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episode5『Awakening』

大切な思い出、大切な約束


無くした時に初めて気づく


それらが積み重なって自己を形成していることに


例え無くしたことに気づかなくても、心にぽっかりと空いた穴はだんだんと自分を苦しめていく……

「まったく、手間をかけさせやがって……」


 兵士長は麻酔銃で眠っているケイの後ろ髪を掴んで無理矢理持ち上げた。


「こいつはトラックに放り込んどけ」


「他はどうします? あのシェルターは壊せそうですが」


「そのは必要ない。これで十分だ。総員、引き上げるぞ!」


 兵士達はケイを担ぎあげると適当に荷台に投げ入れ、自分達もそこに乗り込んだ。


 ケイも確かに奮闘はした。


 隙をついて二人の兵士を捩じ伏せて一度は兵士長まで接近することに成功する。


 しかし兵士の数は予想以上に多く、麻酔銃の集中砲火を浴びる結果になった。


 麻酔を受けても立ち上がろうとするケイを兵士長が殴って黙らせるところまでシェルターの覗き穴から見ていたミオリは、兵士達が去るまで外を見つめるとその場に座り込んだ。


「ケイさんは?」


「連れていかれた……」


 わずかに肩を震わせながらシェルターの壁を力いっぱい殴りつけるミオリ。


 こういう場面になって初めて、自分達の無力さを知る。


 シェルターに逃げ込んだ人々は一様に肩を落とす。


 店はめちゃくちゃ、ケイがいなくなったことで人手も減った。


 復興がさらに難しくなる。


 その時だった。


 誰もが気落ちしている中、店に複数の足音が近づく。


「ナハト、住所に間違いはないのよね」


「確かにここになっています。ですがこれは……」


「もう少し早く出るべきだったかしらねぇ」


「き、きっと大丈夫ですよ! 椛も、この店の人達も!」


 椛の耳を聞き覚えのある声がくすぐる。


 約5日ぶりだが、はっきりとわかった。


「文様……文様!」


 シェルターの扉の開閉レバーを倒して回転させ、開いた隙間から抜け出ると文に飛びつく。


「椛!」


 とっさのことで驚いた文だったが、すぐに飛びついてきた椛を抱き寄せた。


「椛、会いたかったですよ! ああ、このしっぽのもふもふ感が恋しくて恋しくて」


「え、あちょっ、文様! どこを触っt……ひゃん!」


 素早く椛の背後に回った文は椛の尻尾を執拗に触る。


 その様子に警戒心を解いたのかシェルターにいた人は全員出て来た。


「ああ、くそっ! こいつぁひでぇ。当分の間は営業なんて出来ねぇぞ」


「パパ……」


「軍のやつらめ、店だけでなくケイをさらって行きやがるとはな」


 肩を落とすミオリとフェイス。


 横目でその様子を見ていた椛は文を押しのけて二人の元に近づいた。


「悪いなモミジちゃん、怪我はなかったか?」


「はい、でもケイさんが……」


「ケイのことなら大丈夫、と言いたいところだが多分戻って来ないだろう」


「ママも軍に連れていかれてから戻って来ない。多分ケイも無理よ」


「そんな……」


 うなだれる椛。


 この場で何が起きたかわかっていない文は周りの人達の様子を見て首を傾げるしか出来なかった。








「なるほど、私がいない間にそんなことがあったのですね」


 まだあまり荒らされていなかったケイの部屋で集まったこの家の住民と文達一行はお互いに今まで起きた出来事を報告しあっていた。


 文も本当なら人狩りに遭っていたはずなのだが、エアロライナーの到着が遅れたおかげで難を逃れたのだ。


「それにしても不可解なのがもう一つ、椛がこっちの世界に着いた日には既に私は到着していました」


「必然的にそういうことになりますね……」


 上の空なのか椛の反応が鈍い。


 突然の出来事でまだ動揺しているのだろう。


「アヤ、今はそっとしておいた方がいいんじゃないかしら?」


 ロッテは椛の反応を見て文の肩に手をおくと部屋の外に出た。


 この状況を見て椛の心境を悟ったようだ。


「マスター、情報の収集が完了しました」


 外でナハトがスーツの衿元を直しながら立っていた。


 その手には数枚のメモが握られている。


「報告してちょうだい」


「はい、国連軍管轄の132区画についての情報をアクセスポイントからネットワークに侵入して調べたのですが、いろいろと面白い情報が見つかりました。まずはこれを見てください」


