扉が開くんです
エルミラの頭の中に呪文が浮かぶ。
フォルテ戦で突然目覚めたその力は、まさしくエルミラの守りたいという思いを具現化した技だった。だがエルミラはその力をコントロールすることはできなかった。
だが今その呪文が頭の中にもう一度浮かぶ。
あれからいくら練習しても、もう一度使うことはできなかった。
だが今またもう一度次のステージの鍵を握っている。ようやく扉に鍵は差し込まれ、魔法は使用される。
そしてこの謎のタイミングで電話がまたなりだす。
エルミラはやかましそうにしたが、それでも一度電話に出てしまう。
「おい聞いてくれエルミラ!俺だよ!ハク!・・・気負うことはない、お前らしさを存分に出せ。」
まるでその場にいないのにその場にいるような発言。ハクという男は本当に謎だ。いつも何も知らないような顔をして、肝心なことはその胸の中に持っている。エルミラが追おうとしている背中は日々遠くなる一方だった。だが今まさしくエルミラはハクの背中に手を伸ばそうとしている。
「バーカ。そんなのわかってるよ。ハク・・・いつもありがとう。」
エルミラはハクからの電話をきった。
電話先のハクは間違いなく酔っぱらっていて、おそらくは酒でも飲んだのだろう。休日をしっかり楽しんでいるようだった。それでもこのタイミングであの話はまるでエルミラの様子をどこからか見ているようだった。
「私は世界最強になって、誰にも負けなくなって、大切な人をただ守ろうとしていました。でもきっとどんなに強くなっても、人は誰かに支えられて生きている。一人で生きていくなんてできないから・・・。それも今さら理解できてきました。勇者になる前ならこんなこと痛いほど知っていたんだけどな・・・。」
エルミラは日々誰かに支えられて生きている。
今だってエルミラが本当に負けそうであれば容赦なくノイルがこの戦いに飛び込んできて、エルミラを守っただろう。最悪ハクですら、直感でここまでたどり着く可能性もある。
そしてさっきみたいに、ほとんど初対面の人間を救おうとする馬鹿もいる。
当たり前の連続が日々を形成し、人を強くする。
エルミラはそれに気づいた。
そしてそれが今のエルミラの持つべき鍵だった。
エルミラは目を閉じて剣を空に突き刺すように掲げた。
そして呪文を唱えた。
「【サント・ルーナ・ヴェスティード】」
エルミラの背後からまた後光が発生する。魔法の影響で黄金色だった髪が完全に白くなり全身から優しく発光する。頭上にはまるで天使の輪のような虹が発生する。
変化はライメイにも起きる、もともとエルミラの改造により。鍔が無かった剣は、鍔の代わりに十字架を描くように横に光を発生させる。剣の鍔部分は剣と鍔と柄を結ぶように、円状に虹を発生させる。
エルミラはつぶっていた目を見開く。相変らず黄金に輝く瞳はその目と合っただけで神と見間違えてしまいそうなほど神々しかった。今度はその瞳にはしっかりと意識が宿っている。
「ははは・・・エルミラには本当にいつも驚かされるな・・・間違いなく歴代勇者最強・・・いや、歴代勇者が束になって全員でかかっても彼女一人に敗北するだろう。間違いなく史上最強の生命体に手をかけ始めている。彼女はどこまで強くなるんだ?」
ノイルが珍しく、若干動揺したように言葉を並べる。
それにトレットが返事をした。
「天才・・・かもな。」
トレットのこの発言にノイルも返事をすることができない。果たしてあの女神ですらエルミラがここまで開花することを見越して勇者にしたのか謎だ。いや、知っているはずがない、なぜがそんなことを二匹は考えていた。
「それじゃ行きますよ、ルゴール。」
「ククク・・・ハッハッハッハッハッハッハ!!!!!人類とはここまで進化していたのか!!!我がかつて幾度生命を繰り返そうとここまでのものはいなかった!!!!」
冷静沈着だったルゴールが、狂ったように笑いだす。それは恐怖ではない、かつて自身の実力に並ぶものがいなかった、孤独から解放された喜びだった。
その気持ちはノイルにも痛いほどわかった。
「以前の勇者はテストにクリアした時点で負けてやったが、これはもうテストではない。仮にテストであれば答案用紙から0がはみ出るだろうしな!!!純粋に私が楽しむための戦いだ!!!!」
ルゴールもまたエルミラと同じく剣を天にかざした。
「だがそれはこの肉体では足りん!完全に魂を定着させる必要がある!【フィカシオン・アルマ】」
ルゴールの魔力の性質が大きく変わる。今までは異なる布をつなぎ合わせたような感じだったが、今度は一枚のシルクになったような。
「リヒト我が前に本来の姿を顕現せよ!」
リヒトがその姿を変貌させる。それは間違いなく禍々しさでなく、神々しさだった。銀色から純白の投信へと変貌し、豪奢なデザインの十字架のように変わる。
「準備が完了した。待たせて済まなかったな。」
エルミラとルゴールの膨大な魔力がこの空間でせめぎあう。
先に動いたのはエルミラだった。
明らかに先ほどよりも、はやい速度でルゴールに接近するとライメイを横殴りにふるった。
だがルゴールもそれに余裕で反応する。リヒトを立てるようにして、その攻撃を受け止める。
「ッ!?」
ルゴールは一瞬で、その攻撃の性質を見切ると、受ける姿勢から受け流す姿勢へと変更した。
エルミラの剣を受け流してすぐにバックステップで下がる。
「その神々しい姿で随分えげつないことをしてくれるな。右手の感覚がないぞ。」
エルミラの魔力に触れて、ルゴールの右手の生命力が奪われる。
「あなたにも私の支えになってもらいますよ。」
ルゴールは一瞬で右腕を切り落とすとそれを食った。
いきなりのルゴールの行動にエルミラは動きを止める。
「我は飢餓の王なり。」
ルゴールが食った右手がまた生える。右手の感覚が戻っているかどうか、手を握ったり開いたりしながら確認している。
「ふむ、問題ない。太古の戦闘技術を引っ張り出してくることになるとはな。」
ルゴールの体から、紫色の魔力があふれ出し、体の周りに停滞する。まるで服をまとっているようだった。
今度はルゴールからエルミラに突進するように接近して、リヒトを横殴りにふるう。
エルミラはこの攻撃を剣の切先で受け止める。先ほどルゴールがエルミラに行ったことをそのままやり返して見せた。
そしてルゴールの刀をはじくと、抵抗することができずに、一瞬だけ動きを止めてしまう。
エルミラはルゴールの腹を切り裂いた。
だがそこから血が出ることはない。
ルゴールの生命力すべてを奪って行動停止にしたかと思いきや、すぐさまルゴールは切り返してきた。エルミラはその攻撃を舞うようにかわす。
「なるほど先ほど張っていた魔力の膜で、生命力の謙譲を防いでいるんですね。」
「ふむ、その力を直接受けていては私といえどもすぐに動けなくなってしまうからな。」
エルミラとルゴールは笑いあうとにんまりと笑った。
実はこの広い空間の隅っこに、絶対にばれない魔法を使った観覧者が一人いた。
その男は壁によっかかりながらビールを飲んでいる。飲み終わったビール瓶は壁に差し込むと、すり抜けて魔法を解除すると同化する。
エルミラとルゴールの戦いを酒の肴にしていたハクもまたエルミラの戦う姿に笑いながら酒をあおった。




