前任者がいるってよ
エルミラとノイル、それにアリアは大広間を抜けて広い通路を歩いている最中だ。通路にはいくつか扉がついており、どうもそれなりに部屋があるようだ。
「大広間以降気になっていたんだけど、昔私がいたころと随分施設の構造が変わっているみたいだわ。」
「そうなんですか?」
「ええ・・・、そもそもこんなにも広い通路なんてなかったわ。」
「確かに広いですよね。」
エルミラがあたりを見渡すと確かにこの通路は不自然なくらい広い。大体20㎠ほどはあるだろうか。そんな空洞が通路として使用されている。
「あの部屋に入ってみてもいいかな?」
ノイルが通路を歩いて少しの部屋に急に入る。
「ちょッ!?危険だから勝手にそういう部屋に入るのはやめとこうよ。」
急なノイルの行動にアリアが焦ったように口を出す。だがノイルは止まることなく、その部屋にそのまま入る。
「この部屋から面白い感じを感じ取ったんだよね。」
ノイルが部屋に入るとそこには別段不思議といった印象を受けることのない普通の部屋があるだけだった。
ただ部屋の壁面一面がスクリーンになっていた。ノイルが部屋に入ると、スクリーンに明かりがともる。おそらくはノイルが部屋に入ったことがトリガーだったのだろう。
そしてスクリーンに映像が流れ始めるとそこには電脳少女ZEROが写される。
「・・・ZERO。」
アリアがこぼれるようにつぶやく。
「初めましてお客様。本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます。当施設では大量の戦闘個体の開発に成功いたしましたが、質の良い実験対象が見つからず困り果てておりました。そこであなた方のような、質のいい戦闘対象を探していおりました。ありがとうございます。」
映像の中の電脳少女ZEROが堂々と戦線布告をしてくる。恐ろしくらいの綺麗な整った笑顔だ。
「私たちがただの実験対象で終わるとは思わないほうがいいと思いますよ。」
エルミラがかっこよく宣言する。
「面白いことを言いますね。あなた達はこの施設に入った時点で、モルモットでしかないというのに。そしてアリア様。代表がお呼びですよ、今戻ればまだ研究の犠牲にならないで済むと思いますが。」
今度はZEROが無表情でアリアに告げる。
「あなた達を止めるのはこの私よ、必ず止めて見せるわ。それこそこの命に代えてもね。」
アリアは映像の中のZEROを睨みつける。それにこたえるようにZEROもまた静かにアリアを観察している。
「じゃぁ交渉決裂ってことでいいよね。すぐに僕らが代表のところへ行って計画を止めちゃうから、まぁそこでゆっくりしててよ。」
「それもそうですね。野蛮な猿には話も通じないようですしね。」
「僕は猿じゃないよ、気高き獅々だ。」
場の温度が一気に数度下がったかと錯覚するほどの覇気が、ノイルから放たれる。壁全面がその圧に押されるようにミシミシと音を立てる。エルミラはまだしもあまりの圧にアリアは呼吸が苦しそうだ。そしてノイルのその存在感に警戒心を高めたようにアリアはノイルを見る。
エルミラがノイルに歩いて近づくとノイルの頭を軽くたたいた。
「何本気になっているんですか?アリアさん苦しそうですよ。」
エルミラの言葉で、ノイルから放たれていた圧が一瞬で消える。
「はははごめんごめん、僕らしくなかったね。」
そしてこの場にはいないはずの画面の中のZEROもなぜか警戒心を高めたようなそぶりだ。そして画面の中で優し気な笑顔になるとこちらにまたしゃべりかけてくる。
「それではあなたたちのご希望を叶えてご案内しましょう。」
その瞬間部屋の床が扉のように開いた。エルミラ、アリアが急な床の開閉に対応することができずにそのまま落下していく。だがノイルは床のない床にそのまま直立している。そして少しの間モニターの中のZEROを睨みつけると声は出さずに口だけを動かした。
ZEROはその動きがなんと言っているのか確かに読み取ることができた。
-お前は僕を怒らせたぞ。-
そしてにんまりと笑うと、ノイルも重力に逆らわずに落下していった。
