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episode4『destiny and broken days』

知りたくなかった


出来ることなら知りたくなかった


でも、この状態を望んだのは紛れもなく俺だ


ならこの状態を受け入れるしかない


これは俺個人の問題だから

「197、198、199、200、201……」


 ナハトはいったん手を止めるとズボンに挟んだタオルで汗を拭いた。


 椅子の背もたれで片腕立て伏せ。


 昔からの慣習というものは怖いものだ、前の仕事を辞めてから鍛える必要はなくなったのに、いつの間にかこうして身体を鍛えている。


 自分で自分が嫌になる理由はこれだ。


「ナハトさん、さっき……」


 文はドアの前で止まるとナハトの姿を見て手にしていたお盆を落とした。


 驚くのも無理はない。


 上半身裸のナハトの背中には痛々しい傷跡が無数にあるのだ。


 刃物で切られた傷や銃で撃たれた傷、特に目を引くのは右肩から左脇腹にかけて一直線に伸びた傷だろう。


 執事という職業上、あるはずのない大量の傷。


「見たか」


 ナハトは椅子から降りると、ズボンからタオルを外してシャワールームに向かった。


「なんで……なんでそんなに傷が」


「…………。」


 シャワーの音が暗い部屋で反響して一際大きな音がする。


「……お前はこの傷をどう思う」


「どうって……私にはよくわからないです。でも普通の執事にしては多過ぎる……かなと」


「そうだな」


 シャワーの音が止まる。


 やがて物音がしたかと思うと、いつもの仕事着に身を包んだナハトが出て来た。


「何かあったんですか?」


「俺は元傭兵、殺し屋だ」


「殺し屋……だからあの時死神って」


「そうだな。俺は物心ついた頃から殺して、奪って、金さえあればどんなことでもやった」


 ナハトの脳裏に次々と情景が浮かぶ。


 富豪、軍幹部、マフィアのボス、みんな同じ顔して死んでいった。


 そして、彼女は……


「……トさん、ナハトさん!」


 文の声ではっと我に帰る。


「すまない喋りすぎた。なぜだろうな」


「…………」


「さて、夕飯は久しぶりにメイド長の手料理だ。さて何が出て来るのか」








「いらっしゃいませ!」


 椛はメニューを取り出すとテーブルに置いた。


 キャッツテールは今日も盛業だ。


 閉鎖的空間で、常に軍の圧力が働いているこの街では娯楽と呼べるような物は少ない。


 こうして人が集まるので客達は皆情報の交換や談話に勤しんでいる。


「ミオリちゃん、いつの間にかかわいい店員さんが一人増えてるじゃないか」


「チョウさん、手ぇ出したら殺しますからね」


「おお、怖い……ってそんなことするわけないだろ!」


「チョウ、お前なあ」


「手出したらケイが鉄拳を飛ばして来るぜ」


「ガハハハハ、違いない」


 ここは、この時間だけは皆がこの街のルールを忘れて過ごせる。


「おーい新入りの姉ちゃん、こっちにお冷やのお代わり持って来てくれ!」


「は、はい!」


「キリキリ働けよ椛。もうすぐ昼時だ、客が増えるぞ!」


「ふ、ふぇぇ……」


「ふぇぇじゃない! 椛ちゃん、やるしかないのよ!」


 ただ泊めてもらうだけではというわけで店の手伝いをすると言ったが思いの他重労働で苦労していた。


 実は少し後悔していたりもする。


「椛! 向こうのテーブルの注文取ってくれ!」


「はい!」


「お前も大変だなフェイス。居候が二人か」


「そうでもないさ、ミオリが嬉しそうにしてくれるだけで満足さ」


 フェイスはカウンターに座る男達の前にコーヒーを差し出すと洗い物を始める。


「でだ軍曹。情報は?」


「ええ、簡単に割り出せましたよ。軍は隠し事が苦手と見た」


 軍曹と呼ばれた若い男はバッグから紙を数枚取り出すとフェイスに渡す。


「人狩りか、また増えたな」


「身元はバラバラです。本当に無関係な民間人からギャング団の構成員、闇市の商人もいる」


