種あかし ジュリアス
強大な軍事力を誇る神聖ネール帝国の舞踏会。
年に一度開催される各国の要人が招かれるこの舞踏会は、5年前に若き皇帝ジュリアスが即位した時から始まった。
当初は圧政を強いた前皇帝のイメージを変えるための苦肉の策だったが、今はこの舞踏会に招かれることが各国貴族層のステータスとして認知されている。
孤高の宰相とも呼ばれるアルベルト・フォン・ヴァンダイクがその婚約者を伴って会場に現れると、まるで一滴のしずくで波紋が広がるように、小さなさざめきが会場に広がっていった。
「まあ、ご覧になって、アルベルト様よ、今日もなんて素敵・・・」
「あら珍しい、黒髪のご令嬢と一緒よ。一体どちらの方かしら、初めてお見かけするわね」
「私も一度でいいからアルベルト様にエスコートされてみたいわ・・・羨ましい」
ご婦人方のさざめきと羨望の眼差しの中、黒い軍服姿のアルベルトと、アルベルトの瞳の色のドレスを纏った婚約者は、招かれたゲストに丁寧に挨拶をしていく。
アルベルトが時折見せるその令嬢を見つめる視線が普段からは想像もできない程柔らかく、また彼女がアルベルトを見上げる時の直向きで温かい視線は、回りにこの二人の関係を想像させるに十分だった。
やがてアルベルトが彼女の耳元で何かを囁くと彼女を残したまま一人席を外す。
少し潤んだ眼差でアルベルトの後ろ姿を見送る彼女を見た周囲の人間は、羨望とも嫉妬ともつかない息をこぼすのだった。
この国の皇帝は世襲制ではなくその力によって決まる。
現皇帝ジュリアスはその圧倒的魔力で20歳の時にこの国の皇帝になった。眼差しだけで相手を威圧し失神させるほどの恐ろしい魔力を持つ一方、その外見はあどけなく、まだ14、5歳の少年に見える。肩の上で自然と巻き毛になる柔らかな金髪、大きなくりっとした澄んだ青い目。まるで愛らしい天使のようにも見える金髪の皇帝と、孤高の宰相と呼ばれる黒髪のアルベルトが並んで立つ姿は、この国の一部貴婦人方に「天使と悪魔」と密かに呼ばれていた。
「ジュリアス陛下、お呼びですか」
「アルベルト、忙しいのに悪いね、ちょっと聞きたいことがあるんだー」
私とサクがゲストに挨拶をして回っていると突然ジュリアスに呼び出された。
天使の様だと称されるあどけない容貌に満面の笑みを浮かべ態とらしく幼い口調で話す。こういう時のジュリアスは要注意だ。私は陛下の後ろについて会場を抜け、人気のない長い回廊に出た。
「僕ね、君にプレゼントをあげたいって思ってたんだよね、ずっと」
「プレゼント?」
「だってさ、側近たちの中で一番忙しくて、しかも結婚してないのってアルベルトだけでしょ?気になってたんだ」
「好きでやってることだからお前が気にする事ではないといつも言ってるだろう」
「んーでもさ、ヴァンダイク卿にもよく言われるんだよねー。早く家督を譲りたいとか、孫の顔がみたいとか」
「あの狸、お前にまでそんな事を言ってたのか」
「ヴァンダイク家の当主になるのはお嫁さんがいないとだめなんでしょ?だから一番きれいなお嫁さんを見つけてあげたかったんだよね」
「・・・サハルとの縁談はお前の差し金か」
「うん。でもさ、失敗しちゃったみたい。ねえ、ちょっとバルコニーに行こうか」
ジュリアスと私は回廊を抜けてバルコニーに出ると、会場が見える窓に近づいた。
窓から会場の様子を見ると、サクの周りに人が集まっているのが見える。私には見せたことのない、打ち解けた顔をして楽しそうに笑っている。
「僕さ、もう半年ぐらい前から準備してたんだよね。大変だったんだよ?サハルとの交渉。サリーナ姫は王様に溺愛されてるし、上の皇太子も重度のシスコンって有名だし」
ジュリアスはくすくすと笑った。
「国内でも色々横入りが入って大変だったんだ。ヴァンダイク家のお庭番もうるさいしさ。すっごく苦労して根回しして、後はこの舞踏会で婚約披露だけだと思ってたのに」
そういうとジュリアスは私の方を向いて妖艶な笑みを浮かべた。青い双眸が光り重い威圧感を感じる。
「土壇場でひっくり返されちゃった」
「ジュリアス?」
「今日のゲストに追加があったのは知ってるよね。サリーナ王女の婚約者とそのご友人だそうだ。君の婚約者のそばにいる人達だよ」
私が窓からサクを見ると、白い服を着た金髪の男がちょうどサクに抱きついたところだった。思わず眉間に皺を寄せると、ジュリアスは何か面白い物を見たとでもいうように眉を上げ、またくすくすと笑った。
「王女の婚約者が大したことないやつだったら奪っちゃおうと思ったんだけど、流石に勇者様には敵わないよねー」
「勇者?例の炎の魔剣の勇者か」
「うん、炎の魔剣を使う赤い疾風の勇者、ショータ・ナカムラ、聖剣エクスカリバーを持つ騎士エリック・バーゼル、それから漆黒の魔術士、サクラ・ムラカミ」
「サク・・・」
「ねえ、知ってる?今まで漆黒の魔術士の情報って、名前以外は一切なかったんだよ。年齢不詳、性別不承、どんな魔術を使うかも一切不明。でも今日会ってなんかわかったよ。この僕の力をもってしても彼女から情報が引き出せない」
そういうとジュリアスは少し首をかしげ、上目使いで私を見上げた。
「アルベルト、僕、あの子欲しくなっちゃった。大事にするから・・・僕にちょうだい?」
「お前、私にそういうあざといポーズは効かないの知ってるだろう。気味悪いだけだぞ。・・・それにサクはやらん。私のものだ」
「あはは、わかってたけどね。あの指輪、ヴァンダイクハートでしょ?ずいぶん気に入ったんだね」
「・・・まあな」
「じゃあ僕からアルベルトにとっておきのプレゼントをあげるね。あの白い服を着てる金髪碧眼の男がエリック・バーゼル、バーゼルの第2王子だよ。あいつ、あの子の事もうずっと前から狙ってるんだって。バーゼルの王太子が結婚したのって去年だっけ?そろそろ第2王子の番・・・」
「そろそろ会場に戻る」
途中で話を切り上げて歩き出した私は、後ろでジュリアスが不敵な笑みを浮かべて何か呟いているのを知らなかった。
「・・・アルベルト、チェックメイトだよ?」




