バーボンとアメリカンスタイル
ここからが新展開です!
「んぅ……」
ひとまずバーボンを造ることに成功し、一安心したヴァイオレッタはゆっくりと目を覚ました。
昨晩は夜通しアイザックと飲み明かしたが、驚いたことにまったく二日酔いはやってきていない。
痛飲するのは人生で初めてのことだったが、これだけお酒に強いなら明日のことを気にせずお酒を飲んでも大丈夫そうだ。
飲んべえのヴァイオレッタとしてはありがたいことこの上なかった。
(さすがにアイザック様ほどではないけれど)
恐ろしいことに、アイザックは昨夜一人でボトルをほとんど丸々一本空けていた。
それでいてほとんど寝ることもなく朝から書類仕事をしているらしいなので、とてつもない体力お化けである。
バーボンが完成したとはいえ、ヴァイオレッタのウイスキー道はまだまだ始まったばかり。 だがせっかくこの世界でようやく自分が求めていたものが完成したのだ。
少しくらいは浮かれたっていいだろう。
頑張るのは明日からにしよう。
そんなダメ人間みたいなことを考えながら、ヴァイオレッタは目の前に並んでいるボトルをじっくりと眺める。
「やっぱり一人で飲むよりも誰かと飲んだ方が楽しいし……今日の晩酌は、張り切っちゃおうかしら」
バーボンが出来上がって舞い上がっているヴァイオレッタは、バーボンをより楽しむための料理を頭に思い浮かべ、軽い足取りで一人厨房に向かうのであった……。
夕食時。
ヴァイオレッタがアイザックを呼び出すと、彼は時間よりやや早めにテーブルに着いていた。
一緒に取る食事を楽しみにしてくれている……のだろうか。
(いや、お酒が楽しみなだけね)
見ればテーブルの上には、既にバーボンのボトルが置かれていた。
さすがにまだ飲んではいないようだったが、その顔には『飲みたい』とはっきりと書かれている。
ヴァイオレッタは自分の旦那が想像以上の飲んべえであることにシンパシーを覚えながら、ゆっくりとした足取りで椅子に座った。
「というわけで今日はぜひアイザック様に、バーボンの素晴らしさをお教えしようかと思いまして」
「昨日も十分楽しませてもらったが……?」
「昨日のは、あくまでもバーボンのお披露目会です。やはりお酒は食後だけではなく、食中に楽しんでこそ。というわけで今日はバーボンに合ったご飯の方、用意させていただきました」
ウイスキーは食後にゆっくりと楽しむのもいいが、やはりお酒で大事になってくるのは食事との相性……つまりはフードペアリングだ。
お酒と食事とのマリアージュは、至福のひとときを演出する。
食事によって酒が進み、そして酒によって食事が進む。
これぞまさしく永久機関。
マリアージュを一度味わえば、やみつきになるのは間違いない。
「ほう、それは楽しみだ」
「腕によりをかけて作りましたので、ぜひご堪能下さい」
「……君が作ったのか!?」
驚くアイザックにこくりと頷く。
侯爵家にいた時は自分で料理をすることなどできなかったが、好きなようにやっていいとお墨付きをもらっている今なら誰の目も気にすることなく料理をすることができる。
料理を自作するのはずいぶんと久しぶりだったが、不思議と身体は覚えているもので、やってみるとついつい作りすぎてしまった。
やっていて普通に楽しかったし、この世界に来てからは食べられないものも多かった。
なのでヴァイオレッタとしてはこれからも、定期的に台所に立って前世のレシピを再現するつもりである。
「淑女の嗜みですので」
「いや、淑女は自分で料理はしないだろう……」
アイザックの言葉は軽く受け流しながら、ヴァイオレッタは立ち上がると自分で用意した料理を持ってくる。
キャスターのついた台を自分で持ってくるヴァイオレッタを見たアイザックが驚く。
が、後ろにいる使用人達もかなり顔色が悪いので、彼女がまた好き勝手やっているのだろうという正解を一瞬にして導き出してみせた。
「それではご賞味下さい、今回作らせていただいたのは……」
銀色のクロッシュの取っ手を握り引き上げれば、もわっと湯気が上がる。
美味しそうな香りが辺りに立ちこめ、アイザックの目は現れた料理に釘付けになった。
「――ハンバーガーとフライドポテトです!」
「なんだ、これは……」
ほかほかと美味しそうな湯気を立てているのは、今までに見たことのない二つの料理だった。
まず右側に置かれているのは、細く棒状に切られた揚げ物だ。
「ポテトということは……これはジャガイモなのか」
寒冷で荒れた地域でも生育するジャガイモは、当然ながらマイネンシュトシュ領でも生産されている。
だがアイザック自身、ジャガイモは数度しか食べたことがない。
どちらかといえば農民が食べるものという認識が強く、せいぜいが食事の付け合わせとしてたまに食べる程度だ。
茹でられてやわらかくなったジャガイモを塩味でなんとか誤魔化して食べた記憶しか残っていないため、あまりいい印象もなかった。
だが目の前の黄金色に輝くポテトは、その時の料理とも言えない代物とはまったく別物だった。
おそらくは細かく切った上で揚げられているのだろう。
茶色い衣を身に纏った塩の振られたポテトが、キラキラと光を反射している。
きつね色にこんがりと揚げられている様子は、見ているだけでも美味しそうなのが伝わってくるほどだ。
そして何より、フライドポテトから漂ってくる、香ばしくかぐわしい香り!
