パンの天敵
冒険でレベルアップ、そして強力なスキルも手に入れた俺は、順調に旅を続けていた……はずだった。
「……ねえ、降り出しちゃったね」
旅の道中、レモネが空を見上げる。
ポツポツと落ちてきた雨は、あっという間に激しい土砂降りになった。
「きゃあ! すごい雨!」
クロワが慌てて木の下へ駆け込む。
レモネも急いで木陰に飛び込んだが――
「あ……ブレッド!」
そう。
鞄のポケットから身を乗り出していた俺は、逃げ遅れた。
一瞬にして、頭から(どこが頭か分からないが)全身に大量の雨水を浴びる。
ビシャッ!
「……っ!?」
その瞬間、身体から急速に力が抜けていった。
あ……これ、やばい。
パンにとって、過度の水分は天敵。
カラッと香ばしかった俺の生地が、水分を吸ってどんどん重く、ふにゃふにゃになっていく。
ふにゃ。
俺はそのまま、地面に力なく落下した。
べちゃっ。
「ブレッドー!?」
レモネとクロワが青ざめて駆け寄ってくる。
「大変! ブレッドがびしょびしょでふにゃふにゃだよ!」
「水を含みすぎて……完全に力が出なくなってます!」
俺は地面で横たわったまま(もともと丸いが)、ぴくりとも動けない。
ヤバい。
これ、アンパンなヒーローみたいに「顔が濡れて力が出ない」状態だ。
これじゃ戦うことはおろか、転がることすらできない。ふにゃふにゃのパンなんて、もはやただの小麦粉の塊である。
「どうしよう、乾かさないと……! クロワ、火魔法で!」
「ダメです! さっきみたいに焦げちゃったら大変ですし、力加減を間違えたらブレッド様がカチカチのラスクになっちゃいます!」
美味しく調理しようとするな。
「じゃあどうすればいいのよー!?」
二人がパニックになる中、俺の意識が遠のきかける。
……待てよ?
俺は思い出した。
前回の戦いのあと、レベルアップで手に入れた「あのスキル」を。
そういえば、使ったことなかったな。
俺は心の中で、そのスキル名を叫んだ。
(スキル発動……『乾燥』!!)
ぶわっ。
次の瞬間、俺の身体から一瞬だけ温かい風が巻き起こった。
スポンジが水を弾き飛ばすように、吸い込んだ雨水がみるみるうちに蒸発していく。
一瞬で、ふっくら香ばしい焼き立ての状態へと巻き戻った。
ポカポカ。
ふっくら。
「……え?」
レモネとクロワが目を丸くする。
俺はそのまま、宙へふわっと浮かび上がった。
『意思』と『飛翔』で、クルクルと軽やかに空中散歩。
うん、完全復活!
めっちゃ軽い!
やっぱり乾燥スキル最高だな!
「……治った?」
クロワがぽかんとする。
「うん……なんか自分で乾いて復活したね……」
レモネも脱力したように息を吐いた。
「よかったぁ……もう、紛らわしいんだから!」
ぽすっ。
レモネの手のひらに着地し、俺は満足そうに体を揺らした。
水に濡れても自力で乾かせる。
これで俺の弱点は一つ減ったと言っていいだろう。
◇
だが。
その頃、魔王城では――
「魔王様! 勇者一行のいる地域で大雨が降りました!」
「何だと!?」
魔王が立ち上がる。
「パンが……パンが水に濡れたのか!?」
「はい! おそらくビショビショになり、ふにゃふにゃで動けなくなっているかと!」
「よし……! パンの弱点は水だ! 新しい顔を焼いて取り替える奴がいない今なら、一気に――」
「あ、魔王様!」
通信水晶を持った側近が割り込む。
「今、続報が入りました! パンが自力で乾いて、何事もなかったかのように復活したそうです!」
「…………」
魔王は静かに玉座へ腰を下ろした。
そして、遠くを見つめながらぽつりと呟いた。
「なんてことだ……」
「魔王様……?」
「これじゃあ……ジャムのおじさんの出る幕がないじゃないか……!!」
「そこですか!?」
魔王の胃痛とツッコミのキレが、また一段と増していた。




