ステーキハウス編 前編
「あちー、辞めようかな…」
彼は西村
特技は親泣かせだ
前はサンドイッチ屋で働いていたが
全アルバイターと共に一斉退職し閉店させた
今はステーキハウス「リニアモーターステーキ」で働いている
名前の通り、素早く提供されることが魅力だ
「そもそもステーキを素早く焼けって
無茶ぶりにもほどがあるだろ」
しかし、食中毒を起こしてはならない
なので店員は、食中毒を起こさないギリギリまで焼いて
即座に提供せねばならない
「おい!!!ステーキはまだか!!!」
「黙れ客!!ステーキ焼くのにどれだけ時間かかると思ってんだ!!」
「っち…もういいよ、帰る!!」
「クソが…AIでも導入して焼く工程なくせよ……」
最悪なことに、店の中には明確な待ち時間を明記していない
そのため、客の匙加減で遅いか早いか変わってしまう
「しかも今日客対応するの無能店長のシフトミスのせいで
俺だけだし…キッチンも熱くて大変だけどさぁ…」
挙句、無能店長のあり得るべきでないミスのせいで
接客は西村のみ、何度この店で修羅場が展開されるだろう
「はぁ…スマホも熱くて機能しないからUNKNOWNも見れないし
なんだよ本当…時給も求人情報より天引きで低いし」
西村が食べ終わった客のステーキプレートを乱暴に流しに乱暴に投げ
シンクに傷をつけた頃、入店音がした
しかし、それは客ではない、それは……
「今すぐ閉店しろ!!地球が汚れる!!」
彼は環境活動家、肉を食べるわけではなく、ただ店で騒ぎに来ただけだ
そんな人間を、西村が見逃すわけがなかった
「俺だってそうしてほしいよ
俺の経歴が汚れるし」
「そんな話はしていない!排気ガスで環境が悪くなるんだ!!」
「うるせぇな、お前の喉メガホンか?
音量調節どこでするんだ?」
「私は地球環境に問題がなくならない限り黙ることはない!!」
(クソ…うざい環境活動家かよ
そもそも環境守って何になるんだよ)
西村は、頭の中で目の前の男を黙らせる方法を考えた
あらゆる可能性、戦術、根拠、そして、一つの道筋が頭に出来上がった
「……なぁ、この店は何の肉を出していると思うか?」
「は???牛だろ、そんなことより」
「待て、知っているか?
牛はメタンガスを排出するぞ」
「なんだそれ、地球環境に関係あるのか?」
「馬鹿がよお前、地球環境の活動をする前に勉強しろよ
牛のメタンガスは温室効果ガス生産量の4%を占めるらしい」
「メタンガスが…?地球温暖化に…?」
「そうだ、その牛を殺しているのがこの店だ
つまりステーキにして食べた方が地球環境にいいんだよ」
「……クソ…」
(まぁ、あんまよくわかってないけどな)
「分かったか?今回は特別に授業料は0円だ
ただこれ以上暴れるなら授業料という名の損害賠償をもらうぞ
耳が聞こえるなら回れ右、次は図書館に行け」
「……なんなんだよ、畜生」
西村は、去っていく環境活動家の背中すら見ずに
自分の汗で作られた小さな水たまりを見た
「クソ、ここ手が汚れる危険性を排除するために
汗を拭くことすら禁止されてるし…掃除でも」
「何してんだ西村ぁ!!