「…………。これが開発責任者ね、まだ若いのに」


「アルイド・ガンツ上級研究大尉、34歳。異例のスピード昇格に加えてそのキレる頭、この階級に上り詰めてすぐに最先端施設である132区画に移籍、主に未知の領域の多い生体金属の研究をしています」


「生体金属?」


「とある研究衛星で作成されていた知能を持つ金属です。いわゆるオーバーテクノロジー、地球の技術をはるかに凌駕しているため研究が急がれています」


「もしかしてその研究用に人を? でも人数多過ぎるわね。今まで発覚しているだけで55人だっけ?」


「今日一人増えて56人、帰ってきた人はいません」


「…………。気の毒ね」


「民間人は軍相手では手が出ません。そういう点をみれば軍も卑怯な手を使うものだ」


「そうね……ところでカチューシャはどこに行ったの?」


「メイド長は闇市で情報を集めると言ってました」


「そっか……よっし、決めた!」


 ロッテは拳を打ち付けると唇を噛み締める。


 その目はまだ天高く昇っている太陽を見据えていた。








「今回の研究対象の身体測定結果はこちらの資料の通りです」


「ふむ、今回のモルモットは生きがいいようだ。視力、筋力、反射神経、その他も基準値を大きく超えているな。身体能力だけなら現状でもSAドライバーになれる」


 軍の研究所、アルイドは研究員から受け取ったバインダーを見て口元を緩ませる。


「よし、次の実験ではこの男を使おう。詳しい身体検査を頼む」


 それだけ言い残すとアルイドはバインダーを研究員に返して部屋から出た。


 ここに来て1年と少し、生体金属の研究は少しずつではあるが成果を見せつつある。


 今までまったく解析出来なかった金属だが、その全貌がだんだんと明らかになってきた。


 生体金属といえば最先端のパワードスーツにも使われた素材。


 完全なデータ化に成功すればさらなる昇格はもちろん、国連軍がもう二度と偉そうな態度を出来なくなる。


「愚かな連中だ。俺を隔離地域に突っ込んだつもりだろうがそうは問屋が卸さない」


 アルイドは確かに表向きには頭脳明晰な研究者であるが、その裏はかなりの野心家。


 その脳内には常に自分の収めるであろう成功へのビジョンしか浮かばない。


 ケイを実験台にしたこと、これをトリガーに自分が破滅するとも知らずに……。








「っく……」


 幻想郷、冥界。


 妖夢は刀を地面に突き立てて膝を折った。


 額から垂れる汗の量と全身の傷からかなり苦戦していることがわかる。


 一方戦っている相手の女性はまったくの無傷、しかも足跡が集中していることからまったく動いていないらしい。


「どうした、その二刀はただの飾りか?」


 刀をしまうと妖夢に近付きしゃがむ女性。


 妖夢はまだ荒れた息を正せずにいた。


「今日はここまでだな。剣というものは無理をすれば上達するというものではない。疲れは刃先を狂わせる」


「はい……」


「妖夢、確かにお前は剣の扱いに関してだけは心得ているようだが、基礎的な部分がまだ不完全だ」


「基礎的な部分?」


「気魄、技量、体力、判断力。二刀を扱うからにはそれらが通常の二倍は必要だと思え」


「…………っ」


 俯く妖夢。


 まだまだ半人前なのは自分でも理解はしていたつもりだったが、改めて見せ付けられるとやはりつらいものがある。


 女性はその様子を見てそっと妖夢の頭の上に手を置いた。


「私は何もお前を責めているわけじゃない。私はお前の将来性と伸び代を認めたからここにいる。私は自分が認めていない相手にはここまでしない」


「…………はい」


「じゃあいったん休もう。私も少し疲れたよ」


 女性は妖夢の手を掴んで引き上げると白玉楼へと戻る。


