シーン17 展望広場 回る男
深夜
見晴らしはよく
心も扇子も軽く
その後丸一日、完全な上の空で過ごした坊屋が我に返ったのは、帰宅し自宅のドアノブに触れた時だった。
バチン! と聞こえてくるような静電気に、思わず大声を出す。
「うおおっ?!」
弾かれた右手を軽く振って、坊屋はふと思う。
そういえば静電気体質だったな……
こんなことからも守られていたのか、俺。
久しぶりに扇子を使わなかった一日を振り返ると、やっぱりついていなかったような気がして、笑みがこぼれた。
それから、熱い風呂に入り、夕飯を食べ、ニュースをぼーっと眺め、その間何十回も時計を見てから、深夜も十二時ごろになってようやく坊屋は、よしっと声をかけ立ち上がった。
いつものスカジャンを羽織り、その上からボディバッグを斜めにかける。
中には例の扇子が入っている。
念のため中を確認した坊屋は、小さくうなずくと、自転車に跨るのだった。
人通りのない川沿いの道を全力で飛ばす。
十分ほど漕いだ辺りで道が徐々に上り坂になり、最後の方には立っても漕げなくなったので、諦めて自転車を押して歩いた。
坊屋がやってきたのは、小さな山の上にある展望広場だった。
正月に宇神といった神社もすぐ隣にある。
坊屋の知る限りここいらで一番見晴らしのいいこの場所こそ、これからやろうとしていることに相応しい。
坊屋はそう考えていた。
芝の広場の真ん中に立ち、両腕と胸を広げながら夜空を見上げる。
大きな星が数個見えた程度だったが、観客にはそれで十分な気がした。
ゆっくりと鞄から扇子を取り出し、スターンと振って扇を広げた。
ふうと息を吐いた坊屋は、赤い「幸」の文字が左側になるよう扇子を持ち、両手を前に伸ばして自らを中心にぐるぐると右に向かって回り始めた。
いうなれば人間コマである。
幸の面でずっと風を起こしている状態。
当然目が回り、しばらくもしないうちに坊屋は地面に転がった。
転がったまま目をつぶり、めまいが治るのを待って立ち上がる。
そしてまた扇子を広げてぐるぐると回り始める。
坊屋はこれを延々と繰り返した。
回って回って回って回って、転がって転がって転がって。
何度も立ち上がり、世界全てに届けと念じながら、何度も回り倒れ続けた。
そして、何十回目かの旋回の後、よろよろと崩れた坊屋は、完全に体力を使い果たしたことを悟ると、両手足を広げて大の字に芝生に寝そべった。
外気は冷たかったが、息の上がった坊屋の体は熱の塊だった。
時折吹き付ける強い風さえも今は気持ちいい。
頭上の星が心なしか増えて見える気がして、坊屋は倒れたまま叫んだ。
「やったー!やったぞー!」
空に向かい、ぶんと両の拳を突き上げる。
その時になって、坊屋はようやく気付いた。
それまで鉄の塊のように重かった例の扇子は、いつの間にかごく普通の扇子程度の重さになっていたのだ。
畳まれていた扇子は、突き上げた拳から勢いよく飛び出し、放物線の頂上で月を切るようにくるりと回った。
そして、そのまま坊屋の顔面へと一直線に落ちてきた。
ぱしーん!
疲れのあまりよけきれず、額で扇子を受け止めた坊屋は、しばらくその場でずっと笑い続けていた。
あははは、あはは、あはははははは……