「俺達は実験用に飼われているモルモットみたいなもんだな」


「だな。元軍人の俺達でもあいつらの最新装備が相手ではまるっきり形無し、面目ねぇ」


「指示してくださいよフェイス大佐、あなたたちが若くないのは知っているが俺達は行ける。俺達若い連中は司令を待って待機している」


「軍曹、それはだめだ」


 フェイスは若い男を諫めるとキッチンの奥から椅子を持って来て座り、ポケットからタバコを取り出してふかした。


「もう誰ひとり失うわけにはいかないんだ」








「本日のメニュー、メインはビーフストロガノフです」


 文とナハトが食堂に着く頃には既に他のメイド達とロッテ、執事のじいが座って二人を待っていた。


「おおおお!」


「私の一番得意な料理ということで古くから私の家に受け継がれているレシピで作りました。これはお嬢様もお好きなのですよ」


「匂いからしてすっごくおいしそうです! 早速頂きましょう!」


「そうね。カチューシャ、準備をよろしく」


「かしこまりました」


 メイド長が他のメイド達に指示を出し、すぐに食事の準備が整う。


「では、頂きましょうか」


 文もゲスト用の椅子に腰掛けると目の前に並べられた食器をじっと見つめている。


「ロッテさん、今日は一段と豪勢ですね!」


「ここに来て一週間、怪我が治ったのと一緒に飛ばされた子が見つかったお祝いよ。アヤ、たくさん食べて」


「そりゃあもちろん! いただきます!」


 文はナイフとフォークを使い馴れてないため、代わりに用意されたお箸を握ると早速ビーフストロガノフをよそってもらい、すぐさま口に運ぶ。


 口の中でほろりと崩れる肉の食感はまさに絶品。


 今日までもこの屋敷でいろんな外の料理を食べてきたが、文にとってこれが一番おいしいと感じられた。


「お……おいしい!」


「よかった、お口に合わなかったらどうしようかと思いましたが。前にジャパンフローター生まれの方に教えてもらった味付けを試してみました」


「ジャパンフローター……ああ、日本の方ですか」


「普段ならサワークリームを使うんですけど、お口に合わないといけないので生クリームを使ってみました」


「ふむ、ちょっと理解出来ない横文字が多いですがとにかくおいしいです!」


「当然よ、カチューシャのビーフストロガノフに敵う料理なんてないわ」


 褒めちぎる二人に少し照れているのか、カチューシャは少し顔を赤らめると俯く。


「さて、食べながらでいいけど皆にちょっと報告とお知らせがある」


 口についたソースを拭うと、ロッテは足元の紙袋から四枚のカードを取り出した。


「なんですかそれ」


「ふっふっふ……アヤ、私はクロスノート家の次期当主、アヤ達が部屋で休んでいる間何もしていなかったわけではないわ」


 四枚のカードのうち一枚をロッテから受け取ると、文はカードを裏返す。


「住人証明書?」


「そ、これは132区画の住人が携帯しているものでその区画の住人であることを証明するカードよ」


「え……じゃあ!」


「このカードさえあれば中に入るのが少し容易になる。モミジに会えるわよ」


「やったぁ! ありがとうございますロッテさん!」


「困ってる人は放っておけない質でね、あと一人だと危ないから私とカチューシャ、ナハトも行くわ」


 カチューシャとナハトは頷いてカードを受け取った。


 この二人がいればまず命の心配はしなくてよくなる。


「出発はちょっと遅くなるけど明々後日よ。留守の間はじい、近衛メイド隊をよろしくね」


「かしこまりましたお嬢様」








「おーい霊夢、いるか?」


 白黒の魔女、霧雨魔理沙は神社の裏口にまわると箒から飛び降りた。


 部屋の中は静かだが、台所から水の音がする。


「邪魔するぜ」


 縁側に箒を立てかけると、丁寧に靴を揃えて神社の中に入った。


 中の廊下は今日はやけにギシギシとうるさく、今にも抜けそうにたわむ。


「……あれ、博麗神社ってこんなにギシギシいってたっけ?」


 魔理沙は一際ギシギシする板の上に足を載せると、その指で板を下に押し付けた。


ギィィィィ


(酷い音だなぁ……)


