絶体絶命
「ヒッ……!」
「ブレッド……ダメよ! 私たちを忘れたの!?」
レモネが必死に叫ぶ。
だが、今の俺にその声は届かない。
俺は二人に近づいていく。
一歩、また一歩(浮いているが)。
「ブレッド様……お願いですから正気に戻ってください!」
クロワが半泣きで杖を構える。
だが、俺の『暴食』は止まらない。
俺は二人の頭上へ躍り出ると、広範囲の空間ごと飲み込もうと、大きく体を膨らませた。
万事休す。
二人が目を瞑った、その時だった。
「シュウゥゥゥ……」
「え……?」
レモネが恐る恐る目を開ける。
俺の体に塗られていたバターが。
激しく体を動かして発生した摩擦熱と――
クロワがパニック状態で放っていた【火魔法の残り火】にうっかり炙られたことで、カラッカラに【焦げて蒸発】した。
《『スプレッド系物質』の除去を確認》
《『暴食の魔獣』モードを解除します》
《理性の復元率:100%》
「あ……」
俺の意識が急速にクリアになっていく。
禍々しいオーラが消え、全身から力が抜けた。
俺はそのまま、空中から力尽きて落下した。
ぽすっ。
レモネの手の中に、ぴったりと収まる。
「……ブレッド?」
レモネが俺を覗き込む。
俺は必死に体を揺らした。
ぽすぽす。
「ふぅ……元に戻ったみたい……」
クロワその場にへたり込んだ。
「良かった……本当に良かった……! 火魔法を暴発させちゃった時はどうしようかと……!」
レモネも安堵の息を漏らし、俺を優しく抱きしめた。
「もう……驚かせないでよ……」
……俺だって驚いたよ。
っていうか、クロワの魔法でバターが焦げ飛ばなかったらマジで世界が終わってたぞ!!
《レベルアップ》
《レベル10》
《新スキル『乾燥』を獲得しました》
……乾燥。
自力で塗られたものを乾かすスキルか?
遅いよ! もうちょっと早く覚えてくれ!!
こうして、俺たちはなんとか危機を脱した。
だが。
その頃、魔王城では――
「魔王様! 『鋼鉄の処刑人』からの反応が途絶えました!」
「何だと!?」
魔王が立ち上がる。
「まさか……勇者にやられたのか?」
「いえ……報告によると……」
側近が顔を蒼白にして告げた。
「パンに……丸呑みにされたようです……」
「…………」
魔王は静かに玉座へ座り直した。
特大の、絶望的なため息をつく。
「……やっぱりバターもアウトだったか」
「魔王様……?」
「今すぐ全軍に命じろ」
魔王は真剣そのものの顔で言った。
「奴らに……絶対に……ガーリックパウダーを近づけるな、と」
「……はい?」
「バターを塗ってガーリックパウダーをふりかけてしまった日には、全人類が食い尽くされるぞ!!」
塗る系に続き、香辛料の脅威。
世界最強のパンと、それを巡る世界の運命は、いよいよ誰も予想できない方向へと暴走し始めていた。