 その少し後ろを妖夢はとぼとぼとついて行った。


 白玉楼周辺の桜は今日も満開、灯籠の光が舞い散る花びらを照らして幻想的な景色を見せている。


 二人が白玉楼の門を開けて中に入ると、そこでは珍しく幽々子自らが箒を持って掃除していた。


「ゆ、幽々子様! 私がやりますから!」


「いいのよこれぐらい。疲れてるだろうし、妖夢は部屋で休んでなさいな」


「ですが!」


「じゃあ私が代わりにやろう。妖夢よりは疲れてn……」


「貴女も休んでなさい。白玉楼の管理者として命令しま~す!」


「幽々子様……なんでそんなに今日はアクティブなんですか」


「ふっふーん、妖夢が過労死しても大丈夫なように今からちょっとずつやっていこうかなと思ってね」


「本音は?」


「気分で」


「ですよねー」


 鍛練でふらふらなのと幽々子とのやりとりに疲れたのか、妖夢は縁側に寝転がるとすぐに寝てしまった。


「ふふふ、これだから妖夢をからかうのは楽しいのよね」


 しばらく妖夢の寝顔を観察して幽々子は掃除に戻る。


 女性も腰の刀を縁側に立てかけて伸びを一つ。


「妖夢はけっこうな苦労人なんだ。少しはいたわってやらないとだぞ?」


「だからこうして妖夢の代わり掃除してるんじゃない」


「なるほど」


「自分の使用人よ? 私が把握してないとでも?」


 女性の顔を覗き込んでにやける幽々子。


 人は見た目ではわからないとよく言うが、それはまさに彼女を指している。


 普段から多少気の抜けた感じなのに誰よりも周りの状況を正確に把握している感じだ。


「まったく、つかみどころのない人だ」


「人じゃなくて亡霊なんだけどね~」


「確かに」


 妖夢を起こさないように静かに笑いあう二人。


「ところであの子と……妖夢と一緒に鍛練してみてどうかしら?」


「え?」


 いきなりの質問に戸惑う女性。


 幽々子の表情は真剣だ。


「新しい発見もあるしとても有意義よ。めきめき腕を上げていく妖夢を見ているのも楽しいしね」


「そう、それはよかった」


「幽々子にも感謝はしている。私みたいなよそ者を住まわせてくれてるし、私も恩義には報いないと」


「あら、でもそれはどっちの貴女が言わせてるのかしら。桜火零稀としてのあなた? それとも……」


 いたずらな笑みを浮かべる幽々子。


 だが目だけは笑っていない、じっと女性を見据える。


「それとも、博麗霊稀としてのあなたかしら?」


 女性、霊稀は汗で濡れた前髪をかきあげて後ろ髪を紐で縛り上げる。


「『恩には二倍の恩で、仇には二倍の仇で返せ』ある人から教わった言葉。これはどんな時でも変わらないわ」


「あら、真面目ね」


「普通だ」



 今日も白玉楼には薄桃色の花びらが降る。


 桜吹雪の中、霊稀は何もない虚空を見上げて静かに佇んでいた。








「え! 助けに行ってくれるんですか!」


「Of course!(もちろん!) アヤのフレンドは私のフレンド、困っている人には親切にしたくなる質でね」


 日も傾き始めた132区画。


 ロッテは喫茶店の住人達を前にケイの救出を宣言した。


「無理だ! あそこは軍の最重要機関だぞ? 警備は厳重なんてレベルをはるかに超えてる」


「大丈夫、私の手勢を甘くみないでほしいわ」


「若いボディーガードとメイドが一人だぞ? 甘く見るなという方が無理がある」


 案の定真っ先に反対したのはフェイスだ。


 机を思い切り叩いて立ち上がる。


「ボディーガードは伝説とまで呼ばれているアンダーグラウンドきっての死神傭兵、メイドは狂戦士の名で敵味方双方から恐れられた軍のワンマンアタッカー、これでも甘く見れる?」