 ふと後ろが気になって振り向く。


 雲が太陽を覆ったせいか、神社の廊下は薄暗くなっている。


 いかにもといった雰囲気だが、いくらなんでも日中に幽霊が出るなんてことはないはずだ。


 しかしその考えはすぐに改めることになった。


 魔理沙が帽子を脱いで正面を向くと、見慣れない服を着た巫女の姿があった。


 赤い袴はスカートじゃない上足元まで伸びているし、長い髪はどう見ても霊夢のものじゃない。


(誰だ? 現状霊夢以外に博麗の巫女がいるなんて聞いたことがないぜ)


 恐る恐る帽子の中からミニ八卦炉を取り出して巫女の後をそっとつける。


 すると、少し進んだ角のところで巫女の姿がふっと消えた。


「あ!」


 急いでおいかける魔理沙。


 壁に手をかけると、遠心力に任せて全速力で角を曲がる。


 しかしそこに巫女の姿はなく、代わりに魔理沙はこちらに歩いて来ていた霊夢と正面から衝突した。


「でっ!」


「ちょっ!」


 同時に尻餅をつく二人。


 転がった八卦炉を持ち魔理沙は廊下の向こうを見たが、巫女の姿は既になかった。








「だから本当にいたんだって!」


 神社の中の茶の間で、魔理沙は霊夢にさっき起きた出来事を話した。


 だが霊夢はいっこうに信じようとしない。


「あのね、そんなのがいたら紛らわしいから退治してるわよ。巫女の幽霊なんて……」


「でもじゃああれは……いや、待てよ」


 何かを思い出したのか、魔理沙は帽子の中をごそごそとあさり始める。


 色んな小物が出て来る中、ようやくお目当ての物が出て来た。


「これだ! この写真!」


 魔理沙が取り出したのは古い写真だった。


 日焼けして色あせているが、5人が博麗神社の前で立っている記念写真。


 霊夢は魔理沙から写真を受け取るとじっくりと見つめる。


「ここに写ってるこの人にそっくりだったぜ。いや、本人と言い切ってもいいと思う」


 一人は恐らく紫だ。


 今とは服装が異なるが、スキマのような物が写っている。


 その手前に立っているのは色あせていてもわかる赤色から博麗の巫女であることがわかる。


 一人は裾の長い陣羽織を羽織っていて、もう一人はその幼い雰囲気から娘か巫女見習いといった感じだ。


 残りの二人はわからない。


 一人は天狗っぽい羽があるが断言出来ないし、もう一人に至っては見たことがない種族だ。


「この写真はどこで?」


「魔法の森に一際幹の太い木があるだろ?」


 確かに魔法の森には一本だけ太く、巨大な木が立っている。


 森が火事になった際にも焼けずに残り、魔法の森の魔力の源という言い伝えもあるほどだ。


「その木にちょっと上ってみたらそこに小屋があってさ、そこで見つけたんだ」


「小屋? あんなところに?」


「かなり古い小屋だった。で、その中をちょいと拝見したところそれがあったのぜ」


「魔理沙……あんた紅魔館やアリスの家に飽きたらず……」


「誤解だって、あの家はどう見ても誰も住んでない。現に一部崩れてたし、床もかなり抜けてた。空き家だったぜ」


 腕を組んで俯く霊夢。


 巫女の幽霊と魔法の森の古い大木、そして幽霊の正体は過去の博麗の巫女。


 イマイチ繋がらない。


「でもおかしいよな、私が昔上った時には確か何もなかったはずなのに」


 魔理沙の何気ない言葉で霊夢の頭の中に電気が走った。


「もし、もし仮に……でもどうして……」


「おい霊夢?」


 ぶつぶつと呟く霊夢の顔を心配そうに覗き込む。


