Episode:3 コスモス・イン・ザ・アイズ
そして着いたのは寂れた西洋式の館。人が住んでいるとは信じ難いが、確かにそこに人がいた。
インターホンは当然なく、ノックをしてみたが反応はなし。仕方がないので中に入り、すぐ前にコールベルがあったのでそれを押すことにした。
すると、男が現れた。白髪で淡いブラウンの外套を身に纏った男。しかし最も特筆すべきは、彼の目が宇宙のような美しさを持つことだろう。
「こんな処にわざわざ立ち入る者がいるとは……誰の差し金だ?」
——と、ここで彼女の名を聞くことを忘れていたのに気がついた。こんな時、少しでも言葉を詰まらせると相手のターンから抜け出せなくなってしまう。
たしか、あの人から預かっていた言葉は……!
「い、妹……! 妹がお世話になったッス!」
——これは悪手だ。まるで意図がつかめない発言してしまった。でもあの人が誰かわかんないし、こうとしか言いようがなかったし……!
「……そうか、ついに私も身内に命を狙われるお尋ね者になったというわけか……」
訂正する間も無く相手はこちらに敵意を向けている。……やむを得ない。ここは一度、誤解を晴らすためにも戦わなくちゃだ。
「黄道の六番、葡萄を摘む女」
男の言葉を私は理解しなかった。しかしそれが技の起こりであるということに気付かぬほど愚かではない。
現れたのは急速にこちらへ接近してくる球体。それは如何なる奇術か、投擲の素振りはなかった。
「うわっ!」
腹部へと向かってくる球体に反応しきれず、全身に力を込めて受け止める。
直撃したボールを抱え込んで威力を押さえつけるが、ヒリヒリと痛みが走った。
押さえ込んで動きを止めた球体であったが、しかしそれは謎の回転を始めて持ち主のもとへと戻っていく。
「鈍い、この程度で私を止められると思っていたのか」
その言葉には少しの落胆と、期待の萌芽が籠っていたように感じる。けれど今はそのことに考えを巡らす余裕はない。
誤解を解くために言葉をかけられるタイミングが欲しい——。そのためにどうするかを考えなくては。
しかし束の間の呼吸も許さぬ攻撃がさらに私を襲う。
誤解を解くだけだが、それでもこちらも必死になって戦わなければ五体満足で済まないようだ。一度でいい、相手を怯ませて会話に持っていかなければ。
問題はあのボール。言葉一つでプロ野球選手顔負けの豪速球を飛ばすのはなかなか脅威だ。顔に直撃したら致命傷だ。
「葡萄を摘む女、仔山羊の尻尾」
——今度は、一つだけじゃない!
高低に差をつけた二球の連続射出。一つは腹部、もう一つは膝を狙った投擲であった。
「近寄れない……!」
放たれては戻り、球体はまるで星の巡りのように延々と攻撃を続ける。直撃は免れているが体力だけが奪われ続けていては、いずれこちらが負けるだろう。
——だったら、跳躍で一気に距離を詰める!
「とおおりゃぁああっ!」
ボールが発射されるのを確認してから斜め前方に跳ぶ。間合いを詰めながらの回避。防御と攻撃を兼ね備えた一手は、勝負を大きく動かした。
「ふんっ!」
中空から叩きつける拳を、男が掌で受け止める。
そして衝撃は、やがて迅雷へと変わった。
「……これは!」
男は何かに驚いたように目を丸くした。——そこで私は気付いたのだ、この電気は……私の拳から発生しているのだと。
——過負荷によるショート、即ち爆発。
黒煙を巻き上げて男を怯ませる。そのまま私は彼に飛びつき馬乗りになってこう言った。
「あっしは……八敷先生の姉の紹介でここに来たッス。……聞いてくれないッスか? あっしの話を」
*
「……なるほど、貴殿が言っていた妹というのは、彼女のことだと。では貴殿が出会った者は荒谷末那であるな」
「荒谷末那……? 全然苗字が違うッスけど」
「なに、別に変な話ではない。荒谷というのは彼女の旧姓だ。今は婚約によって嫁いだ方の苗字を名乗っているというだけのことだがね」
「……まあそれはなんとなくわかったッスけど、アンタは一体何者なんスか? 末那サン全然言葉足らずで教えてくれなかったッス!」
「む、そうだったか。では名乗らせて頂こう——我が名はシャルディーン・アヌ・フィロアステリ、文化研究部の外部顧問を担当している。そして八敷意とはビジネスパートナーというやつであり——魔術師だ」
深雪のように穏やかな声で彼は自己紹介をした。八敷先生のビジネスパートナー……なら彼も東高の先生だったりするのだろうか?
いや、それ以上に——すらっと魔術師と名乗ったことについては、真面目に受け取っていいものなのか。
「それで……貴殿が知りたいのは例の殺人鬼の正体と、その話題を噂として認知を広める存在のことだろう。殺人鬼についてははっきりとした答えは出せん。だが、もう一つの方については探す方法がある」
「ほんとッスか?」
「ああ、その者は我々のように魔術の世界を知っている……だが真っ当な魔術師がこんな愚かな真似をするはずがない。——となれば相手は神秘の世界に片足を突っ込んだ元一般人。即ち怪異に憑かれた者だろう」
「怪異? なんスかそれ」
「……む、知らないのか。貴殿も既に怪異に憑かれた身であるというのに」
「えぇっ⁉︎ ど、どこに⁉︎ い、いつから⁉︎」
身体中どこを探してみても何かに触れる感触はない。あたふたと奇怪な動きをし続ける私をシャルディーンさんは無視して、怪異についての話をしてくれた。
「怪異——その存在に憑かれた者を我々の世界では『祈る者』とも呼ぶ。怪異は、人の精神が形となって現れる存在だ。貴殿の場合、先ほどの雷がそれだろう——前に似たような出来事はなかったかね?」
「そういえば、殺人鬼と出会ったときに雷に打たれたって律姫さんが言っていたような……」
「であればそのときに発現したのだろうな。……怪異の原動力は願いだ。殺人鬼を追い求める姿勢が力を得る資格となったのだろうよ……さて、その怪異の力だが——このあたりで、同様に力を宿した存在が多く現れているとの話を聞く。そこで貴殿には殺人鬼の共犯者探しを兼ねて奴らと一戦交えてきて欲しい」
「え、いきなりそういうのは……」
「むしろぶっつけで殺人鬼と出くわすよりはマシだろう。今のままでは手も足も出ないのは自分でわかってるだろう?」
「それはそうッスけど……」
「なら早急に行くべし。私はもう少し手が空かない。何かあれば瀬尾の方を尋ねるといいだろう」




