魔王、パンを探す
「……で?」
魔王城。
玉座の間。
魔王は机に両肘をついていた。
「勇者とパンが、こちらへ向かっていると」
「はい」
側近の男が頭を下げる。
「勇者レモネ。そして、謎のパン一個です」
「なぜパンが勇者と一緒にいる」
「分かりません」
「食料ではないのか?」
「……たぶん違います」
「では何だ」
「パンです」
「それは分かっている!」
魔王が机を叩く。
その衝撃で、机の上の書類が舞い上がった。
「問題は、なぜそのパンが――」
魔王が一枚の古文書を手に取る。
そこには古代文字が刻まれていた。
「古代魔王語を話せるのか、ということだ」
「はい」
「あり得ん」
「ですが、報告では確かに」
「古代魔王語を話せる者など、現在の世界にはほとんどいない」
魔王は立ち上がった。
「ましてやパンが話せるなど……」
そのとき。
「魔王様」
部屋の隅にいた魔族の少女が口を開いた。
「一つ、気になることがあります」
「なんだ」
「そのパン……本当に『パン』なのでしょうか」
「…………」
魔王が少女を見る。
「どういう意味だ?」
「古代魔王語では、パンという言葉に別の意味があります」
少女は古文書を開く。
「古代魔王語で『パン』とは――」
一拍置いて。
「世界を救う者、という意味でもあります」
「…………」
「…………」
「…………」
魔王は黙った。
そして。
「……は?」
小さく呟いた。
---
一方。
俺たちは街道を歩いていた。
正確には。
レモネが歩いていた。
俺はレモネの鞄の中に入っている。
「ブレッド」
レモネが鞄を叩く。
「大丈夫?」
大丈夫だ。
俺はパンだ。
多少揺れても問題ない。
「お腹空いた?」
空いてない。
「パン食べる?」
俺だ。
俺を食うな。
俺は必死に鞄の中で身体を揺らした。
「ふふ」
レモネが笑う。
「冗談だよ」
……本当だろうな。
そのときだった。
「止まれ」
前方から声がした。
街道の真ん中に、黒いローブを着た男が立っていた。
手には杖。
顔はフードで隠れている。
「勇者リリア」
男が言う。
「魔王軍か!」
レモネが剣を抜く。
「そのパンを置いていけ」
「……」
俺は鞄の中で固まった。
やっぱり俺を狙っている。
男が杖を構える。
「そのパンには、我々にも分からない力が宿っている」
「ブレッドをどうするつもり?」
「魔王様の命令だ」
魔王。
やはり。
俺を欲しがっている。
レモネが剣を構える。
「嫌だ」
「ならば――」
男が杖を振った。
黒い魔法陣が地面に広がる。
「戦うまでだ!」
魔法が放たれる。
「――っ!」
レモネが避ける。
地面が爆発した。
土煙が上がる。
「ブレッド!」
レモネが鞄から俺を取り出した。
「あなたは下がって!」
いや。
俺も戦う。
俺は地面へ飛び降りた。
ぽすっ。
男が俺を見る。
「……本当にパンだな」
悪かったな。
「ならば――」
男が俺を拾い上げる。
「食ってしまえばいい」
やめろ。
俺を口に運ぶ。
まずい。
俺は必死に身体を回転させた。
パン・チ。
――ゴッ!
「ぐおっ!」
男の顎に直撃。
男が倒れる。
「ブレッド!」
レモネが目を丸くする。
俺は地面を転がる。
ころころ。
ころころ。
そして。
男の杖へ突撃。
――バキッ!
杖が折れた。
「なっ……!」
男が驚く。
俺自身も驚いている。
パンのくせに。
強くなっている。
《レベルアップ》
《レベル4》
《攻撃力:25》
《新スキル『硬化』を獲得しました》
硬化。
パンが硬くなる。
……これは分かりやすい。
俺は身体を硬くした。
表面がカチカチになる。
男が青ざめる。
「まさか……」
「どうしたの?」
レモネが聞く。
「そのパン……」
男が俺を指差す。
「魔王軍の古文書に記された――」
その瞬間。
男の身体が黒い霧に包まれた。
「逃げた!」
レモネが追おうとする。
だが。
俺は違和感を覚えた。
男が消える直前。
聞こえたのだ。
「……ようやく見つけた」
その言葉。
まるで。
俺を知っているような。
俺は黙って空を見上げた。
もちろん、パンなので顔を上げられない。
でも。
確かに感じていた。
俺がこの世界に転生したのには。
何か理由がある。
ただの事故じゃない。
ただの転生特典でもない。
そして。
俺がパンであることにも。
きっと意味がある。
「ブレッド」
レモネが俺を抱き上げる。
「大丈夫?」
俺は身体を揺らした。
「……そっか」
レモネが笑う。
「じゃあ、行こう」
俺たちは再び歩き始めた。
その頃。
魔王城では。
「……逃げた?」
魔王が報告を聞いていた。
「はい。パンを確保できませんでした」
「そうか」
魔王は深く息を吐いた。
そして。
誰にも聞こえない声で呟いた。
「……まさか」
玉座の裏に隠されていた古い石板。
そこには、一つの予言が刻まれていた。
『世界が滅びるとき』
『異世界より、一人の救世主が現れる』
『その者は――』
魔王は続きを見る。
そして顔をしかめた。
『パンの姿をしている』
「…………」
魔王は頭を抱えた。
「なぜだ」
誰も答えない。
「なぜ救世主がパンなんだ!」
魔王城に、魔王の叫び声が響き渡った。




