闇夜の救出1
注意深く様子をうかがいながら廊下を進むミラーナのあとを、ネイトは極力足音を立てずに追いかけていく。
途中、酔っぱらっていると思われる料理人と鉢合わせしそうになるものの、なんとか身を隠して難を逃れた。
夜の濃い闇に紛れつつ素早く移動し、ネイトたちは静かに屋敷の外へ出た。
「ネイト、こっちよ」
ミラーナが足を向けたのは正門ではなく、屋敷の裏にある厩舎だ。
「私の馬で行くわ」
短い説明の言葉に、ネイトは頷き返す。
ふたりは足早に進んでいたが、厩舎の入り口手前でミラーナの進む速度が急激に落ちた。
ミラーナの視線は厩舎横の建物に向けられていて、違和感に気づいたネイトもわずかに眉根を寄せた。
(馬車がない。父さんは出かけているのか。いったいどこにいるんだ。愛人の元か。それとも……)
リリンナたちの顔が脳裏を過ぎり、ネイトは「母さん」と急かすように小声で呼びかけた。
それにミラーナはハッとすると、足取りの力強さを取り戻し、厩舎の中へ飛び込んでいった。
そして、連れてきた艶やかな黒い毛並みの馬と共に、ネイトたちは裏門から外へと出た。
ネイトは屋敷を振り返り、目を凝らしてドレイクの姿を探す。
「ドレイク、うまく侍女をまけたかな」
不安を覚えたのも束の間、小さな姿が屋敷の方から勢いよく飛んできた。
「すまない。待たせた! 厨房の小窓が屋敷を出入りするのにちょうどいいんだけど、使用人たちが酒盛りしていて、出て行くタイミングを見計らっていたら遅くなってしまった」
「家の主が出かけていると、バカ騒ぎしている時があるのよね。なにはともあれ、無事に出て来られてよかったわ」
ドレイクは必死に外へと出てきたらしく、少しばかり疲れたような顔をしていた。
しかし、苦笑いで言葉を返してきたミラーナと、安堵の表情を浮かべているネイトを順番に見つめてから、声を歓喜で震わせて感謝を述べた。
「ふたりとも心より感謝する」
ネイトはわずかに微笑み、ミラーナは威勢よく言葉を返した。
「さあ急ぎましょう!」
ミラーナが颯爽と馬に跨ると、ネイトに手を差し出してくる。ネイトはその手を借りながら馬上へよじのぼった。
「母さん、南東の方角、タリファウスト神殿の方へ向かって! 花の輝きはそっちに向かって飛んでいったから」
「わかったわ。しっかり掴まっていて!」
ネイトが後ろからミラーナにしがみつくと、ミラーナが馬の腹を蹴った。
暗闇の中を疾走し始めた馬に負けない速度でドレイクも傍らを滑空する。
「花の輝きって?」
「カメリア教会でもらった花が光り輝いて、それに触れたら光の粉が夜空に」
ネイトが質問に答えると、ドレイクの表情が和らいだ。
「それは、花に込められていた精霊の想いの力と、彼女を始めとするリリンナたちの祈りの力が共鳴して生まれた輝きだ。うまく辿ることができれば、救出への大きな足掛かりにできる」
呼んでいると感じたのは間違いではなかったと確信し、ネイトは大きく頷き返した。
ドレイクが夜空に向かって一気に上昇する。小さな姿が進む方向を確信しつつ、ミラーナも馬の横腹を蹴って、さらに速度を上げた。
「母さん、そこを左に! 曲がったら速度を落として進んで」
ネイトが前方の曲がり角を指さすと、ミラーナは少し戸惑いつつも「わかったわ」と返事をした。指示通り左角を曲がり、徐々に速度を落としていく。
「タリファウスト神殿のある通りはふたつ先よ。ここで良いの?」
ミラーナの言う通り、角を曲がるにはまだ早いが、ネイトの目的地は宿屋であるため問題ない。
「光がこっちに飛んでいったように見えたから」
実際は夜空を飛んでいった花の輝きは、屋敷を出てからまだ目にしていない。
ネイトは誤魔化しながら、問題の三階建ての宿屋を見上げた。
(リリンナたちはここにいるのか?)