 紹介されて始めて二人の気魄に気付き、驚いた表情のフェイス。


 事実ナハトとエカチェリーナの二人がいれば軍の一個分隊や二個分隊程度あっさり片付けてしまう。


 それはナハトが伝説と言われる由縁になった事件で実証済みだ。


「獲物は何を持っている」


 フェイスは重々しく口を開く。


 ナハトは背中、腰に背負う刀と腿に固定してあるナイフを、エカチェリーナはスカートとエプロンの中から大量に隠していた武器を机にぶちまけた。


 エカチェリーナはさらに両袖から二丁の大型リボルバー、バレトに注文していたあの拳銃を取り出す。


「これで満足かしら?」


 満面の笑みでフェイスに詰め寄るエカチェリーナ。


 一応笑顔なんだがその目はまさに血に飢えた狂戦士、といった印象だった。


「わかった。だが二人だけというのはあまりに危険だ、俺の部下を護衛に付けよう。君達に比べればまだまだかもしれないがかなりの場数を踏んでいる」


「足手まといよ」


「いや、メイド長。今回攻める軍の施設はとてつもない物量だった、味方が一人でも多くなるのはありがたい」


 さっきからずっと黙って聞いていたナハトが声をかけた。


 その手には軍の基地を写したと思われる写真を見せる。


 警備員の数は写真に写っているだけでも50人は下らない。


「俺達はこの街の人間じゃない、思わぬ抜け道があるかもしれないし手数が多いに超したことはない。ここはついて来てもらおう」


「だったら私も行きます!」


「え?」


 いきなり手を挙げる椛にその場にいる誰もが注目する。


 隣に立っていた文もありえないといった表情で椛を見た。


「私だって戦闘に関してなら人間以上にこなしているし、手数は多い方がいいんでしょ?」


「モミジ、ナハトがさっき言った通り危険よ」


 制止するロッテ。


 しかしそれでも椛は行く気まんまんのようだ。


「哨戒天狗を甘く見ないで下さい! それに出来ることは戦闘だけじゃない、私の能力は千里眼、きっと役に立ちます!」


「椛、なんでそこまで?」


「文様、私は彼に助けられたおかげでここにいます。でも彼に私はまだ何もしてあげられてない! 恩を仇で返すような真似は誰がなんと言ってもしたくない!」


「椛……」


「なら、私が許可するわ」


 誰もいないはずの廊下から誰かの声がする。


 文と椛にとっては聞き慣れた声だ。


 声の主はドアを開けて部屋に入ると、音を立てて扇を閉じ椛を見据えた。


「八雲……紫……」


「ただし条件が一つ、こちらの時間で午後9時までには片付けなさい。その時間を超えると幻想郷には帰れなくなる」


「はい!」








「……………」


 水の滴る音がする。


 だが頭でわかっていても麻酔弾を大量に撃ち込まれた身体では身体を起こすどころか目を覚ますことすら出来ない。


「………ぐ……」


 だんだんとぼやけていた意識が覚醒していく。


 音や臭い、自分が転がっている場所の質感などから情報を探る。


 やがて指先が動くようになり、次々に身体が自由になってきた。


「…………あぁ……ちっくしょう……」


 ここは研究所地下の牢の中、他の牢には軍に捕まり実験用のモルモットにされていた人達もいる。


「よお、あんちゃん。目は覚めたけぇ」


 正面の牢に閉じ込められている中年の男が格子を叩きながら声をかけてきた。


 まだ違和感はあるが動けないわけじゃない。


 ケイは全身に力を込めるとゆっくり起き上がる。


「ああ、頭が割れそうだ」


「やつらに盾突いたらこうなる。いい勉強になったなあんちゃん」


「まったくだ」


 牢の中は割と普通の生活環境が整っていた。


 刑務所の牢なんかと違い、敷物が敷いてある上にトイレやシャワー、冷蔵庫まで完備されている。


 ただし冷蔵庫の中は当然空だし、抜け出せそうな個所もない。


(ちょいと豪華になってはいるが、牢屋であることには変わりない。それに……)


 ケイは腕に嵌められた輪に視線を落とす。


 電磁手錠、古典的な手錠に比べてはるかにやっかいな代物だ。


(電磁手錠は自力では外せない……今は通電してないけど、多分移動の時なんかは間違いなく固定するはずだ)


「おーいあんちゃん? どうかしたけぇ」


 はっと我に帰って男の方を向く。


 男は通路を挟んで反対側の牢に入れられている。


「あんちゃん、ここから逃げるなんてのは諦めた方がいい。考えるだけ無駄やて」


「無駄かどうかはやってみなきゃわからないもんだぜオッサン。少なくとも俺は諦めない」


「いいかあんちゃん、ここはな。人の入れ替わりが最も多い牢や。それが何を意味するかわかるか?」


「一番過酷な実験施設、死んでいなくなる確率が高いから人の入れ替わりが激しい。違うか?」


「そうだ。だから生きて出られるとは思わない方がいい。静かに死を受け入れるんだ」


「くどいぜオッサン」


 ケイは力一杯牢の格子を力一杯蹴っ飛ばす。


「俺はな、鼻から諦めるようなやつが大っ嫌いなんだ。もう二度と俺に話し掛けるな!」


 男はケイの剣幕に押されて尻餅をついた。


 これで思考の邪魔をする者はいない。


 これだけ牢屋の中に物が揃っているんだ、脱出する手だてはいくらでも考えつきそうなものだ。


(さて、どうやって攻略するかな。厳しいぞ?)


