ネイトが選んだ道1
薄暗い林の中、ネイトは前だけ見つめて歩いていく。
周りには誰もいない。なんの気配も感じられず、自分の足音すら聞こえない。
胸を締め付けるような苦しさは孤独。掻き立てられる不安を必死に抑え込んだ。
道の先に柔らかな光が差し込む。
ミラーナとエルザがいた。言葉を交わして笑っている。ドレイクやリリンナも姿を見せて、笑顔の花が咲く。
見つけた姿にホッとし、ネイトの口元に笑みが浮かんだ。
しかし、みんなのところに行こうとした途端、なぜか足が重くなった。思うように先へ進めない。
もたもたしていると、ミラーナたちがネイトに背を向け、歩き出した。
ネイトは必死に前へと手を伸ばす。叫ぼうとしても、声が出ない。
どこかに行ってしまう。みんなの背中がどんどん遠ざかっていく。
(待って!)
「おい、ネイト!」
ぺちぺちと頬を叩かれて、ネイトは勢いよく目を開けた。
視界いっぱいに映り込むドレイクの顔に、ほんの数秒思考が停止する。
「うなされていたけど、大丈夫か?」
「……あ、ああ。大丈夫」
掛けられたひと言で夢を見ていたのだと理解し、ネイトは大きく息を吐きながら上半身を起こした。
「体調はどうだ? お前、エイモン様の魔力にあてられてぶっ倒れただろ。覚えているか?」
「もちろん覚えている。体は平気。問題ない」
悪かったのは目覚めだけで、あれだけ魔力を使ったというのに、痛みや気怠さは不思議なくらい残っていない。
気づかぬ間に着替えさせられていた寝間着を見つめているうちに意識が覚醒し、昨晩の記憶が一気に蘇ってきた。
ネイトは前のめりでドレイクに確認する。
「リリンナたちは無事だよね? エルザは俺の身代わりをバレずに済んだ?」
そこでネイトはハッとして、窓へ目を向ける。窓の向こうは快晴で、日差しの強さから朝というよりも昼に近い時間だと考えられた。
「母さんは今どうしている?」
発した声は強張っていた。ネイトは瞬きせずに、ドレイクをじっと見つめる。
「……もしかして、もう行ってしまった?」
背を向け去っていったついさっきの夢が思い出され、胸が痛みを発した時、ドレイクが勢いよく首を横に振った。
「いいや。まだいる。ネイトと会いたいって、別れの挨拶くらいさせてくれって、玄関で粘っている。だから、俺はお前を呼びに来たんだ」
それを聞いた次の瞬間、ネイトはベッドを飛び出していた。少しばかり足元をよろけさせながらも、一直線にドアへ向かっていく。
しかし、ドアノブに触れる寸前でがちゃりとドアが開かれ、あの眼鏡の侍女が姿を現した。すぐさまドレイクも姿を消す。
「……あら、起きてしまったのですね」
面倒そうに呟いた眼鏡の侍女の横をすり抜ける形でネイトは廊下へ出ようとしたが、すぐに腕を掴み取られた。
「放して!」
「駄目です。旦那様に坊ちゃんを部屋から出すなと申しつけられておりますので」
必死に振り払っても、眼鏡の侍女の手は離れず、そのまま部屋の中へと引き戻される。ドアを閉め、鍵まで掛けようとするのを目にし、ネイトの瞳が怒りに染まった。
「邪魔するな!」
大きく叫ぶと共に、ネイトは風魔法を発動した。
眼鏡の侍女を軽々と吹き飛ばしてから、力いっぱいドアを開ける。
尻もちをついた格好で「待ちなさい!」と怒鳴ってきた眼鏡の侍女をじろりと睨みつけてから、ネイトはドレイクの気配に続いて廊下へ出た。
魔法を使った後なのに体が軽いことに驚きを覚えつつ、ネイトは廊下を疾走する。
傍らに姿を現したドレイクが魔法で風を起こし、ネイトの背中を押した。
「ミラーナたちの声がする。ネイト急げ!」
ドレイクの言う通り、階下からミラーナの声が聞こえてきて、ネイトは大きく頷いた。
(……母さん、待って……まだ行かないで!)
気持ちが焦り、途中で転びそうになりながらも、懸命に駆けていく。
(母さんは、未来は変えられるっていう希望を与えてくれた。俺はまだなにも……感謝の気持ちすら返せていない)
階段を降りる途中でミラーナの姿を視界に捕らえた。ネイトは大きく安堵し、肩を上下させながらゆっくり足を止めた。
「これから大事な用があるというのに、お前がいると出かけられない! さっさと出て行け!」
ミラーナとゴードンが向き合い立っている。
ゴードンは予定時間が迫っているらしく、完全に余裕を失っていて、いつもより苛立った様子だ。
一方、ミラーナはそんなゴードンにはお構いなく、冷静に要求を突っぱねた。
「私に構わず行ったらよろしいじゃないですか」
「そうはいかない! 赤の他人にいつまでも居座られては困る。もちろんネイトに会わせるつもりもないからな。これ以上の勝手は許さない!」
ゴードンは怒鳴り散らすと、ミラーナの腕を掴んで、強引に屋敷の外へ連れ出そうとする。
それにネイトが慌てたのはほんの一瞬だった。
ミラーナに炎の魔法で抵抗され、ゴードンはすぐさま距離を取り、盛大に舌打ちする。
一食触発のふたりからネイトは視線を外さぬまま、ドレイクに小声で問いかけた。
「昨晩の俺と母さんの行動は、父さんにバレているの?」
「いいや。ゴードンが帰ってきたのは俺らが屋敷に戻った後だ。侍女たちがふたりの不在をうまく誤魔化してくれたから、気づいてすらいないはず」
よく見ると、ミラーナの後ろに控えている侍女の中に、ゴードンに軽蔑の眼差しを向けているエルザの姿があった。
表情こそ険しいが、いつもと変わらない様子にネイトは再度安堵する。ドレイクはにやりと笑って、話を続けた。
「それだけじゃない。小屋にいた男たちは、俺たち精霊によって拘束されているし、持ち込まれた男の金もしっかり回収させてもらった。誰とも連絡が取れない状況に、これからさらに焦るだろうな」
「……あの様子だと、もうすでに焦っているかも」
ネイトはぽつりと言葉を返す。
ゴードンにとって、誘拐犯の男たちは手下だ。ネイトにそうだったように、仕事を終えたら自分の元へ報告しに来いと命じているはずである。
(それなのに、主犯の男はなかなか姿を現さない。しかも大金も絡んでいる。とうとう痺れを切らして、自ら男の元へ行こうとしたけど、今度は母さんが言うことを聞かない。思い通りに事が運ばなくて余計苛立っているってところか)
頭の中で予想を立てていると、ネイトは後ろから首根っこを掴まれた。
咄嗟に階段の手すりの柱を掴んで肩越しに後ろを振り返ると、表情に怒りを滲ませた眼鏡の侍女と視線がぶつかった。




