episode6『Don't say goodbye』
またいつか会えるから
だったら私は待ってみる
いくら新しい出会いがあっても、過去の思い出を忘れ去ることは出来ない
それがインパクトのあるものならなおさらね
懐神街11
「いよいよこの時が来た! 今まで俺達を圧迫してきた軍に一矢報いる時だ」
フェイスは集まった男達に向かって訓示を叫ぶ。
元国連軍の兵士だったフェイスの直属の部下達、フェイスが手数を増やすためにと呼んだ人達だ。
その様子を見ていたエカチェリーナはため息をつくと、壁にもたれ掛かって待機しているナハトの隣に立った。
「まったく、これだから嫌なんだよ軍人ってのは。反吐が出る」
普段のエカチェリーナとは打って変わった荒い口調。
ナハトは聞いてはいるようだが反応しない。
「ま、武器を調達する手間が省けたと思えば安いものかな」
エカチェリーナの両手にはレーザーライフルがしっかりと握られている。
フェイスが床下の食糧庫に隠していた武器だ。
「確かに軍人と一緒に動くというのは抵抗がある」
ようやく口を開いたナハト。
その目は出撃に向けて準備を進める兵士達を静かに見据えていた。
「だがここには近衛メイド隊は呼べない。動きの堅い軍人は弾避け程度に見ておけばいい」
「あら、あなた意外にもゲスいこと言うのね」
「傭兵は誰ともつるまない。そういうことだ。それよりも心配なのが二人……」
ナハトの視線は軍人達から椛、文、紫の三人に向けられる。
結局文も付いていくことになり、二人も突入の準備をしているところだ。
「で? 紫さん。聞きたいことはたくさんありますけどまず一つ、なんでそんなにケイという青年にこだわるのです?」
「それは……今は必要だからとしか言えないわ」
フェイスから銃の扱い方を聞きながら文は紫を問い詰める。
しかし紫の答えは『今は言えない』の一点張り、とても文の満足するような解答が帰ってくるとは思えない。
「もしかしてそれって……マフラーの男の渡してきたスペルカードが何か関係してませんか?」
紫の顔が凍りつく。
「今、なんて?」
「いや、ケイさんに渡されたスペルカードに……」
「スペルの名称は!」
「え、ええぇ……」
突然の紫の剣幕に驚く椛。
必死に記憶の糸を手繰り寄せる。
「えと、確かなんとかかんとかの剣、剣に関するスペルってことは覚えてるんですけど正確な名前が出てこないです」
「信頼と覇道の剣ね」
「それ、それです! ああスッキリした」
それを聞いて文もまた頭をひねる。
(信頼と覇道の剣、聞いたことがあります。確か今は失われた神器の一つで、自分の認めた者にしかその身を委ねない剣だとか)
やがて文の思考はある結論を導き出すのだが、椛に肩を叩かれて我に返る。
どうやら出発の時間らしい。
文と椛は銃を固定してある紐を縛り直して移動用の車に乗り込んだ。
「出力固定、精神安定率も良好。拒絶反応は検体、機器のどちらも見られません」
軍の研究施設、ケイはまた麻酔で眠らされて機械に繋がれていた。
またたく意識の中、せわしなく動き回る研究員の足音が何重にもエコーがかかって聞こえる。
「よし、試料103番をセットするんだ。これより実験を開始する」
機械に大きな生体金属の試料が繋がれ、それと同時にケイは首に鋭い痛みを感じた。
だが痛みは麻酔の効果で中和され、やがて何も感じなくなる。
深い眠りに落ちていく感覚。
ケイは前にも似たような感覚を体験したことがあるような気がしていた。
だが思いだそうとしても思い出せない。
麻酔の睡魔が思い出すのをしきりに邪魔してくる。
結局、あと少しというところでケイの意識は途切れた。
「生体金属の同調を確認」
「よし、そのまま続けろ。麻酔はあとどれぐらい持つ?」
「最大で1時間といったところですね。ですが次の麻酔薬の投与はもう少し待った方がよろしいかと」
「なぜだ?」
「せっかくの良検体です。長持ちさせないともったいないですから」