「魔理沙、もしもよ? もしもこの幻想郷の時間の境界が崩れてきているとしたら?」


「時間の境界が崩れる? だったら話の筋は通るな。過去の巫女がぶらついていたりあるはずのない小屋が突然現れたり。でも霊夢、いくら紫でもそんなことはしないんじゃ?」


「話は後。今はその小屋に行ってみましょ」









「ケイさん、この箱はどこに運べばいいですか?」


 椛は段ボール箱を抱え上げると、足で位置をずらしてバランスをとる。


 中身はコーヒーや軽食用に出す用の食材なんかだから、そこそこの重量があった。


「それは床下だ。あとそっちの篭は下には持って行かないでくれよ?」


「は、はーい……」


 いったん箱を下に置いて、椛は床下収納に繋がる床の蓋に手をかけた。


 とってを引き出して引っ張ると、ギィィィィという音と共に床下特有のひんやりとした空気が椛を迎える。


 蓋をケイに押さえてもらいながらもう一度箱を持ち上げて、足元を確認しながらゆっくりと下に降りた。


「この収納広いですね……」


 電気のスイッチを入れると、同じような箱がたくさん並んでいる。


 箱の中身は見えないが、箱に書かれている文面からして食料品ではなさそうだ。


「これは食器類ですか。予備ってこんなにいるものなんですね」


 とりあえず箱に書かれた名前を一通り見て、食料品と思われる箱の前に持っていた箱を置く。


「これでよしっと」


 椛は軽くため息をつくと床下収納から出た。


 その箱の中身も知らずに……。







「ここね」


 霊夢と魔理沙は大木の下までくると辺りを見回す。


「霊夢あれだ! あれが私の言ってた小屋だぜ」


 魔理沙の指差す先、大木の葉で覆われているが確かに何かの構造物が見えた。


「確かにあるわね。でもあそこからはなんの気配もしない」


 地面を蹴って浮かび上がると、二人は小屋の建てられている一際太い枝に立つ。


 小屋は割と頑丈に作られており、まだほとんど原形を留めていた。


「な? 誰も住んでなさそうだろ?」


「そうね、この雰囲気からして50年は手入れされてない」


 竹篭のチェストや水瓶に張った水なんかでここがどれだけ放置されていたかわかる。


 だがめぼしいものはないようだ。


 既に荷物は全部引っ越した後か、あるいは誰かに持ち去られたか。


「ま、ここに手がかりはないわね。ここまでボロボロだといつ建てられたものかも見当つかないし」


「霊夢、ちょっとこれを見てくれ。この部分」


 下に下りようとしていた魔理沙が何かを見つけたのか霊夢を呼び寄せる。


「なに?」


「この部分、色がおかしい」


 魔理沙は小屋が建っている幹の先端近くを指差している。


 確かにその部分だけ切って貼付けたみたいに色が違っていた。


「さっき時間の境界がどうとか言ってたよな。もしかしたらこの小屋の周辺だけ境界が……」


「そういうことよ。ようやく異変に気付いてきたようね、お二人さん」


「っ!」


 突然背後に立たれて驚く二人は後ろを振り返ると各々の武器を手に取り構える。


「ちょっと、ストップストップ。私よ」


 声の主は紫だった。


 武器を下ろしたのを見ると、スキマで二人の立っている幹まで移動する。


「なんだ紫か。驚かせやがって」


「あんたは知ってるって言うの?」


「ええ、よく知ってる。ここにはある人物が住んでいた」


「……それいつの話だ?」


