Episode:4 怪異vs怪異
シャルディーンさんから渡されたのはコンパスのようなもの。曰く、怪異の力といった魔力を持つものに対して反応する『魔術工芸品』というアイテムらしい。
その探知機の針が大きく振れる。駅近くの路地裏、角から現れる一つの影。
「お、見ない顔じゃん。アタシたちの路地裏ファイトクラブに参加したいのか?」
金髪に褐色の肌——所謂ギャルって感じの女の子。反応はそちらを示していた。
「ファイトクラブ? よくわかんないッスけど……あっしは殺人鬼の噂を広めてるヤツについて探してるッス」
「へえそうなの? 生憎アタシは知らないや……だけど、アタシの知り合いなら知ってるかもね」
「ほんとッスか? じゃあ——」
「おいおい、タダでやるわけないだろ? ウチのファイトクラブでそいつと対戦して勝ってみろ——そしたら教えてやるからさ」
既にギャルは距離を詰めていて、断ったら殴りかかってきそうな雰囲気だった。
別に押されたというわけでもないが、断る必要もない。私は毅然と承諾した。
「よっし、じゃあこっち来なよ。知ってるヤツ呼んでくるから」
しばらくして、現れたのは茶髪でツインテールの女子高生。私と同じ歳だろうか?
「えっと、この人と戦えばいいんですか? ……犬塚実月です。よ、よろしくお願いします」
深々とお辞儀をする実月。とても戦うような雰囲気ではない。……だが、探知機の針は強い反応を示していた。
「この娘かなりの情報通でさー、どこからかいろんなネタを掴んでくるんだよねー。ってことでルールは単純、相手が降参するか十秒間寝たきりになったら決着。ルールは殺しとか過剰な傷付けさえなければオッケーね——はいじゃあ、よーいはじめ」
ぱん、と手を叩いたのがスタートの合図となった。
両者互いに睨み合って間合いを図る。シャルディーンさんのように開幕から遠距離攻撃をしてくる気配はない。そして武器を手にしてないことから互いにリーチは同格——間合いに入った後の反応速度が勝負どころとなると見た。
慎重に、一歩ずつゆっくりと勝負の時を待つ——。
「今ッ!」
大きく踏み込んだ一歩。このタイミングなら、私の拳の方が早い——ッ!
————のに。
「な……ッ⁉︎」
視界が黒に包まれる。瞬間起きたことを私は理解することができなかった。
「く、苦し……」
締め付けられる感触——その正体は彼女の腕であった。人ひとり握り潰してしまうほど巨大になる手——それが実月の能力だ!
「けほっ……今のは、何が起きたッスか……?」
中空へ投げ捨てられ、空高くから落とされた痛みで咽せる。一度距離が離れて彼女の腕をよく見れば、ヒトのものとは大きな差異があった。
あれは、どちらかといえばケモノ——陸棲の捕食者として生きるものの腕だ。
「半人狼化……なんてみなさんは呼びます。拍子抜けかもしれませんけど、腕だけです。足も耳も、何一つ変わりません——ですが、人間にとって一番の武器は『手』なんです。モノを掴めるほど柔軟な機構を持った手に狼のような力が合わされば……」
黒き腕が後方へと伸びた。引き抜くように鷲掴みにしたのはなんと——自動販売機だった。
自販機は本来の役割を奪われて一つの鉄塊として扱われる。彼女はその鉄塊をこちらへ投げつけた。
「こんなのひとたまりもないッス!」
——しかし避けようにも逃げるスペースはなかった。路地裏という狭めのスペースにおいては必中の必殺技である。
ならば——信ずるのは己が拳のみ。
「オラオラッ!」
自販機を正面からブチ壊し抜ける——道というのは自分で拓くもの、なんてのはいつだって私がしてきた選択だ。
相手は投球モーションで後隙を大きく晒している。今がチャンスだ!
