。
「ネイトの親権を母親であるミラーナが持つとし、改めて、タリファウスト神殿は、あなた方の婚姻の破棄を承認します」
神官の宣言にゴードンの思考が完全停止する。その一方で、ミラーナは笑顔を咲かせた。
「エイモン様! ありがとうございます!」
「ミラーナ、ネイトは儂の希望でもある。よろしく頼む」
「お任せください!」
エイモンが信頼の眼差しをミラーナに向け、ミラーナは嬉しさいっぱいに表情を輝かせながら、自信たっぷりに答えた。
(……き、希望ってなに?)
ネイトが疑問と戸惑いとほんの少しの嫌な予感を覚えたところで、エイモンが玄関の扉をちらりと見て告げた。
「騒がしくなる。もう旅立つと良い」
そこで扉がどんどんと叩かれ、返事を待つことなく開かれた。ぞろぞろと入ってきたのは騎士団員だった。
「ゴードン・ミルツェーアだな。お前に登城命令が出ている」
「なっ」
咄嗟にゴードンは逃げ腰となったが、凍り付いたままの足は動かない。
あっという間に騎士団員たちに取り囲まれたところで、ミラーナがふふっと笑って、ゴードンを捕えている氷魔法を解く。
ミラーナがネイトの手を握り直した。
ネイトは喚き声をあげて惨めな姿をさらしている父親から目をそらし、前だけ見つめて歩き出す。
侍女たちを引き連れて、ネイトとミラーナは屋敷を飛び出した。
一歩前へ進むたびに、ネイトの鼓動が加速する。
いつもと変わらぬ景色のはずなのに、草も木々もいつもよりも生き生きと色鮮やかに見えた。
門を出たところに、馬車や荷物が積み込まれた幌馬車が停まっていた。
ミラーナに手を引かれて、ネイトは馬車へ進んでいく。
エルザが馬車の戸を開けた。エルザのにこやかな笑みを目にし、ネイトの胸に熱いものが込み上げる。
(奪う未来じゃなくて、守る未来がいい)
馬車に乗り込もうとしたその瞬間、ネイトは気配を感じ振り返った。
塀の上にルイモールが腕を組んで立っていて、その両側に精霊たちが並んで座っていた。
その中に花をくれた茶色髪の女の子もいた。
彼女はいつか見せてくれたように、はにかむように笑ってネイトへ手を振った。
すると女の子につられるように他の精霊たちも手を振り始める。
ネイトは笑顔を浮かべ、精霊たちに向かって軽く手を振り返してから、馬車へと乗り込んだ。
「あら! みんなで見送りに来てくれたのかしら」
先に馬車に乗り込み、座席に腰かけたミラーナも窓の向こうにいる精霊たちへ、嬉しそうに手を振り続けている。
「そうよ。ミラーナがネイトを連れて実家に戻るつもりでいるって話したら、みんなふたりに会いたいって」
「ルイモール様まで来たんだな。驚き」
ネイトはミラーナと向かい合わせに腰かけながら、ふたつの声の主へと順番に視線を向ける。
「……で、ドレイクとリリンナはなんで座っているの?」
リリンナはミラーナのとなりでくつろいでいて、ドレイクはネイトの横で胡坐をかいている。
「私たち、ネイトを見張らないといけないもの。着いていくに決まっているじゃない」
「本当は俺だけで良かったんだ。けど、リリンナがどうしても一緒に行くって駄々こねて」
当然の顔でリリンナが言い放つと、ドレイクは口元を引きつらせながら裏事情を口にした。
「来てくれるの? 歓迎するわ。……でも、見張りってどういうことかしら? そこだけちゃんと説明してちょうだい」
ミラーナはずっとにこにこしていたが、途中から目の奥が笑っていないことに気づいたドレイクたちは揃って顔をそらした。
ネイトはわずかに肩を竦めると、窓の外へと目を向けつつ、ぽつり呟く。
「まあいいけど。それなりに楽しいから」
今までにないくらい穏やかな感情が、ネイトの心を満たしていく。
(同じ失敗は繰り返さない。俺は母さんやみんなと一緒に生きていくんだ)
そう誓いを立てた時、笑顔を取り戻したドレイクが勢いよくネイトに抱き着いてきた。
「やっぱそうだよな! 俺もお前と話していると楽しい! 最初はなんて生意気な奴だって思っていたけど。あ、いや、生意気なのは今でも変わらないか」
「生意気なのはそっちだから!」
ネイトは嫌そうにドレイクを押しやった。
すると、ドレイクがむきになって再び抱き着き、ネイトはもう一度手荒に押し退ける。
繰り返される攻防に、ミラーナとリリンナの笑い声が重なり合った。
馬車が動き出す。
小さな手で掴み取った新しい未来に向かって。
これにて第一部終了です。
『二度目の人生、呪いも無能も継続中なのに、なぜか毒母が聖母すぎる』、
お読みくださりありがとうございました!!
少しだけ休憩を挟んで第二部も書いていく予定でございます。
第二部から、舞台はミラーナの実家となります。
初等部入学などの日常から、ネイトが人生を繰り返した理由などなど、
明らかにしていないところもいっぱいありますし、まだまだ話は続きます。
続きも読みたいと思っていただけましたら、もちろんここまででの評価でも構いません、
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