とりあえず王城に向かうとするか
部屋の中にはまだ悪臭が立ち込める。もちろんマーダスの師匠は漏らしたわけではない。トイレから圧倒的な轟音を響かせていただけだ。
「師匠・・・また新薬の実験をしていたのですか?」
「そうだ、この薬が完成すれば世界のある程度の人々が救われるのは間違いないのだ。」
「ある程度?」
「これは痔の薬だ。痔を治療するのに、肛門から治癒成分を直接接種した方がいいと考えてな。それで糞に直接治癒成分があれば効率のいい治療ができると考えたのだ。」
とりあえずちゃんと目標があって治療薬を作っているようだ。なんとなく局所的な開発なのが面白いが、まじめでいい人そうな印象を受ける。
「紹介が遅れたな、こちらが私の師匠、【ローレンツ・マッテオ】だ。」
トレットに小声で確認する。
「有名な人なのか?」
「それなりに有名だな。ローレンツと言えば、末期癌を薬で治せるといった馬鹿げたことを言った張本人だな。その発言の数か月後、末期癌を治療する薬を発明しやがったから、彼に対するすべての誹謗中傷がその日から称賛に変わったわけだ。」
「この世界では末期癌が薬で完治するのか、凄いなそれ。夢のような話だ。」
「その薬を最初に飲んだのが私だ。まだ幼かった私は師匠に治療されて以来その技術力に惚れてな。完治後必死にお願いして弟子になったというわけだ。」
トレットと小声で話していたはずだが、マーダスには聞こえていたらしい。マーダスは簡単に言っているが癌は相当に大変なことだったろう。おそらくローレンツさんは非常に多くの人を救っているのだろう。尊敬に値する人物だ。
「でもそんなすごい人がなんで痔の薬開発を?」
「もちろん自分が痔だからだ。」
ローレンツは自信満々にそういう。
「なるほど、あんなにも叫び声が大きかった理由はそれか。」
ローレンツはばつが悪そうにポリポリと頭をかいている。そのせいで黒いぼさぼさの髪が、生き物のようにもそもそと動く。ローレンツは老齢の割には髪の毛がしっかりと生えていて、丸眼鏡を鼻にかけている。服は大学の教授みたいに、白いワイシャツの上から茶色いセーターを重ね着している。
「ところで師匠はなぜカンタレラに逃げなかったんだ?」
マーダスがこの場の全員の疑問を代弁する。
「なんで逃げる必要があるんだよ?そういえばしばらく外に出てなかったが何かあったのか?」
「師匠は今のこの状況に気付いていなかったのか・・・。相変わらずすさまじい集中力ですね。」
マーダスが舌を巻く。
「今リドルス全域は浮いているんですよ。私はその原因の調査にきました。」
マーダスは師匠に殺人犯のことは言わなかった。おそらくローレンツは研究者としての師匠であって戦闘には向かないのかもしれない。この老人からそういった物理的な強さは感じない。
「外はそんなことになってたか。もうずいぶん外には出てなかったから知らなかった。そもそもリドルスはそんなに小さな国ではないのに、浮くことが可能なのか疑いたいところだが、マーダスが言うのであれば間違いないのだろう。」
「ところでローレンツさん。この国で何かお宝、または凄まじい魔導士的なものが手に入ったということを聞いたことはありませんか?」
ハクはここぞとばかりに質問を投げつけた。
「うむ、特に心当たりはないな。そもそも空の書は宝物庫に入ったままだろうしな。リドルスが浮いた原因として考えられそうなものはない。」
「ッ!?ローレンツさん空の書って言ったのか今!?」
ハクは思わず大きな声できいてしまう。
「なんだ!?急に大きな声を出すな。入れ歯が吹っ飛びそうだったぞ。」
「そんなことより空の書が宝物庫にあるのかっ!!??」
ハクははやし立てるようにローレンツを問い詰める。
「そうだ。この国は確かもうずいぶんと前に空の書を手に入れてる。というか、オスカーのじじいが来て預けていったんだ。」
「オスカーまで知っているのか!?」
「知ってるとも、わしもあの図書館にはたまにチェスをしに行くんだ。オスカーにはあの部屋の鍵ももらってる。」
【ウィッチズライブラリ・エルダースクロール】に鍵なんてあったのが初耳だ。
「ていうかローレンツさんいくつだよ!?」
「わしは世界には公言していないが結構前に不老薬を開発している。それの影響で歳はとらん。ただ開発したのがこの年齢だったのでな、この姿なわけだが。若返り薬は別に必要性を感じんかったので作らなかったが。」
そもそもオスカーが魔導書を各地に預けた、または隠したのか。それすら知らなかったぞ、あの爺とぼけた表情で地図だけを渡しやがって。
「でも待てよ、空の書が原因ではないのならなんでこのリドルスは浮いているんだ?」
ハクはついつい独り言をいってしまう。だがその疑問に答えるようにオスカーが言う。
「ふ~む、オスカーが預けて行ったのはもう随分と前だから何らかの拍子で、魔導書の箱が開かれたのならこうなってしまうのもうなづけるが・・・。」
「ちょっと待て、魔導書はその箱がなければそんな危険なものなのか?」
「それはそうだ。もともとはパンドラブックスとか言われているぐらいの最高に危険な魔法具だからな。」
「そんな物騒な別名があったのか。ていうかオスカーそれちゃんと管理しとけよ。」
「あいつもいざとなれば人間界を救うためにこの次元に本を残したんだ、そう言うな。」
「なんだそれは、それじゃまるでオスカーはあの次元から出れないみたいじゃないか。」
「あの図書館はあらゆる力あるものから狙われいる。一瞬でもオスカーが席を外せば最悪世界は終わるぞ。」
「・・・なるほどな、それは俺の自分勝手な発言だった。」
ハクは一瞬前までの自分を殴りたい気持ちになった。簡単に言ってしまえばオスカーは世界を守り続けているのだ、一時も休まずに。そんな偉大な人間に馬鹿なことを・・・。
ハクがそんな後悔をしていると、リドルスに轟音が響き渡る。
っち、まさか魔族が先に宝物庫にたどり着いたのか!?
ハクはすぐさま王城に向かおうとするが、一度立ち止まる。
「ローレンツさん、すぐさま王城に向かわないといけないんだが、あなたにはまだ聞きたいことがある。何か離れていても会話できる手段はありませんか?」
「これを持っていけ。」
ローレンツはハクに錠剤を投げて渡した。
「これは?」
「わしが開発した、飲んだものと飲んだものを離れていても意識間で会話できるようにする薬だ。もちろんしっかりと語り掛けることを意識しないとつながらんから安心しなさい。」
「あなたの薬はなんでもありですね。」
「当たり前だろ、わしは天才だぞ。」
ローレンツが高笑いをしながらそんなことを言う。それを聞いた後すぐにハクは玄関を出て車に飛び乗る。それに続いてエルミラ、トレットも車に飛び乗った。
「師匠行ってきます!」
そして最後にマーダスが車に飛び乗った。