一方最初に隔離されてしまったハクは割と自由にしていた。というかとにかく歩いている。この施設は外から見たときには気づかなかったが、とてつもなく広い。はっきり言ってしまえば、丸ごとこの島と同じサイズかそれ以上の施設規模がある。ある種一つの町のような感じだ。
「これはどういうことなのか。人手が手に入っただけで果たしてここまでできるかね。どうも代表は本当に天才なのかもな。」
ハクはこの施設内を観察しながら歩いていると、あたかも通行人かのような一人の男が歩いてくる。服装はスーツを着ていて、グラサンをかけている様子だ。服装はまんまアリアの服装だ。この時ハクは頭の中で、アリアの任務には前任者がいたことを思い出す。
「おいおい、まさかこれってエルミラの前任者?これはクローンなのかそれともご本人だったら本当にどうしようか。」
ハクは眼前の人物を観察する。クローンだった場合先ほどの三色クローンのように目から感情が抜け落ちている可能性がある。
「君は誰かな?」
ハクが眼前の男を観察していると向こうから声をかけてくる。
「俺はハクだ。今日はこの施設を滅ぼしに来た・・・まぁ考えてることもあるから滅ぼさなくてもいいけど。」
隠しても無駄なのではっきりと目的を宣言する。ただしなんとなく違和感のある宣言だが。
「そうか、だとすれば私は君と戦わないといけないのかもしれないな。本当はそんなことはしたくないんだが、それでも戦うしかないというか・・・。非常に不思議な感覚だ。」
「お前にわからないんなら俺にもわからないけど、最後にお前に残っている記憶はなんだ?」
「確か私は・・・あの時・・・この国のイズラの代表を暗殺しようとして・・・だがそれは・・・・。椅子に座らされて・・・だめだ、これ以上は思い出せない。」
ハクはその話を聞いて目の前の人物の魔力の流れを分析する。これならまだクローンであるというよりもただ単に魔法をかけられただけかもしれない。そしてどうもビンゴだったようだ。確実に目の前の男は魔法をかけられている。
「だ・・め・だ。お・・・ま・・えを・・ころす。」
急に男の瞳から生気が失われていった。
「果たして俺でこの魔法に対処できるんだろうか。でももうこの人を助けるって決めちゃったから、ちゃんとまじめにやろうかな。・・・・でもまぁ人を助けるのって、面倒くさい・・。」
「そういうなよ、アリアの友達かもしれないんだから助けてやった方がいいぞ。」
トレットが気を利かしてハクを元気づける。
だがその瞬間、男が一瞬でハクに突進してくる。この段階でこの男が只者ではないということはすぐにわかった。そして今までとかなり違った点で言えば高い戦闘技術を感じさせる動きをしている。軍事格闘術とでもいうのだろうか。
ただ単に突進してくるかと思いきや、腰に掛けてあった刃渡り30cmほどのやや長めのナイフを取り出す。刃は黒く、片刃で歯がない方はのこぎりのようになっているようだ。
すかさずそれをハクの首目掛けてナイフを振るってくるが、それをハクは体をのけぞるようにしてかわす。ぎりぎりだったので、数ミリ間隔でかわすような形になった。だが振り切るはずだったナイフはハクの首目前でまるで機械のように停止、そしてそのまま突き刺すような直進に変貌する。だがこれもハクは身をよじって何とかかわす。
「おいおいいきなり急所ばっかり、容赦ないね。」
もちろん男からは返事など帰ってこない、代わりに高い技術の連撃がお見舞いされるだけだった。ハクは何とか距離を取る。
男はナイフを持つ左手を前に半身のような姿勢になる。その構えに隙は全く無い。
「こいつはなんとなく正攻法で戦いたくなるタイプだな。トレット、悪いが一旦解除してもらってもいいか。」
トレットはハクから離れる。
「こいつ結構強いと思うけど大丈夫なのか?」
「なんとなく、俺の趣味というか、技術には技術だけで戦いたいんだ。」
ハクは一歩前に出て男に近づく。男はハクが間合いに入った瞬間に、ナイフを一直線に突き刺す。だがハクはこれを頭を少し下げつつ、踏み込むことによって避ける。そしてそれと同時に、左手の突きを腹へ向けて繰り出す。だがそれは男の開いた右手がキャッチする。ハクは拳を引き戻そうとしたが、単純な力では男に負けているようで、拳が引き戻せない。
