最終話 新しい契約
「・・・んっ・・・も・・・だめ・・・」
昨夜はサクに無理をさせ過ぎてしまったようだ。もう日は高くなったが彼女はまだ私の隣で丸くなって寝ている。
シーツの上に広がる豊かな黒髪を掬い撫でてやると、どんな夢を見ているのか随分可愛いことを言って彼女は寝返りをうった。お互いがまるで薬に犯されたような痴態を繰り広げた一晩を経ても、私のサクに対する熱は収まることはない。起きたらまた可愛がってやろうかそれとも・・・。そんな事を考えながら彼女の髪を撫でていると控えめにノックする音が聞こえた。
「アルベルト様、失礼します」
「・・・フーリッツか、そこで待っていろ」
わざと時間をかけてやって嫌々ドアまで行くと、軽食のワゴンを押したフーリッツにメモを渡された。こんな時まで仕事をさせる気かと睨むが、何時もの鉄面皮が崩れることはない。仕方なくメモを読むとそこには「次の依頼」と書いてあった。
「・・・どういう意味だ?」
「サク様に正式にプロポーズされましたか?今までのご令嬢とサク様では違います。恐らく今回の一連の出来事も全て仕事と割り切っておられるはずです。このご婚約を本物にしたいならサク様の欲しがっている物を差し上げるのが一番でしょう」
「サクが欲しがっている物?」
「それはご自身でお考えください、アルベルト様」
サクの欲しい物は分からないが、私が欲しい物は決まっている。
私はサクが欲しい。会話する時の従順なサクも悪戯っ子の様に微笑むサクもベッドで貪欲に私を飲み込むサクもその全てが欲しい。となると私がすべきことは単純で明確だ。
「フーリッツ、例の書類を用意しろ」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
フーリッツは何時ものように慇懃に礼をするとワゴンを私の手に押し付けて去って行った。
***
朝起きたら自分の横ににっこり微笑む好みのイケメンがいたとして、あなたはそれを眼福と思いますか?それとも朝から心臓に悪いと思いますか?---私は間違いなく後者のタイプです。
昨日はキスでとろとろにされて、いつの間にかに馬車に乗ってて、気が付いたらアルベルト様のお屋敷でした。
そして今は爽やかな朝の光の中、私の隣には色気たっぷりで微笑みながら私の髪を優しく梳くアルベルト様がいます。これっていわゆる朝チュンですよね・・・はい。
「・・・サク、まだ寝てていいんだぞ。それとも起きて何か食べるか?」
「あの・・・」
喋ろうとして自分の声が随分擦れてることに気が付く。こほんと軽く喉の調子を直そうとすると、アルベルト様はさりげなく水の入ったグラスを私の前に差し出した。
とりあえず胸が見えないようシーツで隠し身体を起こしてからこくんと水を飲む。その様子を見たアルベルト様は私の肩にガウンを掛けると私の手からグラスを取り、残った水を飲みほした。・・・甘い。朝からなんて甘いんだ。
昨夜はお酒を飲み過ぎた訳ではなく、お互い全くの素面だった。いい大人が二人合意の上でベッドを共にしたんだから、何ら疾しいことはない・・・んだけど、私的には超恥ずかしくって居たたまれない。直ぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。うえーん。
「あの、アルベルト様、私・・・」
「アルベルト、だ。様はいらない。」
「ア、アルベルト、私、えーっと・・・そろそろお暇しようかと・・・」
「うん?今日は他に予定を入れてないんだろう?サクはベッドでゆっくりしていればいい」
「ええっと、そうなんだけど・・・一度家に戻って色々準備というか、もう帰りたいっていうか・・・」
「必要なものがあればフーリッツに手配させるから何も心配はいらない。今日サクがするべきことは私の隣にいる事と、結婚式の打ち合わせだ」
「・・・」
落ち着こう、私。今何か聞こえたような気がするけど、それはきっと幻覚だ。私の願望が引き起こした妄想だ。というか裸のままベッドでアルベルト様の前にいるととんでもないことをやらかしそうだ。とりあえず私は一人になって落ち着きたい。そんなことをもんもんと考えている私をアルベルト様は穏やかな眼差しで見つめている。
「それからサク、この書類にサインを」
そう言って手渡されたのは所謂婚姻届。日本だと本籍地もしくは居住地で提出ですよねーとか24時間受付中?とか考えてしまった私は頭の中が完全にキャパオーバーした模様です。
そんな私の内なる心を知ってか知らずかアルベルト様は優しく私の頭を撫で、そして呆然と書類を見ている私の頭のてっぺんに軽くキスをしてくれた。
「んっ・・・あ、の・・・こ、これは?」
「うん?知らないのか?これは婚姻届だ。サクとの契約は今日までだろう?だからこれは新しい契約だ。手付金はあの指輪で契約期間はどちらかが死ぬまでだ。---大切にする。サクラ、どうか私と結婚してほしい」
そう言ってアルベルト様は私の肩を抱き顎に手を添えるとそっと上を向かせる。流れる黒髪にアメジストの瞳。きっと普段はめったに笑わないはずの唇には甘い甘い笑みが浮かんでいる。
「愛しているよ、サクラ」
この世界に来て冷静沈着とか落ち着いてるとよく言われるけど、それは本当は違うことを自分自身は知っている。
単に冷めていたのだ。何にも熱中することができなかったのだ。
夢もやりがいも見つけられず、とりあえず日常生活を淡々のこなすだけだった私。日本にいた時の自分と比較して全ての事に退屈していた。
でもこの3日間は違った。毎日が楽しくてどきどきした。新しい人との出会い、ドレスを着せてもらって舞踏会へ。旧友との再会。ーーーそしてアルベルト。
あの日玄関で初めて挨拶をした時、間違いなく私は恋に落ちた。ほんの数分会話して手を触られただけで欲情した私は、アルベルトの前で平静を保っていただろうか。
黒い髪に神秘的でどこか懐かしさを感じたアメジストの瞳。そしていかにも仕事のできるクールな上司といった理知的な表情と綺麗な仕草。
こんな理想ど真ん中のイケメンにベッドの中で愛を囁かれたら私はもう逃げられない。そして逃がしたくない。
「・・・アルベルト、私も・・・愛してます。・・・この契約の破棄は出来ないけど・・・いいの?」
私はそう言って、今度は自分から両手を伸ばしアルベルトの首に絡める。
そして満面の笑みで頷く彼の唇を引き寄せ、今度は私から熱を帯びたキスをした。
サクとアルベルトのお話はこれでお終いです。
本当はこの最終話の前に1話か2話あるのですが・・・
どうやっても18禁になってしまうので迷っていたら更新が空いてしまいました。申し訳ありません。
このあと本編で書き切れなかった登場人物のお話をオムニバスでまとめてみます。
あとほんの少しだけお付き合いください。