視覚と嗅覚、両方で食欲をかき立てられたアイザックが思わずごくりと唾を飲み込む。
彼は左側にあるもう一品の料理を確認する間も惜しみ、フォークで刺したポテトをゆっくりと口の中に含む。
「~~っ!?」
口の中を、幸せが包み込んでいく。
まず最初にやってきたのは、ポテトを噛みしめた瞬間の、サクリとした食感。
サクサクと軽快な歯触りは、音だけでも楽しませてくれる。
次に口の中に広がるのは塩味だった。
目で見てわかるほどに塩が振られていたが、油が上手くマスキングをしてくれているからか、不思議と塩気はそこまで感じない。
ちょうどいい塩辛さの次にやってくるのはポテトの素朴な甘さだ。
揚げ物特有のこってりとした味わいに、味自体は個性の強くないポテトが上手くマッチしている。
フライドポテトを突き刺すフォークを、止めることができない。
ポテトを揚げて、塩を振っただけ。
にもかかわらずなぜこれほどまでに美味いのか。
一心不乱にフライドポテトを食べ続けていると、味の濃い揚げ物を食べたことで、猛烈に
喉が渇いてくる。
するとそのタイミングを見計らったかのように、ヴァイオレッタがスッとグラスをアイザックの前に出す。
「やはり揚げ物には軽快なバーボンハイボールがおすすめですわ」
「バーボンを、炭酸水で割っているのか……いただこう」
昨日はストレートとロックだけで楽しませてもらった。
だがたしかにあれほど度数の強い酒だ。何かで割っても、その個性を殺さずに楽しむことができるだろう。
炭酸水で割るのは初めての経験だが、さてどんなものか……とバーボンハイボールをそのままグビッと飲んでみる。
するとアイザックの口の中で、小規模な爆発が起こった。
炭酸が口の中で弾けていく。そしてパチパチと爆ぜる炭酸と共に、バーボンの甘みが口いっぱいに広がっていく。
昨晩夜通しバーボンを楽しんだアイザックは、この酒に独特の癖があることをよく理解していた。
バーボンが熟成に使用するのは新樽であり、更に樽の内側を焼いているため、木のウッディネスが少々強烈になりすぎるきらいがあるのだ。
アイザックはこの強烈なパンチも好ましいと思っていたが、これは人によっては焦げたパンや溶剤のようなネガティブな味を想起させてしまう。
だがそれを炭酸水で割ることで、完全に消すことに成功していた。
炭酸によってたちのぼってくるのは、砂糖をほとんど使わずに作る焼き菓子のようなやわらかな甘さだ。
これならバーボンが苦手な人であっても、少し甘めのビールのような感覚で楽しむことができただろう。
ガツンとした刺激やアルコール感もいい具合に薄められており、まるでジュースのようにするすると飲めてしまう。
そんなことを考えているうちに、気がつけばアイザックが手にしているグラスは空になってしまっていた。
「気に入りましたか?」
「ああ……悪くないな」
二杯目のおかわりを使用人に作ってもらいながら、アイザックは気を取り直してもう一つの方の料理に目を向ける。
そこにあるのは、アイザックの顔ほどもある巨大な料理だった。
いや、それを果たして料理と呼んで良いものか……そこにあるのは何段もの巨大なパンに肉とチーズ、野菜が挟まれた不思議な食べ物だった。
「ハンバーガーという料理です。用意してあるフォークで切っても大丈夫ですし、そのまま手づかみでかぶりついていただいても大丈夫です」
「手づかみか……」
目の前のハンバーガーを見たアイザックは、手にしていたフォークをスッと置く。
なぜか目の前の料理は、手づかみで食べた方が美味くなる……そんな予感がしたからだ。
戦場暮らしが長く、彼はこういった食べ方にも抵抗がない。
アイザックがそのままがぶりとハンバーガーにかぶりつき……
「――美味いッ!」
思わず舌鼓を打っていた。
肉を噛みきればジューシーな肉汁があふれ出し、野菜を噛みしめればシャキッと爽快な音が鳴る。
何層にも重なっているパンと肉と野菜、それらを大ぶりな一口で噛みしめることで、一気に味わうことができる。