「なるほど、それもそうだな。では103番のデータが取れ次第すぐ次の試料データを取る」
アルイドの指示でデータの回収が始まる。
次々と手に入るデータに思わずにやりと口元を緩めるアルイドや研究員達。
だがそれとほぼ同時に警報がけたたましく鳴り響くのだった。
「真正面から撃ち合うな! 敵を分断して叩くのだ!」
突然の敵襲にすっかり惑わされた防衛隊は装備の準備が間に合わず慌てる。
これがフェイスの狙いでもあった。
本隊が出て来るまでに防衛部隊を撃破、本隊にはナハトやエカチェリーナ、天狗二人をぶつける作戦だ。
フェイスの部隊に隠れて突入した四人は研究施設を探しつつ待機していた本隊に攻撃を仕掛けた。
「メイド長、援護を!」
「やってる!」
エカチェリーナが弾幕を張り、ナハトが突破口を開く。
文と椛もナハトに当てない用気をつけながらエカチェリーナについて兵士を撃った。
「椛、弾の予備を!」
「はい!」
相手が多いのでまだはっきりとはわからないのだが、弾幕ごっこに馴れている二人は無駄に弾を消費していく。
「アヤさん、モミジさん! 弾は無制限じゃないんだから無駄な弾は撃たないで!」
「そんなこと言ったって難しいですって!」
「うぅ、せめて剣と楯があれば……」
元々射撃が得意でない椛はリロードに手こずりながらぼやく。
すると文は何かを思い出したように手を叩いてポーチをまさぐり始めた。
「なにやってるんですか!」
「確か拾ったような……」
やがてお目当ての物を探り当てると、椛に合図して投げた。
「これ私の剣! なんで文様が持ってるんですか!」
文が投げて寄越したのは椛が普段使っている武器のスペルカード。
山で哨戒に当たっている時は常に手に持っているのだが、使わない時はカードに戻るのだ。
椛は驚いた様子だったがすぐに銃を文に投げて渡してカードを発動した。
スペルカードを覆う光りは剣と楯に姿を変えて椛の手に収まる。
「向こうで拾っておきました。それで文句はないでしょう?」
「ないですけど……」
無くしたと思っていたが、久しぶりに持った剣の感触が自分の中の戦いの感覚を呼び覚ます。
軽く手の中で剣を遊ばせてエカチェリーナに向かってそれを振った。
その合図を理解したエカチェリーナは撃ち尽くしたレーザーライフルを捨ててリボルバーを抜く。
「アヤさんはそのままライフルで後ろから援護、私がサポートするからモミジさんはガンガン前に出て」
言われるがままに椛は楯を前に出しつつ剣を構えて走った。
天狗だけに速さには自信がある。
レーザーをかい潜って敵に近付くと、剣の峰で装甲服の弱点である首元を殴っていく。
(モミジさん、ナハトには及ばないけどいい腕と勘してる……)
撃ち尽くしたリボルバーをくわえてリロードしながらエカチェリーナはそんなことを考える。
また、命を落とす危険性のあるケイ救出に名乗りを上げただけはあると感心していた。
文もまた学習したのか、翼を広げて飛び上がると空中から援護射撃を敵に浴びせている。
(味方がこれだけ優秀なんだ、私も負けてられないな)
普通の人間であるエカチェリーナは椛のスピードには追いつけないが、椛が仕留め損ねた敵に的確に弾丸を撃ち込む。
二人が見落としがちなスナイパーも敵の死体からライフルをぶん取ってカウンタースナイプを仕掛けて倒した。
(行ける! このままの勢いなら!)
「桔梗、紫色の可憐な花をつける多年草、秋の七草の一つにも数えられる……」
だ、だれだ?
知らない声、でもどこか懐かしい声だ……
「我のことまで忘れてしまったとはな。だが我は汝を待とう、我が定めたただ一人の主だ」
身体が軽い。
そうだ、俺は確か生体金属の実験台にされて……俺は死んだのか?
「そう思うか? いや、確かに汝は一度死んでしまったかもしれないな」
やっぱり……悪いなミオリ、フェイスさん、椛……
「汝は死んでしまった。だから我の記憶も、汝自身の記憶も、共に過ごした仲間の存在まで見失ってしまった」
仲間?