「100年以上前の話よ。ところで魔理沙、また物色しに来たの?」


「来ちゃ悪いかよ」


「いえ、問題はないわ。ここにはもう何も残ってないからね」


「なんで知ってるんだよ」


「最後の戦いの前に痕跡は全部消してたのよ。まさに発つ鳥後を濁さず……いえ、発つ虎かな。さっき写真を持って行ったでしょ?」


「これのことか?」


 魔理沙は帽子の中からさっきの写真を取り出す。


 ただずっと帽子に入れていたせいで少し折れていたようだ。


「そこに写ってる銀髪の人がここの持ち主、天結桔梗よ」


「で、あんたはこいつと何の関係が?」


「特になかったわ。それより異変の話よ。霊夢、あなたに話した以上に状況が悪くなっているわ。二人には先に伝えておくから心するように」








「ようやく椛に会えるわけですか。まったく、単純な取材だけだと思ってましたがとんだ寄り道になってしまいましたね」


 クロスノート邸内、文に割り振られた部屋。


 文はベッドに倒れ込むと修理から戻ってきたカメラを頭上に掲げた。


 試しに撮って現像してみたが以前より調子がよく、これで幻想郷に戻ってからの新聞制作もはかどりそうだ。


「…………」


 ふとポーチの中で何かが指に触れる。


 小さい円筒形のケース。


 昔文をかばって死んだ母、綾音の遺品としてカメラと一緒にある人が化け物の腹を裂いて取り出してくれたものだ。


 河童の技術が進むにつれてこのカメラも改良しているからフィルムはもう必要ないのだが何故か今でも肌身離さず持っている。


「おかあ……さん……」


 今でもあの日のことはつい昨日のことのように思い出す。


 逃げ遅れた自分をかばって化け物に食べられてしまった綾音と赤ちゃん、正気を失った自分を引き止めてくれたはたて、代わりに化け物を倒した男。


「そういえばカメラとフィルムのお礼、まだ言えてないですね……」


 男、天結桔梗とは暗夜天異変の後会っていない。


 一説によると暗夜天を道連れに死んだとなっているが、稗田の歴史書にはなんの記載もなかった。


 そもそも稗田の歴史書には暗夜天異変すら載ってなかったほどだ。


「いなくなった四神、消えた暗夜天異変……まだまだわからないことが多いですね。帰ったら早速調べてみますか」


 ベッドから起き上がり、渡されたスーツケースに必要なものがきちんと仕舞われているかもう一度確認する。


 中身はこっちの世界で生活する用にとロッテやエカチェリーナが揃えてくれた服や身の回りの小物だ。


 文はそこに追加で着てきた服とフィルムも仕舞う。


「これでよし、と」


 スーツケースを閉じてベッドにたてかけると文は電気を切って部屋を出た。


 右も左もわからない世界で自分のよく知っている人物に会えるということから、本人も無自覚のうちにそわそわしている。


「フィルムにも余裕があるし、今のうちに屋敷の中は写真に収めてしまいますか」


 この屋敷にはいろんな人が働いている。


 廊下の掃除をするメイド達、広場で訓練に励む近衛メイド隊、チェスに興じるエカチェリーナとじい。


 そしてあと二人。


 主であるロッテとボディーガードのナハトは書斎にいることが多い。


 文は書斎の前まで来ると両開きのドアの片方を開く。


「Master. Certainly,japanese 'Kanji' and chinese 'Kanji' are similar but different.(マスター、確かに日本の漢字と中国語の漢字は似てますが違いますよ)」