「このハンバーガーの美味さの秘密は……中に入っているソースにあると見た」
青さのある野菜と、臭みのある肉。
それぞれが個性の強いはずの素材を、中に入っている赤と白のソースが一つにまとめ上げている。
赤いソースの甘みと白いソースの酸味。
それらが中に入っている具材とハーモニーを成し、口の中を色とりどりの味わいが満たしていく。
プレーンな味のパンは中にあるひき肉の肉汁を吸いジューシーになり、肉だけではくどくなるところを野菜がしっかりと引き締めてくれる。
ソースも含めて全体的な味付けは濃いにもかかわらず、一度食べればその手を止めることができなかった。
「そしてここにバーボンハイボールを合わせれば……」
ハンバーガーを、バーボンハイボールでぐいっと一息に流し込む。
バーボンのパンチの効いた味わいが脂を綺麗に押し流し、口の中をバーボンの味に変えてくれる。
口の中がリセットされれば、もうハンバーガーを食べたくなっている自分がいた。
ハンバーガーを入れ、それをまたハイボールで流し込む。
ハンバーガーが半分ほどになったところで横に添えられているポテトを口に含み、今度はフライドポテトとハンバーガーをバーボンハイボールで流し入れる。
単体で強い主張をするハンバーガーとフライドポテトに、同じようにクセの強いバーボンが実によく合った。
まるで誂えられたかのように、ハンバーガーとフライドポテトとバーボンが相性がぴたりと合っている。
(ああ、これがヴァイオレッタが言っていた、マリアージュなのか……)
食と酒が互いに相乗効果を生み出し、食べ飲みする手が止まらない。
気がつけば用意されていた料理は、綺麗さっぱりとなくなり、用意していたボトルもかなり目減りしてしまっていた。
「ふぅ……」
満足げな顔をしながらお腹をさするアイザックを見て、ヴァイオレッタは満腹感からゆっくりと息を吐き出した。
ちなみに公爵夫人としてさすがにどうかと思ったので、自身はフォークを使って綺麗に切り分けてハンバーガーを食べさせてもらった。
(やっぱりバーボンに合う料理といえば、アメリカンな料理よね! 久しぶりにハンバーガー食べたらめちゃくちゃ美味しいわ!)
アイザックがぴったりと合っていると評したのは当然のこと。
何せバーボンとはアメリカンウイスキー。
日本酒が和食と合うように、バーボンにはやはりアメリカ料理が合う。
バーボン熟成の間に作って置いたケチャップとマヨネーズも良い具合に料理にマッチしてくれていてヴァイオレッタは大満足だった。
ハンバーガー、ポテト、ステーキ。
やはりハイカロリーな油を流し込む時の食中酒として、バーボンの右に出るものはない。
「実に美味かった……これほどの料理が作れるのであれば、自分で料理をしようとするのも頷けるな」
「ひとまず公爵家のコックにレシピは渡してあるので、食べたくなったらまたいつでも食べてもらって大丈夫です」
「……いいのか?」
白パンが作れるかどうかが貴族家の料理人として雇われるかの線引きになっていたりと、この世界の人間は何かと料理や調理方法を秘匿しがちだ。
もちろんウイスキーの製造方法に関しては基本的に秘密にしておくつもりだが、それ以外のことに関しては別段隠すつもりはない。
素人の自分では限界があるので、コックに改良を重ねてもっと美味しく作り変えてもらいたいとすら思っていた。
「どんどん魔改造して、もっと美味しい料理を作ってほしいですからね!」
「……そうか」
やはりストレートが好きなのか、食後にそのままバーボンを飲んだアイザックはそう言うと、コックを呼び出し何かを言いつけている。
どうやら明日の朝ご飯をさっそくハンバーガーにするようだ。
(朝ご飯からハンバーガー……)
カロリーが高すぎるので自分はそうは食べられないが、各地を転戦することも多いアイザックであれば運動量は十分に足りているのだろう。
食事のために私も運動始めようかしら、と真剣に悩み始めるヴァイオレッタであった……。