「汝が覚えていなくとも我が汝を覚えている。天結桔梗」
あまゆい………ききょう? それが俺の本当の名前……
「始めて会ったあの日、汝は我にこう言ったな。『俺は一生戦い続ける定めを受けた罪人だ。そんな俺に力を貸してくれるか』と」
罪人? 俺が?
「今度は我が汝に問おう。汝はこれまで通り戦い、我を満足させてくれるか?」
……………。
今はまだ記憶が戻ってないし、俺がどんなやつだったのかはわからない。
けど、なんでだろう。
あんたの話が何故か信じられるし、その問いにはYESで答えられる。
本当に満足させられるかどうかはわからないけど
「ならば我は再び汝の剣となろう。さあ立て、立つのだ……」
鳴り響く警報機。
研究員達は実験のデータを回収しつつ実験室を出ようとしていた。
「ぐ……」
目が覚めたケイは自分の手足を戒めている錠を見る。
電磁手錠じゃないし、ロックが甘い。
「おい、検体が目を覚ましたぞ!」
「やっべ! ばれたか」
急いで手を固定してある手錠を外し、上半身を台の上でひねる。
間一髪、麻酔銃の針が台に刺さった。
「やりやがったな!」
手さえ自由になれば後は楽だ。
足の錠も外して台から離れる。
「撃て、撃て!」
「遅い!」
拳銃まで持ち出した研究員の頭を掴んで台にたたき付ける。
拳銃は通常口径の自動拳銃。
安全装置が外れていないことを確認すると、銃身を握ってグリップでもう一人の研究員を殴りつけた。
こんなところで弾を使うのはもったいない。
そう判断したケイは制服のベルトに銃を挟み、残りの研究員には次々と関節技を決めた。
ふと過ぎる似たような光景。
『ちっくしょう……多過ぎるだろこれは!』
『仕方ない、行くぜっ拳技……』
『無頼滅霊拳!』
いつの光景かはわからないが、この声は確かに自分の物だ。
「なんだ? 今の……」
突然現れては消えたビジョンに困惑するケイ。
だがこのチャンスを逃すわけにはいかない。
通電していない部屋のドアを無理矢理こじ開けて、研究室から抜け出した。
「パワードスーツか……私達の一番恐れていたものがついに現れたわね」
先行していたナハトと合流したエカチェリーナ達だったが、本隊のパワードスーツに道を阻まれていた。
軍で制式に採用されているタイプのパワードスーツで、今ある武器では事実上破壊不可能だ。
「ロケットランチャーなんかが拾えたら一番楽なんだが……俺の刀も刺さらない」
「なら、これならどうです?」
文はスペルカードを取り出して発動する。
「私の弾幕に耐えられますか?」
カードから放たれた光が文の身体を包み、そのうちいくつかが分離して光の球になった。
「私のスペル、その名も……ってあれ?」
しかしその光は文が技を繰り出すよりも先に粉々に砕け散ってしまう。
パワードスーツのパイロットも何かを始めた文に警戒して後ろに下がろうとしていたが、見かけ倒しとわかるやいなや大型のキャノンを展開した。
「あやや! なんで? 椛の剣は具現化出来たのに」
「危ないアヤちゃん!」
スペルカードが発動せず立ちすくむ文を押し倒すエカチェリーナ。
その真上を敵の放った弾が通過していった。
文はまだ何が起きたのかわからずただ呆然としている。
一瞬のうちに役目を把握したナハトと椛はパワードスーツの死角である背後に回り込んだ。
「俺が持ち上げる。飛ぶんだ!」
「はい!」
パワードスーツの身長は3メートル強、普通にジャンプしただけでは弱点の頭に届かない。
だがだれかが持ち上げれば話は別だ。
椛は楯を背中にくくりつけて剣を担ぎ、ナハトに向かってジャンプする。
ナハトは手を組んでその足を持ち上げて椛を投げた。
パワードスーツのパイロットも気付いたのか、腕で頭をガードする。
「私の方が速いっ!」
剣を逆手に持って顔と思わしき部分に突き立て、その反動を使って剣を引き抜き飛び降りた。