はよステーキ提供せいやぁ!!」
「はいはい、やるよ」
「ッチ、無能がよ、言う前に気づかんかい……」
ここのステーキハウスは、開業費用を節約するため
換気システムが劣悪なものだ
熱が籠り、客店員ともに不快な環境になっている
「ッチ、低脳がよ、さっきまで何してたか見てないのか……」
西村はステーキを提供し、定期的な床掃除を雑に済ませた
まだ閉店までほど遠い時間がかかる
ただでさえ生意気な西村だが、ここステーキハウスは先ほども言った通り
実質サウナとなっている、西村の人を舐め腐った物言いも、より酷いものだ
「…クソ、また半分以上残っているな
捨てるの俺なんだけど、めんどくさいし
不味くても全部食えよ」
西村の言うことはもっともだが、理由は褒められたものではない
だが実際肉の品質はあまりよくない
海外の牛肉、徹底されていない衛生、店員のスピード重視の雑な調理
このステーキハウスの営業ポイントが全員を苦しめている
だが、それだけではない
この店にいる全員を苦しめる存在は今、扉のベルを鳴らしながら
店の敷居を跨ぎ、そして声高に叫ぶ
「牛を殺すなんて、可哀そうよ!!」
女の出す甲高い声に、西村は思わず熱いステーキプレートを落とし
耳を塞いでしまう、ステーキソースが客の靴先にかかったことも気にせず
「あなたたち人間は!数多の犠牲の上で生活を築き
それを当然のことと思っている!こんなエゴイズムが許されるはずがない!」
「お前のような奴は!自らの思想を完全な正義と思いこみ
それを正しいことと思っている!こんなエゴイズムが許されるはずがない!」
店は灼熱、飯は不味い、接客は適当、挙句の果てに喧嘩
今すぐにでも食器が凶器に変わりそうな雰囲気に耐えられず
客はぞろぞろと出ていく
「じゃあなに!?奴隷が目の前でこき使われて
惨たらしく殺されても可哀そうとも思わないの!?」
「そんな問題じゃないだろ
じゃあなんだ?今から牧場全部解体して牛を解き放って
そのまま野垂れ死になればいいってことか?」
「それは差別的な考えよ!
牛はそんなに弱くないし、野生でも生きていけるわ!
だから、そんな牛を奴隷のように扱うのは間違っている!」
「ならば生態系は?元々住んでいた動物は?
牛を解き放つなら場所が必要だろ?その場所はどうやって用意する?」
「そんなの、町でも解体すればいいじゃない!」
「なに寝ぼけたこと言ってんだ
建物の解体も、植物が育つのも時間かかるし
なによりそこに住んでいた奴は?動物は?」
「だから…だから…」
「必死に反論を考えているようだが無駄だ
動物の住む位置を無理に変えるということは
元々住んでいた動物を犠牲にすることだ
お前は家畜を助けたいように見えて、何も考えていない
誰もが幸せになる道なんかねーよ、夢から覚めろ」
「でも、こうなったのは、人間の傲慢が原因でしょ?
人間があれこれ弄ったからこうなったんでしょ!?
じゃあ責任は!?誰が取るっていうの!?」
「じゃあお前が取れば?」
「はぁぁぁぁ!!??
なんで私だけなのよ!!!」
「逆に聞くけど、どう責任を取るっていうんだ?
やっぱ牧場の解体か?」
「そ…それは………」
「やっぱり思いつかねんだろ
なら軽薄に責任を語るな、誰だって取りたくねーよ」
「し、死ね!!あんたたちが死ねばいいのよ!!
地獄から天国の牛に謝ればいいのよ!!」
「出た、命を持って償うとかいうやつ
それ誰も幸せにならないから
しいて言うなら俺、お前が死んでくれたらうれしいし
そもそも死んでどうするんだよ、それ責任からの究極の逃避だろ」
「じゃあ!どう責任を取ればいいのよ!!
そこまで言うなら代案は!?はい、出して!!」
「なんで俺が出さないといけないんだ?
お前のスマホに聞けば?AIならバグらなければいい回答出してくれるぞ」
「あんたに聞いてんの!!そうやって屁理屈こねて
いつまで逃げるつもり!!??」
女が西村の胸倉をつかむ
西村は少々焦った、何度か実害を与えてくる迷惑客はいたが
回避のしようがないのは初めてのケースだ
西村は、机の上のナイフに手が出そうになったが
殺人の罪を背負ってまですることではないと思い、女の腕を掴もうとした
その時、鳴るはずのなかった音が鳴った
「おい!これはどういうことだ!!」
彼が、再び店に現れた




