Episode:9 Here comes a new challenger!
——今までの動きを思い出せ。ほとんどの場合、攻撃を仕掛けたのは私たちの方からであった。
こちらが多く手の内を明かしていくたびに彼はそれを悉く対応する。
ともすれば、彼の煽るような発言はそれを誘ったモノだったのか。
「ハルカ……?」
思案の結果、攻撃の手をパタリと止めた。
律姫と殺人鬼で攻防が激化し、遂には剣戟の音と共に両者が後退した。
「何をやっておる! 汝のせいで妾は危うく首が飛ぶところじゃったぞ!」
「それは申し訳ないッス。けどこの程度なら大丈夫と信じてたッスから」
笑って許してもらえるかはわからないけど、後ろめたさで、せめてもの笑顔を見せた。
律姫はどうとも言えず、怒り半分、可笑しさ半分の微妙な顔で抗議する。
そこに笑いが立ち上がった。
「ク、ハハハハ! 楽しすぎるぜアンタら。だがいきなり手を止めるのはどういう魂胆で? 気を衒った動きは結構だが、せっかく白熱してきたってのにお預けにされちゃあ憤りも甚だしいよな」
「……でも、あのままでは本当に満足はいかなかったッスよ? だって、あんたは——」
「——いや、そこまででいい。言うな、折角の優しさが台無しになる。……だがまあ、そこまでお膳立てされたら断りは寧ろ失礼だよな。いいぜ、オタクにオレの拳を受けさせてやる」
龍の鱗が月明かりに反射するその拳。まるで、祖父のそれのようだった。
だったらやっぱ、私が向き合うべきだろう。
「よーし、ドンと来いッス!」
気合を込めて。碧の軌跡の残像。標的は彗星の如く空から急降下直前。
そのまま私のもとへ攻撃を仕掛けてくるつもりか。
——迎撃準備。
対空中攻撃として狙うは勿論アッパーカット。
拳に渾身の電荷を掛け、迫り来る碧の拳と相殺す。
「うおおおおっ!」
果たして真に龍を体現するのはどちらか。拳と拳が衝突する刹那、己が肉体はまるで天に昇る龍のように翔び上がる。
それはあまりにも勢い付いた踏み込みが、拳に引っ張られたことによる飛翔。
——そして、奔流を電光が打ち破る。
殴り抜けられたそのときに点火した爆鳴気。
曙の如き水蒸気爆発が決着のコールとなった。
倒れた男に、立つ私。呼吸はオーバーヒートした身体を落ち着かせようと絶えず肺を伸縮させている。
「ああ——こいつはいい。これなら敗けでいいだろうよ……さあ、余韻も長引けば冷めちまう、この石っころを壊して先へ進め。アンタにはその資格があり、責務がある」
飴細工を噛み砕くような、呆気なく——そして仄かにこびりつくような感触。
抱いた願い。足運ぶ動機。戸惑いはある。けれども進む覚悟を胸に。
さあ——。
「……何が起こったッス?」
せっかくの気概が焦らされてもどかしい。
神経質な五感は僅かな風すらも過敏に感じさせる。
「……いや、これからのようじゃ」
不自然に風が凪ぐ。蒸し暑い夜だったが、不思議と鎮まった冷気が漂った。
「何ッスかこれは…………?」
ソラが、割れる。セカイが壊れる。
「なに、門番を倒したんだ。そしたら次は魔王の城ってのがセオリーだろ?」
語るのは死んだはずの男——あの殺人鬼だった。
だがその程度の異常は些事で、まずこの状況についての説明が欲しい。
「アンタが壊したのはあらゆる時空、世界線へ行き来することが出来る『扉』だったのさ。アンタが破城槌よろしくぶっ壊しちまったから穴が空いて、この世界がそっちに吸い込まれてるってワケ」
世界が虚に染め上げられる。地面さえ無くなり私が今立っているのかすらわからない。
「律姫さん……!」
咄嗟に手を伸ばして彼女と手を繋ぐ。
生命力に溢れた手は少しだけ安心感があった。
「臆してはおれん、行くぞハルカ」
過敏なくらいの五感が、今度は何も訴えなくなってきた。水底で息を潜める鮟鱇のような——。
思考が引き延ばされる感覚のまま、これより踏み入る。
己が拳と内に秘めた闘志の炎だけを通行料としていざ——戦渦へ。




