Episode:6 黒幕?
「ごめんね? いろいろと面倒なことに付き合わせちゃって」
赤混じりの黒髪を靡かせて佇む女性こそ、私たちが話題に上げていた荒谷末那であった。
「なぜ、今になって妾の前に現れる?」
沈黙の中に風が流れていた。末那は少しの間を開けて回答した。
「……もう必要はないから、かな。キミにまでウワサが届いたからね」
末那の視線は私の方を向いていた。
「あ、あっしッスか……?」
「そう、遥ちゃん。キミがこの事件に関わってくれたおかげだよ」
末那は爽やかな声色と笑顔を以て私に告げる。
まるで、寒流と暖流のよう。
こちらの緊張感が伴った視線と、子供の悪戯のような爛漫な視線が不連続の境界面として映し出されている錯覚。
——何故彼女はそんな笑顔をこちらに向ける?
「殺人鬼のウワサを流したのは、あたしなの」
淡々と、彼女は笑顔を崩さない。
「自ら罪を明かすか……されど、斯様な言で人々を惑わした事実は消えはしまい。減刑を望んでおったのなら残念じゃの」
律姫は薙刀を構え、既に戦闘態勢に入っていた。
末那も既に、弁明の気はないようだった。
「さ、遥ちゃんも構えて」
敵意のない物言いに困惑しながらも、しかしそんな油断は許されないということを直感で理解した。
次の瞬間には、戦闘は始まっていたのだから。
——衝突する鉄拳。
私と末那が拳を交える。その隙に背後を取った律姫が挟撃を図る。
「ほらほら〜、もっと頑張って!」
華麗なダンスとも形容すべき攻防。しかし、踊っているのは末那だけであって私たちは踊らされてるに過ぎなかった。
「末那よ……汝が八敷意という魔術師の姉だというのなら、何故神秘の外にいる人間に怪異の噂を広めるのじゃ?」
「うーん、そういう儀式だから? 知ってるでしょ、昨年以降怪異の質も量も上がってきてるって。そのせいでもう神秘として隠すことが難しくなっちゃったのよ」
ばちばち、と滾る熱が拳から伝わる中でも対話を並行して行っていた。私にその余裕はない。せめて聞くだけで限界だった。
「そしてその原因が何かってのは、瀬尾ちゃんがよく知ってることよね?」
「……知っておる。じゃがあれは解決したものじゃろ?」
「うん、ほとんど解決してた。あとは残響の後始末をするだけ——のはずなのに、一年経った今でも新たな『祈現怪異被憑依者』も増え続け、強力な『伝承怪異』の発生も確認されている。だからこそ大切なのはエネルギー、リソースの削減。怪異の力を持つもの同士で戦い合えばいいんじゃないってね」
「しかしそれでは根本的な問題は解決してないじゃろう。本来うまく行くはずのものがうまくいっておらぬというのであれば、すべきはただ進みを加速させるのではなく、抜本的な解決をすべきじゃと思うが」
これは議論であったのか。事情を知らない私にとっては全く把握しきれぬ話であった。
だが、理解の暇はない。鞭のような大外回し蹴りがこの身を直撃した。
「ハルカっ!」
「その抜本的を模索してるうちに手遅れになったら元も子もないじゃーん? ほらっ」
倒れた私に追撃を仕掛ける末那。その間に入って攻撃を受ける律姫。
問答の通り、遅れを取って後手に回されてしまっている。
そのせいで律姫は私を庇って深傷を負ってしまった。
状況は劣勢。問答の部外者にいるからこそ、私が出るべきだ。
「それは違うッス! みんなで協力すればどっちも取ることができるんだから!」
その一言に、笑顔を崩さなかった末那が、表情を曇らせる。
「それができれば、どんなに良かったんだろうね。……けどその段階はもう終わってるんだよ」
彼女のそれは諦観か。
憤りの混じった必要以上に力んだ一撃は、私に攻勢の機会を与えてくれた。
「そんなの、やってみなくちゃわからないッス!」
「——でも、まだそれは方法すら見つかってない段階だよ? 今からじゃあ間に合わないって」
大きくのけぞった末那。受けた衝撃を返すように反撃がこちらにも渡る。
「それでもっ、諦めちゃ駄目ッス!」
攻撃は即ち意思。意思と意思がぶつかり合う。
ぶつかり合うたびにばちばちと身体の中から電流が駆け巡るのを感じた。
「だったら——ここで示して。自らの力で自らの正当性をね」
衝突は更なるヒートアップを迎え、打ちつけ合う拳がドラムのように加速を奏でる。
状況は劣勢から五分五分に傾きつつあるように見えた。
——勢いに乗れば、彼女を撃ち負かせられる……!
「オラオラオラオラッ!」
相手の力が弱まってきた、それに対して何故かこちらは段々と力が増大してくるのを感じる。
「うんうん……いいよ遥ちゃん! それならきっと、あの稜鏡大公も……」
呟きを放つその唇に、影を落とす。
「あっしは、何があっても諦めないッスから!」
拳を振り下ろす。その赤メッシュの黒髪に。
しかし泡沫と散る虚像——手応えはなかった。
「あ、あれ……どこ行っちゃったッスか……?」
確かに己が拳は末那を捉えていた。だが拳が突き抜けた瞬間彼女は最初からいなかったかのように消え失せていた。
「ハルカ……?」
律姫が立ち上がる。
「末那は何処かへ失せたか……全く掴みどころのない相手じゃった」
「だけど末那さん、最後に何か言ってたッス……タイコーがどうのって」
「はて、てんでわからんのう。……それよりもハルカ、汝のその力はなんじゃ?」
帯電未だ止まず。湧き出でた力は、体に溶け込み自らのものとなっているようだった。
「それがあっしにもよくわからないんスよ! 戦ってたらなんか力がぶわーっと込み上げてきて——」
「ふむ——なるほど、そういうことじゃったか。ククッ……どうやら妾たちは一から十まで彼女の掌の上だったらしい」
込み上げる笑いを抑えるようにクツクツと震える律姫。
一体何がおかしいんだと尋ねるより先に、きょとんとした私の顔を見つめた彼女が補足をした。
「つまりな……末那はハルカに力を与えるために妾たちの前に現れたのじゃ」
「じゃあなんのためにあっしたちは戦うハメになったッスかーっ?」
「それはわからぬ。じゃが多分妾たちには話せなかった。故のあのような行動じゃろう」
「それは……あっしたちがもっと早くわかっていれば、こんなことになる必要はなかったかもッスね……」
「そんなのはタラレバというものじゃ。むしろ末那にとってはこれすらも予想通りだったのじゃから」
しばらくの沈黙。しかしいつまでも黙っているわけにもいかず、訪ねた。
「……これから、どうするッスか?」
「無論、あの花園に戻り『殺人鬼』を倒す。それしかないじゃろう」
「勝てるッスか?」
「何を弱気になっておる。汝は末那に示したであろう? それを貫くしかあるまいよ」
「……そうッスね! もう日が暮れてきたし、行こッス!」