 さすがに店の制服では持ち物はたかが知れている。


 所持品はボールペン、伝票の予備とそして。


「これか……」


 闇市で会った男に渡されたスペルカードなる物。


『桔梗、記憶が戻ったらそれが必要になるかもしれない。使い方はそこの白狼天狗がよく知っているはずだ』


 あの男はそう言っていた。


(異世界のカードのはずだが……俺でも扱えるのか?)


 とにかく今は関係ない。


「おい! 出ろ」


 後ろからまた声をかけられる。


 だが今度は向かいの男じゃなかった。


(ここの看守か)


 看守はパワードスーツ開発の副産物である強化スーツで守られている。


 倒して逃げることは出来ない。


(今は従うしかないな)









「異変に関しては以上よ。恐らく暗夜天は前回と違った手法をとってるわ」


「ってことは紫、被害がどれぐらい出るかはまったくの不明なんだな?」


 桔梗のツリーハウスにて、霊夢、魔理沙、紫の三人は今起きている異変について話し合っていた。


「紫の家で見たあの資料、あれが本当の話なら今度こそ確実に幻想郷は吹き飛ぶかもね」


「吹き飛ばれちゃ困る!」


「こっちも困る」


 魔理沙は話を聞いてかなり取り乱しているようだが、ある程度話を聞いていた霊夢は冷静だ。


 最悪幻想郷が滅ぶようなことがあれば、昔賢者達が目指した妖怪と人間の共存出来る世界がこの世から消え去ることになる。


 賢者の一人である紫はこの事態をかなり重く見ていた。


 黄龍はまだ起きない。


 前は暗夜天の攻撃に合わせて黄龍が幻想郷に力を注いでいたから破壊は免れたものの、今回は守りきれないかもしれない。


「その黄龍ってのをたたき起こすとかは?」


「魔理沙、それが出来たらこんな苦労はしないの」


 紫は呆れたような表情で首を振った。


「でも勝算がないわけじゃないんでしょ?」


 霊夢の一言に紫は頷く。


「スペルカードの制度が出来てから、あの時に比べて戦力は増えたわ。でも……問題が一つ」


「弾幕ごっこに死人は出ない。でも今度の戦いは……」


「負けはすなわち死を意味する。もしかしたら犠牲者が出るかもしれない。ってことか? ま、当然っちゃあ当然のことだぜ」


「魔理沙、あなたに命を捨てる覚悟はある?」


「…………。」


 黙り込む魔理沙。


 妖怪でもなければ神でも巫女でもない。


 魔理沙は普通の魔法使いの人間、まだ魔女としての力は持ってないから死ねばそれで終わり。


 命を捨てる覚悟は家を出た時に一度した。


 人里を離れて一人前の魔法使いになることは、いつ妖怪に襲われ、食べられるかわからないということの裏返しだ。


 でも今回の覚悟とは意味が違う。


「魔理沙、もし覚悟がないならこの異変からは手を引いて。これは異変であって異変じゃないのよ」


 紫の言葉が刺さる。


 弾幕ごっこじゃない戦いを経験したことがない魔理沙にとって痛い一言だった。


「魔理沙……」


 霊夢は俯いて震える魔理沙の背中に手を置く。


 自然にこぼれる涙。


 暗夜天が怖いわけじゃない。


 知らず知らずのうちに弾幕ごっこという枠の中にすっぽりと収まり、命のやり取りから目を背けていた自分が腹立たしいのだ。


「暗夜天はもうすぐ来る。戦いの前に改めて同じ質問をさせてもらうわ」


 一人立ち上がる紫。


 幻想郷の戦力はかき集めればなんとかなる。


 だがもう一人、この異変で鍵になる男はまだ自分が誰かすら思い出せていない。


(あとは桔梗、あなた次第ね)


 紫はスキマを開くと、一度だけ魔理沙の方を振り返ってスキマの中に消えた。


 行き先は未来の外の世界。


 そしてそこで、紫はある事実を知ることになるのだった。





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