パンを食べた勇者
「――来る!」
レモネが叫んだ。
城下町の大通り。
人々が逃げ惑う中、巨大な影が建物の向こうから姿を現した。
全身を黒い毛で覆われた魔物。
二本の角。
口からは鋭い牙。
身長は三メートル近い。
どう見ても強い。
そして。
どう見てもパンではない。
「グルルルル……!」
魔物が唸る。
レモネが剣を抜いた。
「下がって!」
俺はレモネの懐から転がり落ちた。
地面に着地。
ぽすっ。
……俺、パンなんだけど。
普通に落ちたら潰れるんじゃないのか?
そう思った瞬間。
《スキル『焼成』が発動しました》
身体が熱くなる。
《耐久力が上昇しました》
なるほど。
パンは焼けば硬くなる。
俺は納得した。
……いや。
パンの戦い方としてどうなんだ。
「ブレッド!」
レモネが叫ぶ。
「危ない!」
魔物が突っ込んできた。
俺は動けない。
足がない。
手もない。
逃げることもできない。
「うおおおおおっ!」
レモネが剣を振る。
ガキィン!
魔物の腕と剣がぶつかった。
「くっ……!」
レモネが押し負ける。
魔物が巨大な腕を振り上げた。
まずい。
このままではレモネが――
俺は必死に身体を動かした。
転がる。
転がる。
そして。
魔物の足元へ。
「……?」
魔物が俺を見る。
俺を見るな。
食べ物を見る目をするな。
俺は必死に跳ねた。
ぽーん。
魔物の足にぶつかる。
「グル?」
そして。
魔物が俺を踏みつけた。
――べちゃっ。
「…………」
死んだ。
俺は今度こそ死んだ。
そう思った。
しかし。
《条件を満たしました》
《スキル『パンチ』が進化します》
《『パンチ』→『パン・チ』》
……何だそれ。
《新たな効果を獲得しました》
《身体を高速回転させ、敵に衝突できます》
パンチじゃない。
パン・チだ。
意味が分からない。
だが。
俺はやるしかない。
身体を回転させる。
ころころ。
ころころころ。
そして。
加速。
さらに加速。
俺はパンだ。
丸い。
つまり。
転がれる。
「グルァ?」
魔物が振り返った。
俺は――
飛んだ。
――ドゴォォォン!
「グオオオオオッ!」
魔物の腹に直撃。
巨体が吹き飛ぶ。
建物の壁に激突した。
「…………」
レモネが呆然とする。
俺も呆然とする。
パンが。
魔物を吹き飛ばした。
《レベルアップ》
《レベル3》
《攻撃力:12》
「……パンなのに」
レモネが呟いた。
そうだ。
俺もそう思う。
だが。
魔物はまだ立ち上がった。
「グオオオオオオ!」
怒っている。
当然だ。
パンに殴られたのだから。
魔物がこちらへ突進してくる。
「ブレッド!」
レモネが俺を拾い上げた。
「もう一度!」
俺を構える。
「いくよ!」
待て。
まさか。
「――必殺!」
レモネが俺を投げた。
「ブレッド・ストライク!」
俺は空を飛んだ。
回転。
高速回転。
そして――
魔物の顔面へ。
直撃。
――バキィッ!
「グオッ!?」
魔物が倒れた。
静寂。
やがて。
町の人々から歓声が上がった。
「勇者様だ!」
「勇者様が魔物を倒したぞ!」
「すげえ!」
レモネが息を切らしながら俺を拾い上げる。
「やったね、ブレッド!」
俺は震えた。
嬉しかった。
初めて。
この世界で役に立てた気がした。
しかし。
そのとき。
《特殊条件を達成しました》
また声が聞こえた。
《勇者とパンの信頼度が一定値を突破》
《禁断魔法『パン・ファミリア』を解放します》
「……?」
レモネが首を傾げる。
俺の身体から光が溢れた。
光はレモネの身体へ吸い込まれていく。
《パンを食した勇者にのみ発動可能》
《効果――》
《パンの能力を、勇者へ一時的に付与します》
「えっ?」
レモネの身体が光る。
そして。
彼女の右手が――
ほんのり茶色くなった。
「…………」
レモネ自分の手を見る。
「ブレッド」
嫌な予感がした。
「私、パンになってない?」
なってる。
完全に。
右手だけパンだ。
「…………」
レモネが拳を握る。
その拳から、香ばしい匂いが漂った。
「これ……」
レモネが笑う。
「強そう」
違う。
勇者がパン化している。
その光景を見て。
俺は確信した。
この世界の魔王。
たぶん。
俺たちが想像しているより、ずっと大変なことになる。
なぜなら。
俺たちはこれから。
**パンと勇者の二人で、魔王を倒しに行くことになるのだから。**




