幕前 サクside
私の名前は村上桜。10年前に日本からこの世界にやってきた。
異世界からこの世界にやってくる人間は客人と呼ばれ、どうやら一定数この世界に存在しているらしい。当時28歳のOLだった私はこちらの世界に来て16歳の女の子になった。
保護者のいない若い女の子がこの世界に馴染むのは相当大変だった。まずこちらの世界には電気がない。電力の代わりになるものが魔力だ。幸い私はMPが多く魔法を使うのに不自由しなかったからよかったものの、これがMPゼロで魔法が使えない人間だったら一体どうなっていたんだろう。想像するのも恐ろしい。
魔法が使えるおかげで冒険者ギルドに登録できて、まがりなりにも魔法使いとして自活できるようになった頃、私に転機が訪れる。
ある日私はギルドで客人の二人組に出会う。現役高校生だった中村翔太とエンジニアだったエリック・ミラー。
今から8年前、翔太とエリックと私は3人でパーティを組み、この世界を救った。
そして世界を救った後私達は途方にくれる。心の何処かで世界を救えば元の世界に戻れるのではと思っていたから。そしてその拠り所が打ち砕かれた後、私達はパーティを解散した。
あんなに頑張って勉強していい大学に入ったのに。
第一希望の会社に入社したのに。
念願の秘書室に入れた時はどれだけ嬉しかったか。
あともう少しで役職が付くはずだったのに。
その直前で私は何もかも放り出してこちらに来てしまった。家族も、仕事も、ーーーそして恋人も。
ある程度大人になってからトリップしてきた私は知識や経験があって恵まれてたなと思う反面、10代だったらもっと思い切りよく飛び込めたのかなとも思った。日本に帰ることはすっかり諦めたものの、もう何にも心を動かされることはないと思っていた。
昨日のアルベルト様からのお食事のお誘いは結局実現しなかった。
でも残念な反面、仕事が忙しいと終わった後のデートとかありえないよねー、ドタキャンあるある、とかOL時代を思い出して懐かしくてニヤニヤしてましたよ、私。
そして今日昼前にアルベルト様のお屋敷に着いた私は、文字通り一皮剥けるほどメイドさん達にお風呂で磨かれ、用意してもらったドレスを着せてもらった。
アルベルト様の瞳に合わせた濃いアメジスト色のドレスは私の体に合わせたマーメイドライン。
こちら世界のデビュッタントは16歳。現在26歳の私は随分塔の立った大人(笑)なので、ここは少し色気のあるデザインのドレスを選ばせてもらった。大胆に開いた胸元に上質な黒のレースをたっぷりあしらって、ダイヤに囲まれた大粒のアメジストのネックレス。
髪はトップに逆毛を立ててから緩く編み込み、あえて少し崩してからサイドに流して左肩から胸元に。
メイクは自分で仕上げて、控えめなセクシー系にしてみた。デカ目アイラインもマスカラも久しぶりにたっぷりつけて。ピンクのチークを頬にほんのりのせた後は、唇はグロスでぽってりうるうるに。
そして最後の仕上げに私は魔法で小さいアメジストの欠片をドレスと髪に散らすように着けてみた。これは魔法使いだけができる特権。
綺麗なドレスを着ただけなのに晩餐会を楽しみにしている自分に驚く。まあこんな機会はめったにないから仕事でも楽しまなくちゃだよね。
一人テンションが上がってニヤニヤ笑う私は馬車の中できっと不審人物だったに違いない。でもフーリッツさんはその柔らかな表情を崩すことなく私をアルベルト様の執務室まで連れて行ってくれた。さすがプロの執事さんです。
「アルベルト様、失礼します」
「通せ」
入室を許可する声が聞こえ内側からドアをが開かれる。フーリッツさんの肩越しに見える執務室は広く、帝国の旗が掲げられた壁の前に入口が見える向きで大きな机が置かれ、そこにアルベルト様が座っていた。
「お時間になりましたのでサク・ラー様をお連れいたしました」
「え、あの・・・サク・ラー様?」
ふとドアの横を見ると驚いた顔で昨日の失礼な銀縁眼鏡が立っている。
「あら、銀縁眼鏡さん、ごきげんよう」
どうだとばかりに私がふふんと笑うとアルベルト様の笑う声が聞こえた。
「ごきげんよう、アルベルト様。だって私こちらの方のお名前を存じ上げませんの。仕方ないでしょう?」
「よく来たな、サク。それは私の第一秘書のアレンだ。何か失礼があったなら許してやってくれ。それから昨夜はすまなかった。仕事が立て込んで連絡が遅くなった」
「いいえ、お仕事ですもの、気にしておりません」
「そうか、だがお詫びの印にこれを受け取ってほしい」
そう言うとアルベルト様は私の前に来て花束を差し出した。
大好きな薄いピンクと白のピオニーの花束はまるでブーケみたいに見える。はらはらとすぐに散ってしまうこの花は、日本にいた時から私の大好きなお花。昨日私の好みを聞いてくれて、忙しい中わざわざ用意してくれた。普通だったらこんな怪しい魔法使いの小娘、もっと横柄にあしらわれるよね。きっとアルベルト様は外見だけでなく中身もイケメンに違いない。
「お花をいただくなんて・・・嬉しいです。ありがとう」
「それから今日はこの指輪をつけていてほしい。・・・我が婚約者殿」
そういうとアルベルト様は私の左手薬指にそっと指輪をはめてくれた。大粒のハート形にカットされたダイヤをいくつもの小さなダイヤが取り巻くデザイン。かつての私が心の底から欲しかった指輪・・・まさかこの世界で、しかもこんな形で願いが叶うとは思わなかった。ああ、なんだか涙が出そう。
「・・・お芝居だと分かっていても嬉しいものですね。とても綺麗です。傷つけないよう気を付けますね」
「何かあったらサクに責任を取ってもらうとしよう」
「あら怖い!大変だわ」
「とても良くお似合いですよ、サク様。せっかくなのでそのお花をお髪に付けてはいかがでしょう。ドレスにも合うと思いますよ」
「まあ、ありがとう。お願いできますか?」
にこにこしてるフーリッツさんはまるで結婚式の介添え人みたい。それを見ていたアルベルト様が笑いながらピオニーを1本取り、そっと私の左耳の上に差してくれた。
「・・・とても綺麗だ、サク」
「・・・ありがとうございます。あの、よければこれを・・・」
私も真似をしてピオニーを一本取ると、アルベルト様の胸のポケットに差し込んだ。花嫁にブーケ、花婿の胸にブーケトニア。これはきっと元いた世界だけの、今ここでは間違いなく私だけが知っている風習。これくらい役得があってもいいよね。
私がそっと見上げるとそこには優しく笑うアルベルト様がいた。
「では行こうか、サク」
「はい」
そう言って差し出された腕に私はそっと自分の腕を絡める。これは私だけが知っている、私の自己満足のための舞台。