これで足止めは完了だ。
その隙にナハトは動けない文を担ぎ上げてパワードスーツから離れた。
「すいません……」
「気にするな」
近場に手頃な遮蔽物を見つけると全員でそこに滑り込む。
しかしそれと同時にパワードスーツも機能を回復した。
「メイド長、グレネードはあるか?」
「だめ、残弾ゼロ。手元にあるのはフラッシュバンだけよ」
「閃光手榴弾はパワードスーツには効かない……万事休すか」
さらに基地の反対側でパワードスーツの起動音がかすかに聞こえる。
先行したナハトがあらかじめ遮断していた非常用電源が復活したのだろう。
「痛っ……」
立ち上がろうとした文だったが、バランスを崩してまたしゃがみ込む。
右足首を押さえていることからどうやら捻挫したようだ。
「捻挫か。ここじゃ治療は出来ない、いったんあそこの倉庫に隠れよう」
エカチェリーナと椛に助けられながらナハトにおぶさる文。
四人は隙を見計らうと遮断物から出て、ドアが少し開いている倉庫に駆け込んだ。
「大丈夫か?」
ナハトは腕に巻いていた包帯で文の足にテーピングを施す。
倉庫の中にたどり着く頃には文の足は赤く腫れていた。
恐らくエカチェリーナが押し倒した時に捻ったのだろう。
「ごめんなさい、結局私……足を引っ張ってしまって」
「怪我ぐらい誰にでもよくあることだ。気にするな」
と、口では言ってみるものの状況は厳しい。
固定したとはいえ痛みが取れるわけではない、この場所を動く際にはそのことも考える必要がある。
「文様、飛べますか?」
「なんとか。立ち上がれさえすれば飛べますよ」
固定してもらった右足に力を加えないようゆっくりと立ち上がる。
立てさえすればこっちのものだ。
ふらふらと椛に支えられながら立ち上がる。
「さて、あれをどうするかな。手持ちの火器も心許なくなってきたし」
近くでパワードスーツの足音が響く。
ナハトとエカチェリーナはそれぞれの武器を抜いて倉庫のドアに耳を付ける。
モーターの駆動音と銃声、爆発音が引っ切りなしに聞こえることから、フェイス達は無事なようだ。
早く合流して戦力を立て直したいが外は激戦、合流どころか倉庫からの脱出すら出来そうにない。
「音が近い。出ない方が賢明だな」
ナハトは椛と文の様子を見てエカチェリーナを下がらせる。
その時だった。
轟音と共に倉庫の壁が吹き飛び、一回り二周りほど大きなパワードスーツ、パワーローダーが入り込んできた。
パワーローダーは最初の一撃で近くにいたナハトとエカチェリーナを腕を振るだけで吹き飛ばす。
「ガハハハハ、俺の研究の邪魔をするやつはみんなこうだ! 死ね、死ねぇぇぇ!」
吹き飛ばされて壁にたたき付けられる二人。
パワーローダーの腕はかなり重い。
ほとんど無傷だった二人だがさっきの一撃で戦闘不能にまで追い込まれる。
「くっ……がはっ!」
血の固まりを吐き出すナハト。
(肋骨を何本か持って行かれた……なんて威力だ!)
立ち上がろうにも全身の痛みがナハトの動きを封じる。
その間にパワーローダーは新たな標的を見つけ、そちらへと近付いていく。
残ったのは満足に動けない文と椛だ。
「逃げろ! 逃げろぉ!」
最後の力を振り絞って叫ぶナハト、だがパワーローダーの方が速い。
文は痛む足を押さえながら椛から離れた。
対象は二つ、パワーローダーは当然足を引きずる文に狙いを付けると腕を伸ばす。
「文様!」
掴み上げられる文。
必死にもがいて抜け出そうとするが、パワーローダーの握力に勝てるはずもなく逆に潰されていく。
「ぐ……うぁ……」
「ゲヒャヒャヒャヒャ、潰れろぉ!」
さらに力が加えられ、文の悲鳴も一際大きくなる。
「この!」
椛もパワーローダーに切り掛かるが、残った手で払いのけられるだけでダメージにならない。
(攻撃が通らない……このままじゃ文様が!)