「これはちょっちキツイかもな。」
男は近距離でもリーチのあるナイフを器用に振るう。ハクはそれをナイフの刃には触れないようにして避けたり、そらしたりしている。
ちッ、左手がつかまれている限り、結構不利な戦いになりそうだな。とりあえず左手を開放してもらたいところだ。
ハクは思考しているがその間にも、男との攻防は続いている。ハクは男の突き出したナイフを刃の横に手を当ててそらす。
常に男の攻撃はハクの急所めがけて飛んでくる、だがそのぶんそれはそれで読みやすく、かわしやすい。そして次の刃がハクに向かう瞬間、ハクはその刃をそらし、男の肩に手をかける。それと同時に右足を男の肩にかけてバク宙をする。その瞬間ねじれるようにして、掴まれていた左手が解放される。だがその隙を男は見逃さなかった。ハクがバク宙によって後ろを向いた瞬間その背中に手を当てる。そしてこれはハクが三色クローンにやっていた寸勁だろう。ハクはそれをくらって衝撃が胸に突き抜ける。強引に拘束をはがしに行ったのは失敗だったのかもしれない。
ハクはなんとかダメージのある体を動かし距離を取る。
「ゲホッ、ゲホッ!!!こいつは痛いねぇ~。ちょっと本当に強いじゃんよ、久々に燃えるよ。」
今度はハクの方から一瞬で飛び込むようにして接近する。だが男はハクが攻撃範囲に入ると一瞬の迷いもなくカウンターを取る。徐々にそのスピードに慣れてきたのか、ハクは再度男の攻撃をそらす。そしてまたハクが拳を繰り出すと男の右手がそれを許さない。だが今度はハクの拳を防御する方の腕を一瞬の隙をついて掴む。そしてその右手をつかんだ瞬間男は抵抗するように、引き離そうとして力を入れる。
そしてその瞬間それは起きた。まるで何かの影響を受けたかのように男の体が回転する。そしてその体の正中線を蹴って吹っ飛ばす、男は壁面にめり込む。
「どうかな?合気道使ってみたんだけど。結構面食らった?」
男は壁面から出てくる。そしてハクのことを睨みつける。男はハクに尋常じゃない勢いでぶつかるように接近する。そして接触寸前になるとまた、機械のような急ブレーキを行い、ナイフを振るう。またハクは男のナイフをはらうように避ける。そしてまた拳を突き出すが、それを男の右手がつかむ。そして今度は掴んだ瞬間に姿勢を崩す。まるで突然全身の力が抜けたかのようだった。
「相手の力の流れをコントロールするのがコツなんだよこれは。」
ハクは男の流れを完全に手中に置いたようで、何とかもがこうとするもそれは無意味に帰す。ハクは綺麗に男の力をコントロールすると、男の関節をうまくとり拘束する。
「これで普通ならゲームオーバーなんだけどお前はどうだ?」
ハクが懸念したのは男が魔法を使う可能性だったのが、今回はそれはなさそうだ。もともとの男がどういう戦闘をしていたのかはわからなかったが、どうも近接戦闘タイプの戦士だったのかもしれない。
「どうも闇属性の魔法がかかっているみたいなんだけど、俺じゃ解けないなこれは。でも確かお前らには拘束されたときのお決まりがあったな。【ディオス・ヴァキオ】」
ハクが魔法を発動すると男の口から毒薬が零れ落ちる。そして謎の小さな装置も胃部分から落ちてくる。
「なんだこれ?一応壊しとくか。」
ハクがその装置を壁に投げつけるとうまく壊れたようだ。
「それにしてもどうしようかなこの人。」
トレットが男を拘束しているハクのもとに歩いてくる。
「俺の万能治癒を使えばいいんじゃないか?」
ハクとトレットの目が合う。ハクは明らかにその手があったかという顔をしている。
そしてトレットはハクに装備される。ハクは拘束に使用していない方のガントレットの手のひらを男の背中に当てると、万能治癒を発動する。
男は一瞬苦しそうにしていたが、すぐに楽になった様子だ。
「う~ん、もしやこれは何とかなったかな・・・でも、これは・・・寝ちゃってるかな。」
ハクは男から手を放し、天井を見上げるようにして座る。
とりあえず運ぶのも面倒くさいし、一旦ここでこの人が目を覚めるまで待とうかな。
「ていうか正直この人強すぎ、本当に疲れたわ。」
広い部屋にハクのつぶやきだけが響き渡る。