さっそくドレイクも、ここがネイトの言っていた宿屋だと察したらしく、上階の部屋の窓から部屋を覗き込んでいく。
ひと通り見終わったところで、ドレイクはネイトのそばへと降りてきて首を横に振った。
そこでネイトも、改めて宿屋を見上げる。カーテンが閉められていて室内が目視できない部屋へと意識を集中し、精霊の気配を探り始めた。
(精霊たちは……いなさそうだな)
カーテンの隙間から明かりが漏れている部屋はもちろん、寝静まっているのか空室なのかわからないが真っ暗な部屋からも、リリンナたちの気配を感じ取ることはできなかった。
ここではないとすると、タリファウスト神殿からさらに南東の方向へ進んだところにある廃屋にいる可能性が高い。
「リリンナたちの気配もないし、飛んでいった光も見当たらない。このまま先に進んだ方が良さそう。光が俺を待ってくれていると信じて」
ネイトは誘導するように考えを述べると、ミラーナとドレイクは頷いた。
ふたたび移動を開始する。
(頼む。廃屋で合っていてくれ)
馬の蹄の音が響く中、ネイトの心が不安で揺れた時、上空を進んでいたドレイクが声をあげた。
「光が見えた! 間違いない。この先にいる!」
ネイトは小さく息を吐き出し、ミラーナは「さすがネイトね! 突き進むわよ!」と声に力を滲ませた。
町外れに行きつくまでは少し距離がある。
ひしめき合っていた建物が徐々にまばらになり、舗装されていた道も次第にあぜ道に変わっていく。
冷たい風に背中を押されるようにして、光を追いかける。
緩やかな坂を一気に駆けあがると同時に、光は道案内を終えたとばかりに霧散する形で消滅する。
ネイトはミラーナに忠告した。
「この上り坂を抜けた先。警戒して」
自分の言葉で、しがみついているミラーナの体から緊張感が伝わってきて、ネイトも表情を引き締める。
「……ネイト。当たりだわ」
ミラーナはぽつりと呟くと、機敏に馬を操って道をそれる。
林の中へ入ると、そこで馬を降りた。すぐさまネイトもミラーナの手を借りながら、地面に降り立つ。
馬の鼻筋を撫でて、「私が呼ぶまで、ここで休んでいて」とミラーナが話しかける。
すると、馬はわずかに身を揺らしてから、のんびりとした足取りで林の奥へと入っていった。
一方、ネイトは茂みの陰から、目を凝らして廃屋の様子をうかがう。
(まだ新しいな)
記憶の中にあるのは嵐が来たら朽ちてしまいそうな廃墟だったが、視線の先に建っているただの古びた小屋だ。誰かが住んでいると言われても、なんらおかしくない。
小屋の隣に見覚えのある馬車が停まっているのをネイトは見付け、ミラーナが当たりと言い切った理由を知る。
(小屋の中に父さんがいる)
窓の向こうに幾人の影がちらつく。中にいるのはゴードンひとりではないのは明白だ。
「どうやってリリンナたちを助け出そう。母さん、何かいい案はない?」
「面倒だし、このまま突入してしまおうかしら。……いえ、それは危ないわよね。慎重にいくべきだわ」
豪快な案を口にしたあと、ミラーナがちらりとネイトを見て、考えを変えた。
(母さんひとりなら突入もありだな。確実に俺が足を引っ張っている)
ネイトが悔しさを覚えて奥歯を噛みしめた時、ドレイクの気配が小屋に近づいていくのを察知した。
もちろんドレイクは姿を消しているが、小屋の中に庭であったあの男がいるかもしれないため、ネイトは焦りを覚えた。
(あいつなら、ドレイクの気配に気が付くかもしれない)
いつでも走り出せるように茂みの前へ出ようとしたところで、ミラーナに「待って」と引き戻された。
再び茂みに身を隠したところで小屋の戸が開き、男女が身を寄せ合いながら外へ出てきた。
ゴードンと、もうすぐ後妻となる愛人のアドリアだった。