あまりの硬さに怯む椛だったが、ついに攻撃の隙を突かれて吹き飛んだ。
手を離れた剣が倉庫の地面に突き刺さり、刃には苦しむ文が写り込む。
「うぅ……誰か……」
研究室から無事脱出したケイは外に繋がる出口を探していた。
迷路状に入り組んでいる上、地図がご丁寧に置いてあるわけでもない。
方向感覚には自信があると思ってはいたが、どうやらここでは意味を成さないようだ。
「どっちに行けばいいんだ?」
外の爆発音は激しくなる一方だし、あまり長い時間はフラフラしていられない。
「…………」
どうしても足が止まってしまう。
さっきから頭の中で色んな景色が浮かんでは消えていく。
桜の咲き誇る神社、人で賑わう里、霧のかかる大きな湖。
火の粉が飛び、炎の熱と人の悲鳴が入り混じる。
どれも見覚えがあるのにはっきりと思い出せない。
(まったく、記憶が戻るのはありがたいんだが空気ぐらいは読んでくれよ……)
『そんなに思い出すのが怖い?』
「っ! 誰だ!」
背後から声がする。
立っていたのは赤い巫女服を身に付けた黒長髪の女性。
『本当に覚えてないの? あっきれた、こうやって幻覚見てるぐらいだから思い出したかと思ったのに』
「…………」
『まったく、本当に世話の焼ける神様ね。ほら、こっちよ』
巫女の幻影は通路の曲がり角まで飛んでいくと一方を指差す。
『ほら、何をボサッとしてるのよ。あっちよ』
幻影に急かされて走るケイ。
幻影はその後ろ姿を見送るとすっと消えて行った。
『急ぎなさい、桔梗。あの時の二の舞に……私の二の舞になる前に』
幻影に導かれて走るケイはその後も色んな幻影に出会っては別れた。
金髪に真っ黒の服装をした幻影、烏を従えている幻影、赤い髪が特徴的な幻影、着物を着た大人びた幻影。
そして最後、扉の前で今度は小さな巫女の幻影に出会った。
『思い出せた?』
巫女の幻影はケイに向かって手を差し出す。
その目は不安と怯えを湛えている。
「何となく……かな? まだはっきりとは思い出せない」
『なら、思い出して!』
近付いて来てケイの手をぎゅっと握りしめる巫女の幻影。
その瞬間、ケイの頭に衝撃が走った。
ぼやけていたものが鮮明に浮かび上がる。
懐かしい景色、幻想郷で会った人達の顔が次々と流れていった。
「……………。ごめんな、みんな。ありがとう!」
消え行く小さな巫女、霊稀の幻影。
ケイはドアノブを強く握りしめると、勢いよく開け放った。
「うぅ……誰か……」
痛む身体を必死に立てようとする椛。
文に向かって伸ばす手は空を切るだけで届きはしない。
だが、椛の手が地面につく寸前でその手は誰かによって握られた。
薄く目を開けて握ってくれた人物を探す。
その目に映ったのはまさに自分が助けようとしていた人物、ケイだった。
「お疲れさん、後は俺に任せな」
椛の剣をしっかりと握りしめるケイは椛から離れて猛然とパワーローダーに向かってダッシュした。
当然気付かないはずがなく、パワーローダーはケイを見つけると腕を振り下ろしてくる。
「ちぃっ!」
スレスレで避けつつパワーローダーの意外なまでの機動性に舌を巻くケイ。
しかしその程度で止まるはずもなく、地面に突き刺さった腕を駆け上がったケイはそのまま身体を伝って文の元までたどり着いた。
「待ってろ、今解放してやる」
剣をパワーローダーの装甲の隙間から覗くパイプに剣を突き立てて切り裂く。
パワーケーブルを切断された腕は力を無くして文を解放した。
腕の高さは5メートル近くあり、落ち方によれば怪我どころじゃ済まない。
ケイは腕から飛び降りて文を抱えるとその状態で無理矢理受け身をした。
「ぐ……」
背中一面に鋭い痛みが走る。
だが悠長に寝ている余裕はない。