「Mmmm・・・.(うぬぬ……)」


 二人は語学の勉強中のようだ。


 元傭兵だったナハトは仕事の都合上語学堪能なため、時間のある時はロッテに色んな言語を教えている。


「アヤ~ちょうどいいところに……私の代わりにこれを解いてくれぇ……」


「え、ええぇぇ……」


「マスター、中国語は日本語より簡単そうなんて言ってたじゃないですか。もう少し頑張りませんか?」


「現実とは時に意地悪である……」


「が、頑張ってください」


 苦笑いしながら文はカメラを構えてシャッターを切った。


 明日でこの屋敷ともお別れ、これまでの2週間弱の思い出を無くさないよう何度も、何度も。








「逃げろ! 早く!」



 ケイは最後まで残っていた椛をシェルターに押し込む。



「ケイさん、ケイさん!」



 手を伸ばす椛。



 しかしその手が届くことはなく、重く分厚いシェルターの壁が二人の間を裂いた。



 人狩り。



 軍の研究施設の固まりであるこの街ではよく目にする光景だ。



 客や椛達をシェルターに隠したケイは直後に来た兵士と対峙する。



「来やがれってんだ。こっから先は通さないぜ……」



 深呼吸で上がった息を抑えつつ、自分を奮い立たせるように呟く。



 さすがに仕事中に銃を持っているはずがなく、ロッカーから出して使っていたモップを捨てて、ベルトに挟んだ包丁二本を引き抜いた。



 完全武装した兵士に対してケイが出来ることは多くない。



 一瞬の判断ミスが安易に死に繋がる。



「他の階も探せ、徹底的にだ」



 指揮官らしき人物は後方で指示を出しているが、ここからでは手も足も出ない。



 ケイはまず自分ににじり寄って来る目の前の敵に集中することにした。



 相手は二人、ひょっとすると上手く倒せるかもしれない。



 兵士の一人が銃口をこちらに向ける。



(まったく、あの男といい人狩りといい、厄日か今日は!)



 ケイの頭にさっき会った男の姿が浮かぶ。


 それは買い出しの帰りのことだった。








 闇市での買い出しは思ったより短時間で終わって、椛とケイは談笑しながら帰っていた。


「よかったじゃないか。文とはもうすぐ会えそうなんだろ?」


「はい! でも帰る手段がないのでしばらくは泊めていただくことに……」


「いいって、代わりに店の手伝いさせてるんだしこれで足し引きゼロだ」


「でもまだ助けてもらったお返しが……」


「それは別にいいって」


 話しながら歩いていると闇市から上がる階段まで来たところでケイの持っていた紙袋の持ち手が切れた。


「悪い、待ってくれ」


 椛を呼び止めるとケイは散らばった中身を拾い集める。


 するとどこからか手が伸びてきてケイを手伝った。


「悪い、もみ……」


 顔を上げたところで人違いに気づく。


 冬でもないのに厚手の白いマフラーを巻いた男は最後のオレンジを拾い上げるとケイに渡した。


「はい、桔梗はそそっかしいんだから気をつけないと」


「あの……この人は?」


 男がケイのことを知っているかのような口ぶりで話すので椛はケイに尋ねる。


「知らねぇよ。誰だお前? それに俺はケイだ、桔梗なんて名前じゃ……」


「記憶がないんでしょ? だから仕方なく偽名を使って生活している。そっちの白狼天狗も彼に喫茶店で働く以前の記憶がないことは知っているはずだ」


 驚くケイ。


 だがそれ以上に椛の方が驚いていた。


 ケイ達には既に自分が天狗であることは話していたが、『白狼天狗』であることは話していない。


 この世界の誰も椛が白狼天狗であることは知らないはずなのだ。


「なんで……私のこと……」


「簡単な話だ。僕も幻想郷から来た存在だからさ」


「幻想郷って椛が言ってたあの幻想郷か?」


「多分そうです。それなら私のことを知っていても不思議じゃない」


「理解はしてもらえたようだね。でもここへはそんな話をしにきたわけじゃない」


 男はジャケットの胸ポケットから一枚のカードを取り出す。


 それをケイにしっかりと握らせると一歩下がった。


「桔梗、記憶が戻ったらそれが必要になるかもしれない。使い方はそこの白狼天狗がよく知っているはずだ」


 ケイは手を開いてカードを見回す。


 剣の絵と太極図の描かれたそれはほのかに光を放っていた。


「それ、スペルカード!」


「知ってるのか?」


「幻想郷で広く使われているものです。主に弾幕ごっこの切り札として」


「ってことは俺には関係ないものなんじゃ……」


 そこまででケイの言葉は途切れる。


 さっきまでいた男が姿を消しているのだ。


「あれ……おーい」


 ケイの手元にはスペルカードが一枚残されただけ。


『信頼と覇道の剣』


 そのスペルカードが示す事実をケイはまだ認識出来ていなかった。




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