Episode:8 リベンジマッチは月光のダンスホールにて その2
「大明連——っ!」
自身の倍はある大きさの水刃を展開した律姫。肉体を強化した殺人鬼は即座に感知し身構えた。
碧水の剣を抑え込む殺人鬼。それ自体は容易いことだろう、だが——。
「本命はこっちじゃ!」
水の刃を投射すると同時に律姫自身が刀を携えて切り掛かる。
二重の攻撃を捌き切るのは至難の業だ。しかし今ここにいる者たちにとってはその程度のことは造作もない。
連撃によってガードを強要される状況でヤツはたまらず身を退いた。となれば追撃は私の役割だ。
「おらっ!」
神速で振り向いたが意味はない、律姫は既に挟撃の準備を整えている——。
「冴えてるね、だが——」
碧水を地に向けて放射、瞬時に宙へ逃げのいて剣と拳を躱す。
「上がケア不足だ、減点」
僅かな間隙、その一瞬で行った判断には目を見張るものがあった。
だがどうも無性に、あのキザな面は——見下ろされると尚更腹が立ってくる。
小通連——律姫の放つ水刃の雨に、男は旋回で弾き負傷を避ける。
こちらも飛び上がり彼を追うが、素早く捉えることは能わなかった。
「あんまりバラけるなよ? でないと——ああ、刃が滑っちまう」
声は……律姫の後ろからだ!
「危ないっ!」
叫ぶのが限界だった。着地までの刹那のうちに、おそらく彼は攻撃を終えてしまう。
「————ッ!」
振り向きざまの一閃。刃と刃が打ち付け合う。
「長引けば消耗戦……しかし汝はいつまでその身体に耐えられるかの?」
あれほどの大きな変化では代償は高く付くだろう。
であれば耐久さえできれば勝機は見えるが。
「おいおい、そんなシラけた話をするなよな。せっかく全力の真っ向勝負なんだ、ジャッジはKOで決めるだろ」
この男は勝負を楽しんでいる。
そしてなぜだか、私にはこの男の誘いに断れない気がした。
——おそらくは、彼もまた強さを求める求道者だからだろう。
私も知りたい——祖父の拳の意味を、強さを。
「そうッスね……決着は互いの拳が決めるべきッス」
「ハルカまでそんなことを……まあ良い、もとより持久戦は得意ではない。早急にケリをつけるとしよう」
律姫の眼光が爛と光る——。
「そろそろ宴も酣か。名残惜しいが、無常だもんな」
交差する視線、さあ——どちらが先に動く?
——いや、後手で択を迫られるくらいなら自分から勝負を仕掛けに行くべきだ。
疾駆、電光雷轟の如く。
こちらから接近すれば相手は退くか防ぐのセオリー。択を絞っていけば勝負というのは易しくなってくる。
先程、律姫の攻撃に対して初撃を防ぐが、次第に後退の動きを見せていた。それだけではない、彼は攻撃を比較的ガードで防ごうとする癖があった。
ならば——。
「——まさか」
月の逆光を受けた殺人鬼の顔を前に、私は地と平行になる。腕は男の胸ぐらを掴み、両脚を以て殺人鬼を放り飛ばす——即ち巴投げ!
「律姫さんっ!」
投げた先で構える律姫。彼女の剣が殺人鬼の眼前に影を落とす。
「ナイスコントロールじゃ!」
叩き下ろす。響く斬の音。怪異の驚異的パワーによる柔術は、我ながら見事に刃が通りやすいポイントへ殺人鬼を送っていた。
「————ぐっ⁉︎」
驚愕の声が漏れる。斬撃の衝撃波が土煙を起こす。
「流石ッス律姫さん!」
「いや……やはり手ごたえがない!」
二度の両断を執行した彼女は、またしても刃に伝わった感触に違和感を覚えていた。
「まったく、せっかくのチャンスを無駄にするなよな。首を斬れば人は死ぬ——そんな前提を過信してるようじゃあアンタにオレは殺せない」
小綺麗に埃を払う殺人鬼。今までの戦いは茶番だったかのようで小馬鹿にされた気分になった。
「あんたばっかり、ズルいッス!」
「悪いな、こればっかりはどうもクライアントの要望で。だが悪いのはオタクらもだぜ? よく眼を凝らして見ろよ。オレを生かすモノをさ」
言われた通り眼に力を入れる。怪異電磁による身体の強化——感覚器官を研ぎ澄まし、全身で男を捉える。
「これは……石?」
殺人鬼の胸部で乱反射する結晶。
あれが殺人鬼の存在を確立させるコア、ならばその一点に力を注ぎ破壊すれば——。
「しかしなぜ妾たちにそんな情報を明かす? それを最後まで秘めていればこちらに勝機なぞなかったというのに」
「別に? フェアじゃないだろそういうのは。それにオレもこういうのは好きじゃない。一本取られたら潔く斃れたいのさ」
この男は粗暴なようでいて、どこか高邁な気品を感じさせた。
「——それに狙いが絞られるのはこっちとしてもありがたいんだ。意識を無駄使いしなくて済む」
胸部を狙った律姫の突きを碧の水刃が弾き逸らす。
「じゃが、何も死なぬだけで攻撃は通るじゃろう?」
殺人鬼の四肢が一瞬にして切断された。残った胴体は宙で無防備に曝される。
防ぐ手段のない突き——しかし殺人鬼の両手は既に癒着を始め、刃を受け止めようとしていた。
「肉体が霞のように……⁉︎ そうか、あの霧は!」
「そうさ、もとより現に在り得ざる我が身なれば。人の蒙昧たる精力を糧とし造る、イフという虚像——それがイドとして生まれたオレだ」
「この街を覆う霧は人々の精力……。汝が霧の夜にしか姿を現さぬのはそういう理屈じゃったか」
律姫は込み上げてくるものを堪えるかのように苦々しい表情を浮かべていた。
「この霧が晴れない限り、怪異は人の営みを妨げ続けるだろう」
「責任の一端は妾にもある……か。しかしそれに臆していては立てる顔もないじゃろう」
迷いは刃を曇らせる——しかしその憂いは無用だった。
水面が反射させる月明かりのような鋭い斬撃でこの夜空の下、舞う。
おそらく次の一手が勝負を分ける。故に慎重にならざるを得ない。しかし先に手を打たせるわけにもいかない。
否、寧ろ——。
それこそ相手の思う壺か?