急いで立ち上がり文を抱え直してその場を離れた。
「小癪なぁ!」
パワーローダーは脱力した腕をケイに向かって何度も何度も振り下ろす。
それを全て避けきり椛の元までたどり着くと、ケイは文を椛に預けた。
「あの、ケイさん!」
「話は後だ、二人は今すぐここを離れろ」
対峙するケイとパワーローダー。
ケイは長い髪を束ねている紐に手をかけてするりと解いた。
「こっから先は俺が引き受けた!」
ケイの足元にまばゆい光を放つ八卦の陣が広がる。
「なんだこれは?」
たじろぐパワーローダー。
文を担いで離れる椛にはそれが何であるかわかった。
膨大な量の妖力がケイに集まっていく。
やがて陣が足元から頭頂部まで上がると、ケイの姿はまったくの別物に変わっていた。
真っ白な髪に入り混じった紫の髪、ピンと立った耳、黒いロングコートがたなびき、陰からしっぽが見える。
「あ……あれは……」
文はケイの姿を見て人知れず涙を流す。
長い間追い続けていた人がそこに、目の前に立っていた。
「全部思い出した。俺が何者で、何でこの世界にいるのか……」
「なんの話だ!」
パワーローダーの拳が迫る。
ケイは足元だけしっかりと固定すると、その拳に自分の拳を合わせた。
強烈な衝撃波で倉庫の中身が崩れ、ナハトとエカチェリーナは壁際まで押される。
「あの拳を真正面から受け止めた? そんな馬鹿な」
その場にいた誰もがケイの挙動に驚き、彼に見入る。
「なかなかいいパンチだな。でもそれじゃだめだ、いくらやっても俺は潰せやしない」
バックステップでパワーローダーから離れると、ケイは右手に巻き付けてある包帯を強く縛り上げて挑発する。
「俺は西方四神の天結桔梗! さっきはよくも俺をモルモット扱いしてくれたな、これは倍にして返さないと失礼ってやつだな!」
全身に蓄積された妖力を右手に集めて握りしめ、パワーローダーの足元に走り込む。
「必さぁつ! 拳技『無頼滅霊拳』!」
巨大な相手を転ばせる方法で最も簡単なものは足への強力な一撃だ。
桔梗もある程度接近すると右の膝に向かって跳ぶ。
「膝治療してやる! これでも食らって寝てろ!」
パワードスーツよりはるかに強固な装甲で包まれているパワーローダーだが、桔梗の一撃にはさすがに耐え切れなかったらしい。
一撃で前部装甲はへしゃげ、膝のアクチュエータが火花を散らした。
「な、なにぃ!」
「まだだ、もう一発!」
いったん下に降り、今度は左膝に向かう。
「やめろ、やめろ!」
「やめるかよ!」
さらにもう一撃。
自重に耐えられなくなったパワーローダーは膝を逆方向に折り曲げるて地面に突っ伏した。
「うわぁぁ……うわぁぁ!」
乗っていたアルイドは変な悲鳴を上げながら背中にあるコックピットから逃げ出す。
それを桔梗が逃がすわけもなく、すぐに追いついて地面を這うように逃げるアルイドの前に立った。
「どこ行くつもりだ? 俺のお返しはまだ終わってないぜ」
無様に逃げようとするアルイドを見下す桔梗。
その手には渡されたスペルカードが握られている。
「椛! こいつの使い方は?」
「え? えと、そのカードの能力を頭の中で描いてそれを放出する……感じです」
普段何気なく使ってるせいで説明がおぼつかない。
桔梗はそれを小さな声で復唱しつつ、スペルカードを掲げた。
スペルカードから放たれた光は椛の剣以上の大きさに広がっていく。
「信頼と覇道の剣、戻って来てくれ相棒!」
光の中から現れたのは巨大な片刃の剣である奉神剣『虎鉄』、桔梗が愛用していた剣だ。
桔梗はそれをさらに逃げようとするアルイドの首に突き付けた。
「な、何を?」
「…………。」
無言のまま剣を突き付ける桔梗は強く歯を食いしばる。
