幕前 アルベルトside
昨夜は結局彼女と会うことはなかった。
晩餐会前日になって急遽ゲストが予定より増え、警備を含む諸々の手配で執務室は殺気立った忙しさに包まれた。おかげで私が帰宅したのは深夜日付が変わってからだった。朝も慌しくただしく城へ行く前のわずかな時間にフーリッツと打ち合わせをする。
「本日夕刻になりましたらサク・ラー嬢とお城まで参ります。執務室に直接お連れしてよろしいのですか。それとも応接室にいたしましょうか」
「生憎だが時間がない。執務室まで直接連れて来てほしい。それと彼女の指輪と花を・・・」
「はい、指輪はこちらにご用意してございます。」
「これは・・・」
フーリッツが恭しく差し出したのは我がヴァンダイク家に代々伝わる指輪だった。
「お前がこの指輪を用意するとは思わなかった」
「王族方の前でお着けになるのでしたらやはりこちらでないと」
「そうか、わかった」
「あとこちらを馬車の中でお読みください」
フーリッツ差し出した小さな紙片を受け取ると私は馬車に乗った。
ーーー赤い旋風入国情報あり。
8年前世界を救った勇者のパーティ。確か炎の魔剣を持つ勇者、聖剣を持つ純白の騎士、漆黒の魔術士の3人組みだったか。そんな大物がこのタイミングで入国したとなると狙いはこの晩餐会なのか。一体何の目的がーーー。思わぬ厄介事の予感に私は頭を振り、手の中の紙を握りつぶした。
「アルベルト様、失礼します」
「通せ」
夕方晩餐会直線まで忙殺されていた私はフーリッツの声に顔を上げた。アレンがドアが開けるとそこに立っていたのは彼に伴われたサク・ラー嬢だった。
「お時間になりましたのでサク・ラー様をお連れいたしました」
フーリッツの後ろから現れた彼女は昨日とうってかわって艶やかな装いだった。
私の瞳の色に合わせたのか、紫色のドレスは彼女の細くしなやかな肢体を強調し、結い上げた美しい黒髪がお辞儀に合わせて優雅に流れ落ちる。---なんとも男心をそそるものがある。アレンがドアの横で息をのむのがわかった。
「え、あの・・・サク・ラー様?」
「あら、銀縁眼鏡さん、ごきげんよう」
アレンの問いかけに彼女は振り向くとにこやかに笑った。私が思わず吹き出すと、彼女は私の方に向き直り、まるで悪戯が見つかった子供のような顔で微笑んだ。
「ごきげんよう、アルベルト様。だって私こちらの方のお名前を存じ上げませんの。仕方ないでしょう?」
「よく来たな、サク。それは私の第一秘書のアレンだ。何か失礼があったなら許してやってくれ。それと昨夜はすまなかった。仕事が立て込んで連絡が遅くなった」
「いいえ、お仕事ですもの、気にしておりません」
「そうか、だがお詫びの印にこれを受け取ってほしい」
そう言って私はフーリッツから指輪と花束を受け取ると、彼女の前まで行って渡す。昨日好きだと言っていたピオニーの花束。彼女は嬉しそうに微笑んで受け取ると白い指でそっと花を撫でた。
「お花をいただくなんて・・・嬉しいです。ありがとう」
「それから今日はこの指輪をつけていてほしい。・・・我が婚約者殿」
私は彼女の左手を取ると、そっと薬指に指輪をはめた。代々我が家に伝わるダイヤモンドの婚約指輪。大粒のハート形にカットされたダイヤをいくつもの小さなダイヤが取り巻くデザインは、彼女の細い指の上でその存在を主張している。彼女は頬を赤くして指輪を見つめると少し上に翳し、ほっとため息をついた。
「・・・お芝居だと分かっていても嬉しいものですね。とても綺麗です。傷つけないよう気を付けますね」
「何かあったらサクに責任を取ってもらうとしよう」
「あら怖い!それは大変だわ」
「とても良くお似合いですよ、サク様。せっかくなのでそのお花をお髪に付けてはいかがでしょう。ドレスにも合うと思いますよ」
「まあ、ありがとう。お願いできますか?」
我々のやりとりを見ていたフーリッツが満面の笑みで提案すると、彼女は嬉しそうに頷く。花を取ろうとするフーリッツに首を振ると私がかわりに受け取り、花束から一本ピオニーを抜いて彼女の左耳の上にそっと差した。
「・・・とても綺麗だ、サク」
「・・・ありがとうございます。あの、よければこれを・・・」
そう言うとサクは同じようにピオニーを一本取ると、今度は私の胸のポケットに差した。おずおずと私を見上げるサクの瞳は潤み、頰が上気している。・・・ここが執務室でなければこのまま唇を貪ってやるのに。
「では行こうか、サク」
「はい」
そう言って私が腕を差し出すとサクはそっと自分の腕を絡めてきた。さあ、舞台の幕上げだ。