「まずは一本!」
拳——それと同時に炸裂する電流。
「きゃあ⁉︎ 痺れるぅ!」
予想以上に怯んだ相手に向かってさらにもう一発追撃をお見舞いした。
「やっぱ持ってンじゃん! 能力! アンタのは電気の放出ってカンジ? シンプルだけど結構強そう!」
まだコツは掴めてないけど……腕に電気を纏わす感覚というものを体感することができた。
「まだ、戦えますよ!」
流石に決着とはいかなかったか。実月は身体を起こし再び戦闘態勢に移る。
半人狼化した腕を振りかぶる実月。これまでの動きを見てわかったのは、スピードなら私の方が上だという点だ。間合いで有利を取られているならば、相手の攻撃を差し返すカウンター重視の動きをすれば良い。
「喰らって……!」
一歩前へ進み、フェイントを仕掛けると相手は拳を振り下ろして対応してきた。それを避ければ、もう一度——両手が地面についたタイミングでジャンプ。上からの攻撃に、彼女は両手を使えない……果たしてどう出る?
「当然……こっちだって!」
地面に付けた両手をバネにして跳躍。そうなれば高低の有利はフラットに戻る。
互いに空中での攻撃がかち合い、相殺された。
だが何も生まなかったわけじゃない。この数秒間で自身の能力の仕組みについて、少し理解できた。
つまるところ私の能力は帯電——身体を動かすごとに電気が蓄積され、相手に攻撃を当てる時に放出することができる……。
今の一撃で放出がされたので、次に電気を放出させるにはまた動いて帯電しなければならない。そして動けば動くほど強力な電気を纏えるというのなら……できる限り溜めてから攻撃を与えないと決定打には繋がらないだろう。
相手がそのことを知っているかどうか……どちらにせよ露骨に電力を溜める行為は避けておきたい……。
つまり溜めるなら相手に近づく最中! 攻撃を交わしながら電力を稼いでいくべきだ。
「なるほど……これが怪異の能力によるバトルなんスね!」
「え、アンタまさか初めて⁉︎ それでここまでとかすごいよ見込みがある!」
「でも、私だって負けてません。勝負はこれからです」
黒き腕の上に紅き爪が輝く。だが、互いに先手を打つ素振りを見せない。
密着を拒否したいのは向こうもだ。相手は中距離の間合いを維持しなければならない。しかしニュートラルな状況から先に動けば私は見てからそれを回避することができる。
対して私は至近距離に持ち込みたいが、密着し切る前に、防御不可能な掴みによる拘束への対処を強いられる。
——どう崩す?
これでどちらかに牽制となるような攻撃手段があれば話は変わったかもしれない。だが私たちは互いに自分の間合いに自らが合わせていかなければならない戦闘スタイルである。
……硬直が続く。呼吸一つすら慎重にならなければならない。
だが——次の瞬間には私は走り出していた。
ここで怖気付いていては強くなれない——強さを知るためには、ここで一歩を踏み出せる覚悟が必要なのだ。
「すばしっこい! いい加減に当たって!」
実月の脇下を掻い潜り、背後に立つ。振り向きざまの攻撃を避けてまた背後に立つ。
しかし相手だって感情任せに攻撃を振ってはいない。しっかりとこちらが攻めてきたタイミングで反撃ができるように片方の腕は開けている。
だからこそ、あえて——ここで隙を見せる。
「さあ、これで終いッス!」
影が実月に落ちた。空中からの強襲。既に起動は固定——故に彼女はその釣り針に食いつかざるを得ない。
「掴まえたッ!」
対空での掴み。私の視界が再び黒い手で覆われる。だが——計算通りだ。
「引っ掛かったッスね! 喰らえビリビリ放出!」
今までのフェイントは全て帯電のためだった。そして帯電が完了してしまえば、その腕は脅威ではない……!
「きゃああああ!」
電撃のショックでダウンする実月。これはもう立ち上がれないだろう、完全に気を失っていた。
「ハルカっちの勝利〜!」
薄暗い路地裏の隅で勝ち取った勝利。大きな勝負ではないかもしれないが、この勝利は糧となるだろう。
まだ、放出した電気が肌をヒリつかせている。
グッと握った拳が、一段と力強くなっているのを感じた。