「わからねぇか? お前を殺そうとしてんだよ」
「わ、悪かった、モルモット扱いしたことは謝ろう。だから……」
「だから?」
桔梗はまだ虎鉄を放さない。
それどころかさらに近付け、刃が首筋にかするところまで持って行った。
「俺だけならまだいいさ、だがそんな扱いを受けているのは俺だけじゃない、この街の人達全員だ」
桔梗の怒りの篭った声が大穴の開いた倉庫に響き渡る。
その言葉はパワードスーツを排除して戻って来ていたフェイス達にも届いた。
切り札であるパワーローダーが破壊されたことにより基地は降伏、捕われていた人々は一応解放されたもののその傷は心身共に深い。
「お前の罪は万死に値する。お前の首を基地の門前に晒しておけばみんなの不安も和らぐだろうな」
「ひぃ!」
振り上げられる虎鉄。
刹那。
乾いた銃声と共に桔梗の手から虎鉄が吹き飛んだ。
「なっ!」
「だめだよ桔梗、君はもう誰も殺さないと誓ったんだろ?」
撃ったのは闇市で会ったマフラーの男、桔梗と同じく四神の一人である椿だった。
実は文達がフェイスの部隊と別れた後、桔梗を見守る傍らフェイス達に協力していたのだ。
「椿……てめぇ!」
「怒る気持ちはわかるよ。でもそれは部外者の僕達が手を下すことじゃない。この世界の、この街の人達が決めることだ」
「…………チッ、わかったよ」
虎鉄をベルトに収めた桔梗はふらふらしている文に肩を貸すと、フェイスの肩を軽く叩いて基地を後にした。
まだ軽傷の椛もナハトとエカチェリーナを担いで桔梗についていく。
フェイスはその後ろ姿を見送ってからアルイドに銃を向ける。
「あいつの言うことももっともだな。事実俺はお前を許せない、お前は妻の仇だからな」
フェイスは肩のホルスターからハンドガンを抜いてアルイドの頭に付ける。
今までやり場のなかったこの怒りだがようやく発散出来るのだ。
そして部隊の仲間が見つめる中ゆっくりと引き金を引いた。
「大丈夫か? ずいぶんボロボロじゃないか」
基地から少し離れたところで桔梗は文に声をかける。
さっきからパワーローダーに潰されそうになったのと捻挫でまともに歩けていない。
「大丈夫です……でも出来ることならもう少し早く助けに来て欲しかったですね」
「悪かったな。こっちもこっちで大変だったんだからそれぐらい勘弁してくれや」
「そのようですね」
「ケイさ……じゃなくて桔梗さん」
今度は後ろから椛が話し掛けてきた。
「呼びづらいならケイでいいよ。なんか用か?」
「…………神様、だったんですね」
「ま、力はほとんど失ったから妖怪と差はないな」
「椛、この人はあの暗夜天異変で暗夜天と渡り合った人です。あのくらい朝飯前ですよ」
「おいおい話盛りすぎだろ。ってか何でそんなこと知ってんだ?」
「ふふふ、射命丸の名は伊達じゃありませんよ」
そう言ってポーチからカメラを取り出す。
そのカメラには桔梗も見覚えがあった。
忘れもしない、自分が守れなかった人の大切な遺品だからだ。
「そのカメラ……そうか、お前があの時の発狂天狗か」
「な、なんですかその認知の仕方は!」
「発狂天狗?」
「椛は知らなくていいです!」
あわてて言い繕う文。
三人の会話をだまって聞いていたナハトはそっと笑みをこぼした。
「嬉しそうねナハト。珍しく顔に出てるわよ」
エカチェリーナはそれを見てナハトをからかう。
いつも仏頂面のナハトのはにかむところはあまり見れるものじゃない。
「そりゃ嬉しいさ。俺達はボロボロだけどな」
最終手段として使おうとしていた銃をまたホルスターに戻して蓋をしたナハトはぼそりとつぶやいた。
「Mission completed……(任務完了)」




